21…デビュタント①ダンスレッスン
「失礼致します」
明日一足早くミロウ侯爵邸へ戻る両親に呼び出され、エリーゼが来賓用の執務室を訪ねると、カガリー辺境伯夫妻も揃っていた。
エリーゼはどうしたのかと首を傾げると、父親のミロウ侯爵が早速話を始めた。
「学校が始まるのと同じ月にデビュタントある。エリィも出席だよ。パートナーについてなんだが……ロイドくんとこのまま婚約なら、ロイドくんと出る必要があるんだ。まだ考えたいなら、ジュークや父様と出ることもできるし」
何だったら父様が出たいんだけどと言いそうなのを、隣にいるミロウ侯爵夫人が笑顔で止めている。
もちろんエリーゼの返事は決まっているのだけど、両家の両親の前で言うのは思ったより照れくさい。
エリーゼは少しうつむいてしまった。
ああ、これは、言わないでいるともっと恥ずかしくなるやつよね。
でも、本人を前にするより緊張する気が……
カガリー辺境伯夫妻もなんだか緊張しているようで、先ほどから微動だにせず眼球しか動かしていない状態だ。
エリーゼは深呼吸をして、姿勢を正した。
「わ、私、あの、ろっ、ロイドさんに、お願いしたいです」
両家の両親は驚いた顔をした後、ミロウ侯爵は残念そうにうなだれて、ミロウ侯爵夫人とカガリー辺境伯夫妻はそれはそれは嬉しそうな笑顔になって了承した。
翌朝の見送りの時に、ミロウ侯爵夫人がエリーゼに向かって意味ありげな笑顔を向けた。
「エリィ、もうカガリー辺境伯夫妻にはお願いしたのだけど。ここに滞在している間、ロイドくんとダンスのレッスンを受けなさい」
笑顔だったエリーゼが一瞬で脱力してしまった。
「だっ、ダンス……」
そんなエリーゼをよそに、エリーゼの隣にいるジュークを見てミロウ侯爵夫人は言葉を続けた。
「ジューク、お前もね。レッスンは今日からよ」
「僕も?! 完全にとばっちりにしか思えないんだけど」
がく然とするジュークも気にせず、ミロウ侯爵夫人は淡々としている。
「そろそろ夜会にも行くべきお年頃だものね」
「行かないよ! 僕も箱入りに育ててよ」
ジュークは隣にいるエリーゼに抱きついて、両親を見て必死に可愛く懇願している。
両親はにっこり笑って「頑張って」と言いながら手を振って馬車へ乗り込んだ。
「……チッ、やっぱダメか」
エリーゼに聞こえないように、ジュークは小声で悪態をついている。
さすがジュークの親なだけあって、他人には通用する可愛らしさだけれど両親には通用しないのだ。
ジュークが極度のシスコンであることも、もちろん把握している。
ダンスレッスンの相手がエリーゼなら、きっとジュークもするだろう、という両親の考え通りに事が進むのも、ジュークは不満らしい。
ミロウ侯爵家の姉弟は夜会に出ないので、ダンスの機会がほとんど無かった。
なので、ダンスという科目について2人で結託して、学習の効率化と言う名の後回しにしていたのだ。
先日エリーゼはアリストと踊っていたが、毎年エリーゼに教えながら踊っている上級者のアリストだからできることであって、そんなことができる者は他にはいないだろう。
エリーゼもそれもよく分かっているので、両親に従うしかない。
しかし、自分の気持ちに気付いて昨日の今日のような状況のエリーゼ。
ロイドに最接近しないとならないダンスは、今までのどんなレッスンよりも過酷に違いないだろう。
実はダンスを1度もしたことがないロイドも、もちろんガチガチに緊張していた。
エリーゼのデビュタントのパートナーにと両親から言われて、ロイドはガッツポーズで大喜びしたのだが、ダンスの話を聞いて、そのまま崩れ落ちた。
先生に苦笑いされながら、エリーゼとロイドのダンスレッスンが始まった。
ロイドが抜け殻のようになって、ロイドの初日のレッスンは終了した。
休憩の後、ジュークがエリーゼと向かい合った。
「あれ? エリィが小さくなってる」
ついに、ジュークの身長がエリーゼの身長を抜いたことが判明したのだ。
