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20…恋を知る

「姿を変えたりしないの?」


 町民の格好をした可愛らしいエリーゼに抱きついて、ジュークは全く離れようとせず、そのままロイドに話し掛けた。


「ああ、うちの領地では。特に、今日行く近くの街は、全く必要ねーな。家族みてーなもんだ」


 ジュークは感心しながら「へぇ」と聞いている。


 しかし、今日はエリーゼとロイドが街にお出掛けするというので、置いていかれると知ったジュークは、寂しくて朝からエリーゼにくっついている。

 よその領地にある街には興味があって、前から行きたいと言っていたのに。


 そんなジュークが可愛くて、エリーゼもずっと抱きつかれているままで、時々よしよしと触って抱きしめているくらいだ。


 うらやましそうにロイドとアリストが見ているのを、リリアナとサイラスは気が付いている。

 こんな時に彼らに近寄ろうものなら、きっとろくな目に遭わないと分かっている双子は少し距離をとっている。


 それなのに、途中からリリアナが「私も抱きつきたい」と言うので、サイラスが必死に止めた。

 このメンバーが揃うと、絶対自分が1番大変だと、サイラスは確信したところだ。




 街に着き、馬車から降りたエリーゼとロイド。


 エリーゼをエスコートしていた手を、ロイドは繋ぎ直して「行こう」と歩き始めた。


 ああ……

 手から私の鼓動が伝わりませんように。


 エリーゼは緊張しながら、活気のある街並みに視線を移した。

 街の人たちが楽しそうで、仲が良さそうで、充実した生活を送っていることが感じ取れる。



 先ほどから、あちらこちらでロイドはよく声を掛けられる。


「ロイド様! 久しぶりだねぇ」

「ああ、後で寄っから」


「ロイドでかくなったなぁ。そろそろロイド様って呼ばんといかんか」

「勘弁してくれ」


 街の人たちが本当にロイドを可愛がっていることが見て取れる。


 何人目かの時に、ロイドが手を繋いでいるエリーゼに気付いて、その老人は目を見開いた。


「ありゃ? ロイドの一緒の方はリリアナ様、じゃないのか?」



「あ、エリーゼ・ハゥル・ミロウと申します」


 エリーゼはつい癖で、笑顔できれいなカーテシーをした。


 初めて見るエリーゼの美しさに、周囲の人々はしばらく見入ってしまった。



 ど、ど、どうしよう。

 カーテシーおかしかった?

