34…今までよりもっと
「エリィ」
まだ目を閉じているエリーゼへ、緊張気味にロイドが呼びかけている。
寝台で静かに眠り続けているエリーゼの様子が変わり、苦しそうにうなされ始めたのだ。
目には薄っすらと涙が見えてきた。
そして、ずっと手を握っているロイドの手を、強く握り返し始めた。
「ダメ、お願い、逃げてっ」
いつの記憶か想像のついたロイドが、辛そうにしっかりと手を握った。
「いやああぁぁあああっ!!!!」
エリーゼの叫びと同時に、一気に嵐のような風が吹き荒れ、部屋の中は目茶苦茶になっていく。
目を開けていられない中で、辛うじてエリーゼの手を離さなかったロイドは、薄く目を開けて周りを確認した。
すると、エリーゼが嗚咽しながら起き上がってきたのが見えたので、ロイドはエリーゼを抱きしめた。
「エリィ、大丈夫だから落ち着け」
「ロイっ、私の、せい、で!! ごめんなさい」
暴風で髪と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、エリーゼはただひたすらロイドに謝り始めた。
「だから思い出してほしくなかったんだ」
ロイドはエリーゼを強く抱きしめて、吐き捨てるようにつぶやいた。
「わっ、私の、せいで、ロイの大半の人生が。もっと、違った道が、あったかも、しれないのに」
涙が次から次へとあふれて流れ落ちるので、エリーゼは目を開けていられないまま話をしている。
「安心しろ。どうあっても、俺はエリィのために生きた。だから、落ち着いてくれ」
「でもっ」
エリーゼの涙を、ロイドが手と袖で優しく拭き始めた。
「俺がしたくてしたことだ。大丈夫だから、落ち着け」
ロイドの声が届き始めたのか、徐々に風が穏やかになってきたので、ロイドは安堵のため息をついた。
「傷は、もうそんなに残ってねーから」
安心したのか、エリーゼは少し落ち着きを取り戻してきたようで、抱きしめられているところからロイドの顔をそっと見た。
「……本当? でも痛かったでしょう?」
「もう忘れた。お望みなら見るか?」
ロイドがエリーゼをそっと離して服を脱ごうとするので、エリーゼは目が覚めたかのような顔になった。
「へ?! だっ、だだ大丈夫、し、信じるから。信じるわ。ダメ、やめてっ」
「へぇ、じゃあ、またいつか」
つまらなさそうに返事をしたロイドを見ながら、エリーゼは深呼吸して呼吸を落ち着かせながら、手で髪を整えて涙を拭いた。
「あ、そういえば……」
エリーゼは気になったことが浮かんだ。
「あの後、どうやって助かったの?」
「ああ。父さまが来たんだ。で、あの猪以外を軽く反呪でどうにかしたらしい」
「軽く!」
感心して目を輝かせているエリーゼを見たロイドは「今の俺もできるからな」と付け加えてから、説明を再開した。
「あいつは媒介ではなくなってて、反呪は効かず、父さまでも敵わないくらいになってたとかで、逃げられたらしい。エリィの核すげーな。こんなだしな」
ロイドが全てを引っくり返したような状態の部屋を指さして、楽しそうに笑っている。
恥ずかしそうに伏し目がちになっているエリーゼの頬に、ロイドは優しくキスをして、何かを言いたげな顔をして黙った。
不思議そうに見てくるエリーゼの手をつかみ、指をからませた。
「……小さい頃の俺は、どうだった?」
エリーゼは目を大きくして、真っ赤になっていく顔を隠すのを忘れて、口ごもってしまった。
「…………な、内緒」
これがエリーゼの必死に絞り出した返事だった。
幼い頃のことを聞かれるのが初めてで、何だかむず痒くて、エリーゼはどうしたら良いのか分からない。
結婚したいほど大好きだったなんて、今は恥ずかしすぎて言えないのだ。
でも、幼い頃のロイも素敵だったけど……
記憶を見ていて、今の自分に戻れなかったらどうしようって恐かった。
戻れて良かった。
ロイに、ロイドさんに、会いたくて。
「また会えて、本当に良かった」
エリーゼが思い切ってロイドの手をつかんで、心から嬉しそうに、にっこり笑った。
すると、ロイドがそれに見入るように、目を大きくして止まっている。
エリーゼの笑い方が、前と少し変わっているのだ。
幼い頃の笑顔の、無邪気さが少し加わった今のそれは、幼いロイドを救い出したエリーゼを思い出させる笑顔だった。
ロイドが信じられないという顔で、確かめるようにエリーゼの頬を両手でそっと包むように触れた。
「……ずっと、ずっとだ」
エリーゼの目を見つめたまま、ロイドは続けた。
「幼い頃からエリィだけを想ってきた。あの頃の何も面白くなかった日々が、エリィのおかげで色付いた。そして、俺の生きる目的ができたんだ」
エリーゼは驚いて、聞き入っている。
恥ずかしさもあるけれど、ロイドに頬をなかなかしっかりと固定されているので、逃げも隠れもできない。
「記憶の無いエリィも、大好きになった。記憶が戻っても、やっぱり俺はエリィが大好きだ」
突然の告白を始めてしまうくらい、ロイドには衝撃だったらしい。
「……あの、ロイ、私」
ガチャ
「うわっ! どうしたの、この部屋めちゃく……」
ロイドの手が緩んだので、エリーゼは扉の方へ振り返った。
すると、信じられない物を見るかのように、呼吸するのも忘れているであろうジュークが立っていた。
言葉も出せず、今にも涙がこぼれそうだ。
ジュークは何も心の準備をせず、ただロイドと看病の交代をしようと部屋に来たのだけれど。
エリーゼが起きているなんて、思いもしなかったから。
「ジュジュ!! 可愛い、ジュジュ」
エリーゼはロイドの手を離して寝台から飛び降り、おぼつかない足取りで早足で歩いて、心配そうにするジュークの胸に飛び込んで思いっきり抱きしめた。
「忘れてて、ごめんね。あんなに可愛かったのに。あんなに大好きだったのに。今までも大好きだったけど、これからはもっともっと、とってもとっても大好きよ」
不意打ちのエリーゼからの言葉に、ジュークは何も言葉にすることができず、うなずきながら、その都度涙を落としながら、エリーゼをしっかりと抱きしめ返した。
そして、エリーゼの頬にキスをした。
嬉しそうなエリーゼは、ジュークの両頬と額に素早くキスをして、ジュークと目を合わせて笑った。
ああ、ジュジュが可愛い!!
本当に可愛くて、どうしたら良い分からない!!
すると、ジュークもまた頬にキスをし始めた。
「いやいや、しすぎだろ。そろそろ止めろ」
たまらずロイドが椅子から立ち上がって2人へ近付き、声を掛けてみたけれど。
エリーゼは困った顔で「可愛すぎて」としか言わないし、ジュークは意地でも離さないとエリーゼを抱きしめたままだ。
「今まで以上の相思相愛とか、ありえねーし。何なんだよ」
そう言われても嬉しそうに困った顔しかしないエリーゼを見て、ロイドはため息をつくしかない。
目の前で離れようとしない姉弟を見ながら、ロイドはため息交じりに「嫉妬で気が狂いそうだ」と弱くつぶやいた。




