30…再び、あの場所へ
「よりによって、何でここになったんだっ」
アリストが湖に向かって飛び石をしながら、独り言にするには大きな声で喋っている。
隣で、ジュークも石を投げて競っていて、なかなか良い勝負だ。
「他をすすめたのに、エリィがここが良いって言ったんだよ」
「クソッ、嫌な記憶しかねーな。まぁ、気は引き締まるがっ」
突然、ロイドが参戦して石を水面へ投げた。
2人の競っていた連続回数をぶっちぎりに抜いて、手を上げてニヤリと勝ち誇ったような顔をして振り返る。
ジュークとアリストは、持っていた幾つかの小石を、結構本気で一気にロイドに投げつけた。
「僕覚えてないけど、ロイドとアリストはそう思うよね」
石をロイドに投げ終わって、痛がるロイドを横目に、ジュークはため息をつきながら視線を下に落とした。
「前に、カガリーに滞在しに行った時にさ、行きの馬車で……」
ジュークはため息のような深呼吸をして、視線を前に向けて、美しくも残酷な記憶の場所である景色を、目に映した。
空気が澄んでいて、水面が鏡のように見えるそこは、今日も格別に美しい湖畔だ。
「エリィ、泣いたんだ。この景色を見て」
ロイドもアリストも、目の前に広がる絶景に視線を移した。
「近いからっていう理由もあるんだろうけど、エリィが、ここが良いって言い続けた」
立ちすくんでいる2人が、言葉を出せないでいるのを確認するかのように1度見て、ジュークはぽつりぽつりと言葉を絞り出していく。
「まるで、無意識にも、思い出そうとしているみたいで。柄にもなく、怖くなった。言おうと思っても、今まで言えなかった」
初めてかもしれないジュークのネガティブな言葉で静まり返り、湖の水の音や小鳥のさえずりが大きく聞こえる。
「あ! エリィ姉さま、兄さまたちいましたよ」
リリアナの声がして、向こうからエリーゼが来ることが分かった3人は、少し緊張気味に振り向いた。
カガリー辺境伯邸ではお馴染みだった、リリアナとサイラスと手を繋いだエリーゼがいる。
エリーゼは、また背が高くなったサイラスと何やら話をしていたらしく、2人で笑い合っている姿はなかなか絵になる様だ。
そんな光景を黙って見ている男たち……に悪寒がして気付いたサイラスは、急に顔が崩れてイケメンが台無しだ。
そっとエリーゼの手を離し「兄さまの方に早く行って」と、サイラスはエリーゼの背中を優しく押し進めた。
エリーゼの後方に付いたサイラスが「最年少に厳しいなんて」とブツブツ言っているのを、同様に隣に来たリリアナが聞いて、同情してうなずいた。
「兄さまさぁ、余裕無さすぎて格好悪すぎて、いっそ清々しいっていうね」
「それな」
「おい、聞こえてんぞ」
冷めた眼差しのロイドが、双子を見据えている。
「「ひぃ……」」
双子たちが命拾いする良いタイミングで、昼食の準備ができたと騎士たちが呼びに来た。
4人と騎士たちで、エリーゼと皇太子のアリストを囲むようにして移動している。
エリーゼに気付かれないように、自然に、目配せもせず、前もって決めた隊形で。
大きな敷物の上にクッションが置いてあり、ここでもエリーゼとアリストを囲むように座り、皆がくつろぎ始めた時。
エリーゼが、ふふっと笑った。
「エリィ、どうしたの?」
ジュークへ申し訳なさそうな視線を送って、それでもエリーゼは込み上げてくる笑みを止めることができないでいる。
「ごめんなさい。これが何の目的か分かってるんだけど。好きな人たちに囲まれて、何だかとっても幸せだなぁって」
本当に嬉しそうに微笑するエリーゼを見て、ジュークはうっかり泣きそうになっているのだけれど。
「それは光栄だね」
近くにいるアリストがエリーゼの手を取ってキスをした……のを、ロイドは必死に冷静を装って見ている。
全く余裕の無い有り様だけれど。
先ほどリリアナに言われたことを、少し気にしているらしい。
いつもと違って、エリーゼは照れ笑いをして、少し緊張してアリストを見ている。
何かあったのだろうことはリリアナもサイラスも察知したけれど、それが面白くない双子たちはじとっとアリストを見続けている。
それにアリストは気付いた。
「……ああ、君もか」
アリストは流し目で双子の方を見てそう言うと、何もなかったようにロイドたちの会話に入った。
わけが分からないと首を傾げているリリアナの隣で、サイラスはアリストを見続けていた。
◇
昼食後、湖畔を皆で散歩することにした一行。
エリーゼはリリアナとサイラスと手を繋いで楽しんでいる。
「双子を気に入ってるのは知ってたけど、ここまでとか聞いてないし。可愛い弟をこんなに放っとくなんて」
ジュークが悔しそうに、ロイドへ向いて言っている。
「そんな苦情、俺は受け付けねーぞ」
ロイドとジュークがそんな話をしている隙に、アリストがさっさとエリーゼと双子の会話に仲間入りしていた。
エリーゼとリリアナの間に入り、エリーゼと手を繋ぎ、リリアナをエスコートしている。
