22…デビュタント②私の名を
いつもキラキラしている皇城のホールが、いつも以上に輝いている。
それに負けじと着飾った若いご令嬢たちがエスコートされて入っていく。
エリーゼは初めて着飾って、こちらもいつも以上に着飾っているロイドとやって来た。
先ほど、ロイドがミロウ侯爵家のタウンハウスに迎えに来た時、エリーゼが美し過ぎてロイドが泣きそうになっていたけれど、ロイドの美しさにエリーゼも固まってしまい、お付の者たちでは何もできない状況だった。
見送りにいたジュークがあきれて薄い目で見ていた。
まず、ジュークがため息をついてロイドに近寄って「泣いたら僕が行く」とロイドに耳打ちして、ロイドの涙を引っ込ませた。
そして、エリーゼにはにっこり笑って「デビュタント、おめでとう」と話し掛けて、手を取ってキスをした。
エリーゼは我に返り、ジュークににっこり笑ってお礼を言って、馬車に向かう。
ジュークは寂しそうに手を降って見送っていた。
「ロイドさんは、有名なんですね」
入るなり会場内が騒々しくなったのは、どうやら夜会に全く現れないロイドがエスコートして来たのが原因のようだ。
周りの反応に気を取られて、エリーゼはロイドの方へ向いた瞬間だった。
ロイドはエリーゼの頬にキスをした。
「へ?!」
嘘でしょう?!
人前よ。
こんなことって。
「まだ敬語出るな」
「今はダ」
メだと思うの。
嬉しそうな笑顔になったロイドに、エリーゼは敵わないと分かっているので、諦めるように黙った。
しかし、周囲の仰天している雰囲気も視線も、さすがのエリーゼも手に取るように感じる。
小声で「虫除けにもなるだろ」とつぶやきながら、ロイドは全く気にせず威かくするように見回しているけれど。
周囲を気にして、落ち着きがなくなってきている可愛いエリーゼに気付き、ロイドはエリーゼを連れて人がいない方へと移動していく。
お前たちには見せないと言わんばかりに。
開会され、デビュタントのご令嬢たちの紹介があり、今まで表に出ていなかった、噂以上に美しいエリーゼは注目を浴びていた。
その視線を蹴散らすかのようなロイドのエスコートは、後々噂が届いたカガリー辺境伯夫妻を、膝から崩れさせてしまうのだけれど。
エリーゼとロイドのダンスデビューは、カガリー辺境伯邸に滞在中の練習のお陰で、息ぴったりで美しく踊りきることができた。
周囲からの視線を総取りであったけれど、エリーゼもロイドも気にすることなく楽しむことができた。
しかし、その後の囲い込みがとんでもなく、次から次へと人が目の前に現れる。
顔が引きつってきたロイドが耳元で「倒れる振りしてくれ」と頼んできたので、細かくうなずいた後にエリーゼは渾身の演技でふらついてみた。
間髪置かず、ロイドがエリーゼを抱きかかえて「少し外の空気に当たってきます」と言い、その場を立ち去るという、見事な連携プレーで逃げたのだが。
「ははっ、もう無理だ」
ロイドと抱えられたエリーゼは、2人で笑いながら逃げるようにバルコニーに出てきた。
そして「名演技だったな」とロイドがエリーゼをふわりと下ろして、また2人で笑った。
「あーー……だから夜会は嫌なんだ」
少々やつれた顔になったロイドは、バルコニーの手すりにもたれかかって、うなだれた。
「よく行くの?」
夜会は今日がデビューのエリーゼなので、全てが初めてだらけだ。
「いいや、ほぼ出てない。何もメリットがねーから。会いたい相手は出てこねーって知ってからは、全く」
エリーゼは強い衝撃を受けた。
ロイドにそんな人がいたことを初めて聞いて、いつもと違う胸の苦しさを感じる。
とても嫌な苦しさだ。
聞くんじゃなかった……
「それは、残念ね」
エリーゼもバルコニーの手すりに手を置いて、ため息をつきながら、空に浮かぶ満月を見上げた。
他へ意識を持っていきたいエリーゼは「きれい」と月を眺めている。
「他人事じゃねーぞ。そうだろ? 大切にされてたお姫様は、夜会に全く出てなかったよな」
ロイドが笑って、手すりにもたれているエリーゼの手をとってキスをした。
「……わ、たし?」
「ああ」
どうしよう、本当に?
