31…幼い頃①はじめまして
「いって……」
土埃がおさまり、目が見えるようになったロイドは、自分が数メートルほど飛ばされたことを確認して、エリーゼを探し始めた。
「爆風はエリィの方から来てたな。無事みてーだけど。反応もあっちだな。皆どこに飛ばされたんだ。何か知んねーけど、すげー爆発だったな……」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、ロイドはエリーゼが居るであろう場所へたどり着き、立ち止まってしまった。
「まじか」
爆風が起こったであろう場所。
木も引っこ抜かれ、全てが吹き飛び、数メートルもの範囲がきれいな更地になっていた。
その中心であろう場所に、エリーゼが倒れている。
ロイドは走って駆け寄り、エリーゼが息をしていることを確認すると、腰を抜かしたように座り込んだ。
「久々、色々ビビったな……」
次第に他のことへ気がいくようになると、ロイドが自分の腕が痛くないことに気付いた。
ふと呪物にやられたはずの腕を見ると、治癒されていることに気付いた。
よく見ると、擦り傷も跡形も無くなっている。
ロイドは、ただ土埃まみれになっているだけだ。
「これは。エリィ、だよな」
◇
「ご挨拶できるかい」
小さな女の子が、男の子の赤ちゃんを抱いている母親のスカートを持って後に隠れている。
父親に言われたので少しずつ前に出て、可愛いカーテシーのようなものをした。
「こんにちあ、はじめまって。エリィれす。3さい、れす」
挨拶をした先にいる大人たちに褒められ、エリーゼは嬉しそうに、指で3を作って笑っている。
前にいる大人たちの後に、無表情の男の子が立っている。
その男の子も挨拶を促されたので、すっと前に出て辺境伯家のお辞儀をした。
「はじめまして。ロイド・フォル・カガリー、5才です」
ミロウ侯爵夫妻もロイドの挨拶を褒めたけれど、ロイドは無表情のままお辞儀をするだけだった。
カガリー辺境伯夫妻は申し訳なさそうにして、お茶をする用意が庭園にしてあると言い、案内を始めた。
今日はとても天候に恵まれて、木陰で庭園の草花を見ながらお茶をするのに絶好の日和だ。
しかし子どもはそうはいかない。
動きたくて仕方がないエリーゼは、椅子から下りてロイドの方へ行った。
「ロイろ? あそ、ぼ?」
「……ロイド」
「ロイ、ろ!」
スムーズに言えずにエリーゼが「ロイ。ロイろ。ロイろ!」と一生懸命に練習している姿を、顔色を変えずロイドが眺めている。
「ロイで良いよ」
淡々と言うロイドを見て、エリーゼはにっこり笑って自信満々に口を大きく開けた。
「ロイ!!」
エリーゼの大声に、ロイドが怯んで少し仰け反ったけれど、エリーゼは気にすることなくグイグイ寄っていく。
「あそ、ぼ?」
エリーゼはブランコを指さして、目を輝かせてロイドを見た。
ロイドは両親がうなずいているのを確認して「わかった」とエリーゼと一緒にブランコの方へ向かった。
ブランコに座ったエリーゼに「おして!」と言われて、渋々押し始めたロイド。
終始エリーゼのペースに巻き込まれ、にこにこ笑いながら手を繋いでくるエリーゼの手を振りほどけない。
大人たちの暖かい眼差しを浴びながら、2人は先頭を歩いている。
◇
「いやーーー!!」
エリーゼの金切り声で、耳が一瞬聞こえなくなったミロウ侯爵夫妻だが、屋敷中に響いているので焦ってエリーゼをなだめている。
けれど、全く言う事を聞こうとしない。
「ごめんなさいね、こんなエリィ、初めてで」
もう寝る時間になったので、寝室へ行こうと促したらコレである。
エリーゼがすごい力で抱きついて離れようとしないので、ロイドはポカンとして傾きながら倒れないように踏ん張っている。
「い、痛え……」
ロイドをつかんでいる手に、暴走しそうな魔力まで込め始めているので、大人たちの焦りが深刻になってきた。
「ロイと、いしょが、いい。まだ、あそぶ。いしょに、ねる」
大粒の涙をポロポロとこぼしながら必死に訴えるエリーゼを見て、ロイドはエリーゼの頭をワシワシなでた。
それでもすすり泣きをしているエリーゼを、ロイドは不思議そうに眺めながら「部屋まで送ってやる」と言って、手を出した。
まだまだ納得のいってなさそうな顔で、エリーゼはロイドの手を握りしめてトボトボと歩き始めた。
「母さま、エリィと寝ても良いか?」
突然の息子からの言葉に、カガリー辺境伯夫人が驚いて返事に戸惑っていると、隣にいたミロウ侯爵夫人が代わりに返事をした。
「エリィは寝相が悪いけど、大丈夫?」
「はい」
後方で驚がくするミロウ侯爵をよそに、ふふっとミロウ侯爵夫人はロイドに笑っている。
「それなら、よろしくね」
そう言うミロウ侯爵夫人を見て、エリーゼは満面の笑みでスキップし始めた。
「ロイ、えほん、よんで?」
「ああ、文字読めるから、読んでやるな」
ロイドは誇らしそうに答えたけれど。
何冊も何回も読まされる羽目になって、返事したことを後悔することになるなんて、この時のロイドは知らない。
「ロイ! つぎ、これね」
「これ3回目……」
「つぎ、これ」
「エリィ、もう寝るぞ」
「これね」
「魔法学?! これ絵本じゃねーし。どこから持ってきたんだ……って、おい。寝てんのかよ」
ロイドの服を握りしめて、エリーゼはすやすやと気持ち良さそうに眠っている。
「秒で寝た」
ふっと笑って、ロイドもエリーゼの隣に寝転んだ。
本を読みすぎて、いつになく表情筋を酷使したロイドも即眠ってしまった。
本人も、誰にも気付かれることのなかった、ロイドが初めて笑った瞬間だった。
◇
「お身体等どこも異常は見られません」
寝台に寝ているエリーゼを囲み、治療師たちが忙しく動いている。
倒れたエリーゼを最終チェックしているところだ。
エリーゼが目覚めるまで側にいたいと、ロイドはミロウ侯爵家に滞在して見守っている。
少し前に、アリストは思い当たることがあるから皇城に戻って調べると言い、目覚めないエリーゼの頬にキスをして部屋を出ていった。
ロイドとジュークがすごい形相で見ているけれど、振り返ることなく、勝ち誇ったように手を振って。
エリーゼの状態を聞いて、ロイドとジューク、ミロウ侯爵夫妻が安堵のため息をついた。
「不思議なのですが、夢を見ているというよりは、現実で我々が映像を見ている時と同じような脳の状態です」
治療師がそう言うと、聞いていたロイドとジュークが緊張した面持ちで聞いている。
「映像を見ている……」
真っ青になっているロイドがつぶやくと、ジュークもミロウ侯爵夫妻へ振り返った。
「もしかしたら、過去を見ているのかもしれないよね」
ジュークの言葉を聞いて、ロイドは緊張した面持ちのままエリーゼに視線を移した。
そんなロイドに気付いたジュークは、気遣うように静かに独り言のように話し掛けた。
「思い出して、ほしくない?」
「……」
ロイドは答えの代わりに、ため息をついた。