「もう僕の方が高いんだね!!」
ずっと待ち望んでいたことだったので、ジュークは嬉しくて笑みがこぼれる。
それを見たエリーゼは優しく笑って、自分より上にあるジュークの頬に触れた。
「小さいジュジュも可愛かったけど、背が高くなったジュジュは素敵で格好良いわ」
嬉しすぎて油断していたジュークは、思わず泣きそうになってしまった。
ジュークは急いでエリーゼを抱きしめて、気持ちが落ち着くまで断固として離さない。
「背が高くなって、大人になって、遠い存在になってしまいそうね」
なかなか離れない弟の背中をさすりながら、感慨深そうに、エリーゼはゆっくりと言葉を紡いだ。
「何でエリィは僕の姉さまなんだろう」
ジュークが小さく小さくつぶやいた言葉は、誰にも届くことなく消えていく。
エリーゼが「なぁに?」と聞き返してきた時、やっと落ち着いたジュークは、顔を上げた。
「僕は弟だから、ずっとエリィの味方で側にいるよ。背も高くなれば、他の人に迫力負けしなくなるよね。もっと高くなるから、待っててね」
エリーゼは嬉しそうにジュークの頬を両手で包んだ。
「ありがとう、ジュジュ。大好きよ」
悲しさを隠しきれない顔で、ジュークは精一杯の笑顔になって姉に応えた。
◇
そろそろ新学期が始まるので、ミロウ侯爵家の姉弟が帰る日がやってきた。
ダンスは、ロイドとジュークが競うように練習して、かなり上達したのだ。
3人とも、胸を張って夜会に参加できるくらいになったと、先生のお墨付きをいただいた。
エリーゼは「知らない人と踊らない」と、ロイドとジュークに約束させられたけれど。
「デビュタントの日は、迎えに行く」
ロイドが馬車に乗るエリーゼの手を取って優しく笑い、エリーゼも嬉しそうに笑った。
「はい、待ってます」
ふっと笑ったロイドは、エリーゼの頬にキスをして、扉を閉めた。
ジュークがおとなしいので不思議に思ったロイドが窓から見ると、今回はロイドの顔が真っ青になった。
奥に座っているエリーゼの頬にジュークがキスをしているのだが、ロイドの角度からは、まるで口付をしているように見えたのだ。
振り返ることなく、ジュークは指だけで挑発するようなことをして、ロイドをあおりながらエリーゼから全く離れようとしない。
馬車は、予定通り走り始める。
「……シスコンめ。クソがっ」
ブチ切れて抜剣してしまったロイドが、落ち着こうと呼吸を整えながら、石畳の足元に突き刺した。
軽い地響きと共に、整地されている石畳がヒビ割れていく。
それを見て、手を取り合ってブルブル震えている双子たちと、少しずつ距離を置いている従者たち。
「サイラス、リリアナ、今日の鍛錬はまだだったよな」
「えぇぇ、いや、まだっつーか、兄さまとするのは恐いっつーか、遠慮してーんだけど」
サイラスがゴニョゴニョ言っている横で、リリアナは魂が抜けた状態で宙を見ている。
「ああ?! 何言ってっか聞こえねぇ」
「まだっす!!」
「今から行くぞ」
リリアナが、何かを思い出したかのように、勢いよく前を向いた。
「兄さま。久しぶりに、父さまとしたら?」
見送りに来ていた両親にパスしようと、リリアナとサイラスは後を振り返る。
「「いねえ?!」」
あまりの衝撃に、リリアナまで言葉遣いが悪くなってしまっている。
馬車が出発して、ロイドの様子がおかしいと分かった時点で、両親は気配を消して屋敷の中にさっさと入っていったのだった。
計らずも、こうしてカガリー辺境伯家の子どもたちは強くなっていく。
どこでも負けることのない、実力のある双子たちの出来上がりだ。
しかし、その2人をまとめて相手できてしまうロイドはもっと強く、実はロイドの相手を負けずにできてしまうカガリー辺境伯は更に上をいく。
この辺りの国境の守りはどこよりも強固だ。
ただ、ロイドはエリーゼのこととなると我を忘れるようになってきた。
唯一の弱点になりつつあることに、気付くことなく。