これは……これは嬉しすぎるんだけど。
エリーゼはホッとしたのと嬉しいのとで、出てくる涙が落っこちないようにするのに必死だ。
「え、ロイドさんは、私を、知っていたの?」
エリーゼが自分を落ち着かせるように、ゆっくり聞いた。
すると、少し寂しそうな顔をして、ロイドは肯定に首を縦に動かすだけだった。
何で私は知らなかったのかしら。
ロイドさんは、世間でも有名らしいのに。
私は、全く知らなかったわ。
お父様が過保護で、あまり外の世界と関わらせてくれなかったのは、確かだけど。
……意図的に知らされていなかった?
なぜ?
でも、会えたということは、会っても良くなったということ?
……わからないことばかり。
気になることは多々あるけれど、会いたかった相手だったとロイドに言ってもらえたのが、まだまだ嬉しいエリーゼは、それどころではない。
これ以上考えられなくなってしまった。
「夜会は好きじゃねーけど、お姫様を俺のもんだって見せるのも悪くなかったな」
先ほどから、エリーゼに嬉しいことばかりをロイドが言ってくるので、夢なのではないかと思い始めたところだ。
だからだろうか、前から気になっていることを、やっぱり聞きたくなったので、エリーゼは思い切って聞こうと手に力を込めた。
「あの、ロイドさんは、私の名前、知ってる?」
気まずそうにロイドがエリーゼを見て、ゆっくりと目をそらした。
「え? あ、ああ、知ってる、けど」
「私を名前で呼んでくれたこと無いから、覚えてもらえてないのかと思ったの」
「あー、気付いてたか。ごめん。あの、あー、照れ臭くて」
ロイドはバツが悪いのか、首を触りながら下を見ている。
それを見てくすくす笑いながら、エリーゼはロイドの視界に入るようにのぞき込んだ。
「さすがに気付きます。なんでだろうって。あの、良かったら、エリィと、呼んで下さい」
真剣な表情になったエリーゼを見て、ロイドは怯んだようになったので、エリーゼとロイドの目が合ったまま、沈黙が流れた。
観念したのか、ロイドはため息のような深呼吸をして、優しい顔をしてエリーゼに向いた。
「エリィ」
初めて、名前を呼んでくれた。
これは、思ったより、くるものが……
エリーゼは嬉しそうな笑顔を隠しきれなくなったところで。
ロイドは笑顔で、エリーゼの頬にキスをした。
「また敬語だった」
最初の頃、エリーゼは羞恥でどうしたら良いか分からなかったけれど。
今は、頬にキスをされるのを嬉しく思っている自分が恥ずかしくて。
エリーゼはやっぱり顔を手で隠してしまう。
どんどん欲深くなっていく自分に、もうエリーゼも気付いている。
もし、ロイドに他に会いたかった相手がいたらと思うだけで、胸の奥がざわついて、苦しくなる。
"「過去の女も受け入れられない」"
カガリー辺境伯領で聞いた言葉がふっと浮かんで、エリーゼは1人で目を丸くした。
ロイドさんに他に想う人がいたらと思うだけで、こんな気分になるのね。
よく分かったわ……
人を好きになるって、厄介ね。
「そろそろ戻るか?」
エリーゼのデビュタントなので、さすがにずっとバルコニーにいるのは、良くないのだろう。
申し訳なさそうに、ロイドが尋ねた。
「ええ」
エリーゼとロイドは、どちらからともなく手を繋いで、会場へ続く扉の方へ向かった。
人前ではできないけれど。
でも、あなたは私のものだと、私も示したいと思ってしまった。
バルコニーから会場へ戻る、カーテンを引いて、あと一歩の瞬間。
エリーゼはロイドの腕を引っ張った。
不意打ちは成功だった。
ロイドが傾いてエリーゼ顔の少し上にロイドの顔がきた時。
エリーゼは頑張って背伸びをして、ロイドの頬にキスをした。
一瞬目が合った時、エリーゼは精一杯のいたずらっ子のような笑みを向けてみた。
しかし次の刹那、カーテンの向こう側の会場に戻ってしまったエリーゼとロイド。
会場に戻った2人は、目を合わせていられなかった。
ただ、繋いだ手を離すことなく、次々にやって来る人々との挨拶をこなしていく。
夜会などに滅多に現れない2人は、まるで今日の主役のようだ。
外で満月が夜空を彩っているように。