 挨拶のタイミングを間違えてしまったのかも。



 しかしすぐに、その人の大声が沈黙を破った。


「おい!! ロイドがリリアナ様じゃない子を連れてきとるぞ?!」


 その言葉が契機になって、街の人たちがどんどん集まってくる。


「まじか。どっからこんなに湧いて出て来てんだ」


 ロイドはあっけに取られながら、エリーゼと離れないように必死に側にいたのだけれど。


 2人は民衆に引き離され、ロイドは男性陣にエリーゼは女性陣に囲まれてしまった。


 少し向こうにロイドが囲まれて笑っているのが見えて、エリーゼはこの街は安全なのだと分かった。

 それだけでなく、何だか胸の奥が温かい気持ちになってくる。


 エリーゼは少し不安にはなったけれど、同性で雰囲気の心地良い人たちの中で落ち着いて待つことにした。

 しかし、女性陣は先ほどから、囲んだは良いけれど、どうしようかと気を使って様子をうかがってくるばかりなのだ。


「ねえねえ、お姉ちゃん」


 遠慮している大人たちとは反対に、子どもたちが大人たちの足をかき分けて近くへ来たので、エリーゼはしゃがみ込んで目線を同じにしてにっこり笑った。


「お姉ちゃんは、ロイド様のお嫁さんなの?」


 エリーゼは「うぐっ?!」とゲホゴホむせた後、呼吸を整えて冷静を装って答えてみるけれど。


「い、今はまだ違うわ」


「今から結婚するの?」

「結婚式いつ?」

「好きなの?」


 次々にくるド直球の幼子からの質問攻めに、降参するしかないエリーゼは、顔を赤くしながら涙目で助けを求めるように周りを見回した。


「す、好きって、まだ分からなくて。ど、どっ、どんな、感じですか?」


 美しくて、どう見ても良いとこの貴族のご令嬢の、素直に助けを求めている姿がとんでもなく可愛く見えたらしい。

 年下からご年配までもの女性たちが食い気味に、エリーゼへ説明を始めた。


「好きはね、相手とずっと一緒にいたかったり」

「私はずっと手を繋いでいたい」

「他の女と話してるとモヤッとするの」

「胸がギューってなったり」

「私は過去の女も受け入れられないわね」

「考えただけでドキドキしたり」

「私はずっとくっついていたいわ」



 顔を半分ほど覆いながら恥ずかしそうに聞いているエリーゼが更に琴線に触れたらしく、全員が嬉しそうにニコニコしている。


「それなら、何となく、分かる、かも?」


 エリーゼは何となく思い当たることがあるのだ。


「そうなの?!」

「ロイド様格好良いもの」

「お姉さんとっても美人だしお似合いよ」


 会ったばかりの人たちと恋バナをして楽しむなんて、思いもしなかったエリーゼ。

 皆が優しくて、受け入れてもらえたような雰囲気が嬉しくて、涙が出そうになっている。


 カガリー辺境伯領の、ロイドの大切にしている部分に出会えた気がして、エリーゼは嬉しくてたまらない。




「待たせた。大丈夫か?」


 話が話の時にロイドが戻って来たので、エリーゼはビクッと振り返った。


 もみくちゃにされたのだろう、服が乱れているロイドを見て、少し微笑したエリーゼが可愛らしくて、周囲の女性たちのニコニコが止まらない。


 エリーゼは、周りの女性たちを紹介するように身振り手振りをしながら、嬉しそうにしている。


「皆さんと、楽しく、お話していたの」


「へー……何話してたんだ?」


 聞いてもエリーゼが視線を合わせてこないので、不満げなロイドがのぞき込むけれど、エリーゼはジリジリと後退りしていく。


「ロイド様には内緒ですよ!」

「そうよ、私たちとの内緒話なんだから」

「またお話しましょうねぇ、エリーゼちゃん」

「お姉ちゃん、またね」


 女性陣から助け舟が出て、エリーゼは心底ホッとしてほほえんだ。 



"「他の女と話してるとモヤッとするの」"


 当てはまらない気がするのだけど。

 ……

 ……あっ。


 エリーゼは、先日のアリストの即位式を思い出した。

 ご令嬢たちに囲まれていたロイドを見て、胸の奥が苦しくなったのを思い出した。

 思い出しただけなのに、今も苦しくなってくる。



「あ、お話、ありがとうございました。また、是非」


 目の前の光景を優しく見ていたロイドだったが、納得していなさそうな声を出した。


「ふーん、仲良くなったみてーで、何より」


 そんなロイドも良いなと、エリーゼは嬉しそうに気を抜いて返事をしてしまった。


「はい。皆さんとっても優しいですね」


「だろ?」


 そう言ったロイドは、迷わずエリーゼの頬にキスをした。


 2人の周りから悲鳴のような歓声が上がる。


「敬語、使ったな」



 集まっていた人々が、ロイドの行動を楽しそうに茶化して行くけれど、本人は嬉しそうに堂々と笑って応えている。

 カガリー辺境伯家でも特にロイドと領民たちとの距離は本当に近いのだ。



 しかし、エリーゼはそれどころではない。

 公衆の面前で頬にキスされるなんて、想像もしていなかったので、顔を真っ赤にして一生懸命ロイドに抗議の視線を送った。


 それに気付いたロイドは、してやったり顔で更に笑顔になるばかりだ。



 ああ、まずいわ。

 ロイドさんの笑顔を見ると、胸の奥が苦しくなるのよね。



"「胸がギューってなったり」"


 エリーゼは話をしてくれた少女を思い出して、優しく笑った。



「次は、あの店だ」


 ご機嫌なロイドが手を差し出すと、抗議の視線を伏せ目がちにして、やっぱりエリーゼはその手を取ってしまう。



 最初ほど緊張せずエリーゼはロイドと手を繋いで歩けるようになった。

 寧ろ、手を繋がないと寂しくさえ思うようになってしまった。



"「ずっと手を繋いでいたい」"


 ええ、すごくよく分かるわ。




 帰宅して馬車を降りても、手を繋いだままだったエリーゼとロイド。

 仲睦まじい姿に、従者たちは笑顔でお辞儀をして通り過ぎていく。


 その噂を聞きつけ、半信半疑のリリアナとサイラスがやって来た。

 そーっと扉の隙間から偵察のごとく真剣にのぞいている。


 エリーゼとロイドは来賓室に着いても手を離していなかった。

 珍しくロイドが双子の気配に気付くこともなく、手を繋いだままソファに座って話をしている。


 リリアナとサイラスは、見たこともない穏やかな幸せそうな兄の姿を目視した瞬間「「夢か」」とお互いの頬をつねった。


「「夢じゃない!!」」




 双子の後ろから、ジュークが薄ら笑いで扉を勢いよく開けて「盛り上がってるね」と現れるまで、エリーゼもロイドも手を離さなかった。



 ロイドと手を離して、またすぐに手を繋ぎたくなったエリーゼは、すとんと腑に落ちた。




 そうね。


 私は、ロイドさん、あなたが好き。




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