32…幼い頃②ねぇ笑って
今日は朝からカガリー辺境伯邸は慌ただしい雰囲気だ。
あちらこちらで、従者たちが忙しく仕事をしている。
昨日から滞在しているミロウ侯爵家一行も、同様にせわしなく動いている。
お昼辺りに、皇太子殿下を連れた馬車が到着する予定なのだ。
屋敷の従者たちも総出の体制で、緊張した面持ちで仕事をしている。
皇帝とミロウ侯爵、カガリー辺境伯の3人は、同じ年で幼馴染、もちろん学園も同じで、良いことも悪いことも共に経験した仲だ。
信頼の置けるミロウ侯爵家やカガリー辺境伯家に、よく息子を送り込んでくる。
そんな大人たちの事情なんてお構いなしで、エリーゼは今、溺愛している弟をロイドに紹介しているところだ。
ジュークはソファで乳母の隣にお座りして、にこにこしながらエリーゼに手を伸ばしている。
「ジュークっていうの。可愛いでしょ?」
ニコニコと嬉しそうに紹介するエリーゼに、ロイドはふーんという感じで流しながら聞いている。
昨日からずっと、寝ている時まで自分にベッタリとくっついてくるエリーゼに、ロイドは慣れて上手く対応し始めた。
「また後でね、ジュジュ」
エリーゼがジュークのほっぺたにキスをして、にっこり笑った。
それをじっと見た後、ロイドはエリーゼの頬にキスをした。
目を輝かせたエリーゼは、ロイドに振り返ってにっこり笑った。
そしてスキップしながら少し近くにいた母のもとへと行き、嬉しそうに飛びついた。
その隣で、驚がくしているロイドの母がいるのだけれど、息をするのを忘れていそうだ。
◇
お昼前、皇家の馬車がやってきて、子ども2人にアリストが仲間入りした。
昼食まで遊んで良いと言われて、アリストが「行こう」とエリーゼと手をつないだ。
「ロイも、いこ!」
迷いなくエリーゼが手を伸ばすと、ロイドは目を大きくした後、嬉しそうに手を出した。
あ!! やっとロイが笑った!
初めて見た。可愛い!!
「庭に行こう。ブランコ好きだろ」
笑顔のロイドにそう言われ、エリーゼはにっこり笑って、ロイドの手を強く握って「うん!」と返事をした。
手を繋いだ3人は、一緒に走っていく。
驚きすぎて震えている、カガリー辺境伯夫人に気付くことなく。
エリーゼがブランコに乗りながら、押してくれているロイドの方を振り返った。
「ねぇ、もっかい、わらって」
「え、嫌だ。危ないから前向いてろ」
恥ずかしそうにしながら、ロイドはエリーゼを優しく押している。
「なんれ、いや?」
「危ねーから、本当、前向けって」
隣のブランコに乗っているアリストが、膨れっ面で2人のやり取りを見ている。
「エリィ、僕には言わないの? 僕は笑うよ」
「アリスは、いつもわらってるれしょ」
そう言われたアリストは、恥ずかしそうに顔を赤くしてモゴモゴ話し始めた。
「エリィがいっつもニコニコしてるから、特別に一緒に笑ってるんだよ。特別なのに」
「なら俺も特別な」
突然、ロイドが勢いよく話に割り込んできたので、アリストが悔しそうに、にらみながらロイドの方を向いた。
「は? 真似しないでよ。年上なんだろ」
ロイドはふんっと鼻を鳴らして、アリストをにらみ返した。
「あ? 年とか関係ねーし」
エリーゼは嬉しそうにニコニコしながらブランコに乗っている。
「おともらちが、ふえて、うれしいねー!」
「「友だちじゃない」」
ロイドとアリストが顔を見合わせて、ウエッと同じ様に苦い顔をして、威嚇し合っている。
「ほら、おなじこといってるれしょ。なかよし!」
「「仲良しじゃない」」
ロイドとアリストはあ然として互いを見ているけれど、このやり切れない感情をどうすれば良いか、まだ2人とも分からないでいる。
「真似しないでよ。僕とエリィの邪魔もしないでよ。エリィは僕のお嫁さんなんだから」
ふてくされたアリストが、懸命にロイドをけん制し始めた。
「邪魔なんかしてねーし。エリィが俺を離さねーんだ。エリィは俺と結婚したいんだろーな」
ロイドも負けじと応戦している。
「はあぁぁぁ?!」
男の子2人はいがみ合っているけれど……
エリーゼは遊び相手が増えて、笑ってくれなかったロイドが笑うようになってくれて、本当に嬉しくてたまらない。
2人の会話は全く聞いていない。
嬉しいな!!
楽しいな!!
ん? ま、まぶしい。
「……ここ、は?」
どこ?
ブランコに乗ってたけど……
天蓋が見える。寝てたの?
あ、誰か座ってる。
「……ロ、イ」
夢か現かの状態のエリーゼが、目の前に座っているのがロイドだと気付いて、かすれた声で名前を呼んだ。
エリーゼの声が突然聞こえたので、ロイドがゆっくり顔を上げた。
「ど、して……せっかく、笑えるようになったのに、また暗い顔してる。ロイの笑顔、私、とっても、す」
「エリィ、大丈夫か。どこか、痛いとこは」
エリーゼが手を上げて向けてくるので、今にも泣きそうな顔をしたロイドが、エリーゼの手を握りしめた。
「無い、よ。ごめん、眠たぃ……もう少し、待って、ぃて、ね」
最後は聞き取れないくらいの声になって、エリーゼは再び眠りについた。
ロイドは目を大きくして、激しくなった鼓動で大きな体が小さく震えている。
「今まで、どれだけ待ったと思ってんだ。いくらでも、待つに決まってんだろ」
独り言になってしまった言葉を、ロイドは寝入っているエリーゼに優しく送った。
力の入らない両手で、エリーゼの手を優しく包んで。
部屋には、エリーゼの寝息と、大粒の涙が流れ落ちる音だけが、響いている。




