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35…毒と薬は①シンドア国第二王女

 ミロウ侯爵家のティータイムに滞在中のロイドを加え、5人で円卓に着いている。


「ご心配おかけしました。私、思い出しました」


 エリーゼが沈黙を破り、他の4人へ小さな声で話し掛けた。


 どう反応して良いのか、迷っていそうなミロウ侯爵夫妻を前に、エリーゼは照れくさそうにお茶を一口飲んだ。

 今までも愛してもらってきたことは理解していたけれど、幼い頃の記憶を得てからは、返し切れないほどの愛を受けていたことが分かり、何だかむず痒いのだ。


 心配そうにしている母と、エリーゼは目が合った。


「もう、何ともないの? 辛いところは?」


「何も。ただ、記憶が戻って……魔法が少し、使えるようになったみたい」


 ウキウキを隠しきれないエリーゼは、嬉しそうに指先に魔力を集めて見せた。


 それがグラつき始めたので、隣に座っているジュークが焦りながら、エリーゼの指の魔法と自分のとで相殺させ、そっと手を下ろさせた。


「あのね、エリィ。まだ制御できないみたいだから、しちゃダメだよ。魔力量が多いみたいだし、下手したら、ここが吹っ飛んじゃうから」


 口が開いたままのミロウ侯爵夫妻が、エリーゼとジュークを交互に見ている。


 エリーゼの魔法、魔力量も多いこと、ジュークが難易度の高い相殺をサラッと完璧にしたこと。

 どれも目にするのが初めてで、どれから受け入れたら良いのか、軽く思考停止に近い状態だ。



 エリーゼは「ありがとう」とジュークに恥ずかしそうにお礼を言って、聞こえているか分からない両親へ向かった。


「聞きたいことが、幾つかあるの。1つは、私の属性について。ロイドさんと、ジュジュの話を聞いて、ある程度の予測はしているけど……」


 質問内容で我に返ったミロウ侯爵は、深いため息をついて、観念したように真っ直ぐエリーゼを見た。



「ああ……聖属性だ」



 なぜかロイドが悲しそうな顔をして、誰にも気付かれないように小さくため息をついて、目を閉じた。


「他に、とは?」


「お父様、なぜ私は呪術で狙われなければならないの?」


 ミロウ侯爵は少しの間難しい顔をしながら、ため息野ような深呼吸をした。


「分かってはいないんだが、少しだけ、関係あるだろう昔話に付き合ってくれるかい」







◇◇◇

「ミロウ小侯爵、今度外交でやってくるシンドア国の第二王女のエスコートをしてくれないか」


 そう申し訳なさそうに言っていたのは、セトレア皇国の皇帝だ。


 外交で王女のエスコートをするのは、相手国の皇太子が常識の世界で、他の者がするとなると、2人は深い仲であると示していることになる。


 ソファに座らされているミロウ小侯爵は、青天の霹靂といったところで、これでもかというくらい顔を歪ませている。


「……陛下もご存知の通り、私にはもう婚約者がおります。他の者にさせて下さい」


「シンドア国から、どうしてもと。半ば脅しのように言ってきてな。だから、イーシア嬢にも来てもらったのだ」



 ミロウ小侯爵の隣に座っているイーシアは、青ざめて震えながら、ミロウ小侯爵の瞳の色のきれいなドレスをつかみ、シワになるのにも気付かず離すことができない。


 怒りを隠しきれないミロウ小侯爵は、イーシアとは違った意味で震えている。


「今まで接点がありません。どんな顔かも知りません。私に、なぜ。お断りして下さい」


「断れば、戦争だと言ってきてな」


「……意味がわからない」


 ミロウ小侯爵は、頭を抱えて伏せってしまった。

 ふと、震えるイーシアに気付いて、片手をイーシアの手の上にそっと乗せた。


 この婚約者たちは、幼い頃から相思相愛で、誰も邪魔ができるような隙もないほどだったのに。



 毎度、わけの分からないようなことを通そうとする国ではあったけれど、今回ばかりは誰も意を汲むことができず、お手上げ状態になってしまったのだという。




 事実は至ってシンプルなものだった。


 シンドア国第二王女のマフィスが、他国での外交で偶然見かけたミロウ小侯爵のレオに一目惚れして、わがままを通しただけだったのだ。



 そのまさかの事実までたどり着くことなく、セトレア皇国の為政者たちは混乱中だ。




 どれくらい沈黙しただろうか、イーシアが小さく話し始めた。



「その日だけ、私が我慢すれば、良いのなら」


 ホッとした皇帝たちは2人に謝罪と感謝の言葉をかけているのだが。


 ミロウ小侯爵は非常に納得のいかない顔で、そこにいる大人たちを恨んでいるかのように、にらみつけている。


「私はとにかく嫌なので、断る努力はし続けて下さい」


 イーシアの我慢や物分かりの良さが仇となり、後悔なんてものでは済まない結果をもたらすのだが。

 まだ、2人は知らない。




「友好国の皇太子との結婚を破棄してまで、あの小侯爵のもとへ嫁がせてやろうというのだ。分かっているな、お前の役目は」


 大きく豪華な馬車の中で、シンドア国王と第二王女が話をしている。


「ええ、分かっているわ、お父様。レオと結婚させてもらうから、シンドアに仇なすそうとする者や、聖魔法を持つ者が現れないかを、きちんと見張っておきます。私、結婚できるかしら」



「この薬があれば間違いないだろう」


「必ず飲ませるわ」


 第二王女は、手のひらにある薬袋を握りしめた。

 相手の異性を昏睡状態にもっていき、確実に妊娠する、させる、ことができるらしい。

 実に恐ろしい毒のような薬を、不幸にもシンドア国が完成させた直後の外交だった。




 外交の晩餐会の後で、薬を飲まされたレオは、もちろん記憶の無いまま朝を迎えた。

 どう見ても事後であった様子に、この世の終わりのような状態で、周りの者たちは目も当てられなかったそうだ。


 放っておけば、マフィスと刺し違える覚悟で剣を抜きそうだったので、皇太子とカガリー小辺境伯が何とかなだめた。


「一夜の過ちで終われば良い」




 しかし、願いは虚しく、マフィスの妊娠が確定され、翌年にアリアを出産する。


 まんまとマフィスはミロウ小侯爵夫人となったのだ。




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