入り方がスマートすぎて、サイラスが感心してしまったくらいだ。
カガリー辺境伯邸の庭園に今咲いている花や、庭師を手伝って植え替えをしたこと、手合わせのロイドが相変わらず手を抜いてくれず鬼のようだとか……双子の話は尽きない。
エリーゼはもちろん、アリストも幸せそうに笑って聞いている。
「「は?!」」
ロイドとジュークが、やっと前を歩く4人の状況に気付いたらしい。
「俺の婚約者殿は大人気だなぁ、おい。しかも俺の目の前で」
「……まだ正式ではないからね。危険だからエリィを人前に出してなかったのもあるけど、虫除けが大変だから出せないっていうのもあるんだよね」
「学園が男女別で良かった」
いつかリリアナに言われたことを、まさか自分が言う日が来るなんてと、ロイドはため息をついた。
「あ……」
アリストが立ちすくんだ。
同時に、ロイドも緊張した表情になった。
ここは、幼い頃に媒介に襲われたことのある場所だ。
遊んでいた手作りのブランコが、ボロボロだけれど残っている。
もう、どうやっても乗れない状態だけれど。
笑顔でブランコに乗っている、幼い頃のエリーゼが一瞬見えたような気がして、ロイドは真っ青になった。
「もう少し進んでみようか」
2人の様子に気付いたジュークが誘導して、その場を後にした。
林を突き抜けると、開けた場所に出た。
「こんな所があったんだ」
やっとアリストが言葉を発することができたようだ。
ロイドも持ち直した様子で、まぶしそうに空を見上げる。
すると突然、おびただしい呪物の黒い火の玉が現れた。
「はっ、クソッ。今かよ」
舌打ちしながら、ロイドが抜剣した。
「リリアナ、サイラス! 死ぬ気でエリィを守れ!! 傷付けたら許さん」
「「はいっ」」
双子も抜剣してエリーゼを守るように囲んだ。
「数が多すぎるね。アリスト、感知できそう?」
「クソッ。媒介叩かないとキリがねぇ。アリスト! まだか!」
アリストは身を守りながらも感知に集中しているのだが、難しい顔をしている。
「見つけたけど、変に動いてる!」
ロイドたちが呪物を斬ってはいるが、数が減ることはなく、持久戦のようになっている。
「いた! 上だ!」
アリストが上を指をさした。
樹上に、媒介らしき物をくくり付けられたトビが止まっている。
「あれだ」
「そうか。だから呪物が放たれていたんだ」
ジュークが風魔法でトビを落とそうとしているが、風に上手く乗って逃げていく。
「動物が媒介になると、術者の意思は通らねーから、付けてんのか」
「兄さま、囲まれるぞ!」
サイラスが叫ぶと、ロイドが周囲を一掃して「ここは任せる」と言い、走ってトビの方へ向かった。
突然、その途中の茂みから媒介になった黒い猪が走って出てきた。
「今回も1つじゃねーんだな」
難なくいなして、トビまであと少し。
しかし、今回は媒介の動物だけでなく、数の減らない呪物もあるため、なかなかたどり着けない。
焦りは、隙を生む。
ロイドは頭では分かっていたはずだった。
年長者としても、自制して立ち振る舞わなければならないと、自分に言い聞かせていた。
先ほど通ってしまった、因縁の場所。
ロイドは、自分で思ったよりも動揺していたのだ。
「やべっ」
背後からの呪物を、1つ防ぎきれなかった。
それを腕で受け止め、斬り捨てた。
ロイドの腕から血が滴り落ちてくる。
流血を狙うようになっているのか、散っていた幾多の呪物はロイドの方へ集まり始めた。
それを見て、ジュークとアリストはロイドの方へ急いでいる。
エリィをリリアナに任せて、サイラスがロイドの方へ走り始めた。
それだけロイドが危険だということが、見て取れる状況だ。
「ロイ!!!!」
驚いたロイドは、息をするのも呪物に囲まれているのも忘れて、その声がする方へ視線を送った。
ロイドをそう呼ぶのは、ただ1人しかいない。
今はもう、その事を忘れてしまっているので、存在しないも同然のはずなのに。
「エリィ、何で」
そこからはスローモーションのようだった。
全てがはっきりと見えた。
幼い頃のエリーゼだけが使っていた呼び名を、今のエリーゼが叫んでいる姿。
距離はあったのに、呪物で囲まれているのに、しっかりと確認できた。
リリアナに守られながら、こちらに手を向けてくるエリーゼと目が合うと、そのエリーゼの泣き顔が幼い頃の表情に重なった。
ミスったな。
手に負えない数の呪物に囲まれちまった。
ああ、でも、その目に見られながら逝くなら……
「悪くねぇ」
ロイドが満足そうに言うと同時だった。
「ロイっっ!!!!」
もう1度、ロイドを呼ぶエリーゼの声が聞こえた、その時。
呪物たちは一斉にロイドへ向かって急発進した。
「やめてぇぇぇええ!!!!」
辺りがまばゆい光に包まれた。
視界が真っ白になる。
敵か味方か分からない大きな爆風が起こり、全てが吹き飛ばされた。




