2…見合い相手と幼馴染と
いつかどこかから、ピンチの時に王子さまが助けに来てくれる。
そんなお花畑のような夢を、エリーゼは幼い頃から時折見ている。
全く持っていない幼い頃の記憶を埋めるかのように。
目が覚めたら、世界に1人だけ取り残されたような感覚になって、涙があふれてくるのだけれど。
……と、幼い頃から見ている夢の話に飛んでしまいたいくらい、今エリーゼは激しく緊張している。
カガリー辺境伯一家が昨日やってきて、昨夜の晩餐と同じくらい、今朝の朝食も何を食べたかも覚えていないくらいエリーゼは緊張していた。
その時に、どうやらロイドを庭園に案内するように両親から言われたらしい。
エリーゼは今、隣にいる見目麗しいロイドに庭園を案内しているところなのだ。
ロイドはというと、それなりに楽しいらしく、エリーゼの話を優しい顔で相づちを打ったりして聞いている。
この人が婚約者になるのかしら……
エリーゼが自分の鼓動と戦いながらも、ロイドのきれいな顔に見入っていると、何やら屋敷の玄関前が騒がしくなった。
今日は他に誰も来る予定にしていなかったのに、急な来客でもあったのかしらと思ったけれど、エリーゼはまた庭園の方へ視線を戻して、今日1番嬉しそうに説明をし始めた。
目の前には、色とりどりの花たちが誇らしげに咲き誇っている花壇がある。
「このあたりは私の花壇です。誕生日に、いくつかずつ増えてるんですよ。毎年贈って下さる方が何人か」
「エリィ!!」
突然、呼ばれ慣れた声がしたので、エリーゼは説明途中に振り返ってしまった。
玄関前から迷いなく、急いでこちらに来ている人物がいる。
「ど、どうしたの?! あ、どうされましたか。あ、間違えました。ご挨拶、申し上げます」
エリーゼが焦りに焦って何を言っているか分からなくなったので、とりあえず姿勢を正し、カーテシーをした。
現れた容姿端麗な男は、エリーゼが仰々しくカーテシーまでしたのを見て、ふて腐れながらジトッとした視線を向けた。
「……普通に話して良い」
その隣で、ロイドがきれいなお辞儀をした。
「アリスト皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
それを聞くと同時に、アリストは崩れた顔を隠すことなくロイドをにらんだ。
「お前もだ。何の茶番だ」
「……ははっ、そうか」
ロイドはこらえきれない笑いを含ませながら、アリストにいたずらっ子のような視線を向けた。
「お知り合い、ですか?」
2人のやり取りに驚いて、エリーゼは視線をアリストとロイドへ交互に移してキョロキョロしている。
ロイドは少し寂しそうな顔をして、エリーゼにうなずいた。
「ええ、幼い頃から。私の方が1つ年上ですが学園も同じですし、まぁ腐れ縁です」
そんなに長い付き合いなら、アリストと幼馴染の自分との会話にロイドの名前が1度は出ても良いはずなのに。
全く聞いたことがなかったので、昨日のジュークの話に続き、エリーゼは少し違和感を覚えた。
「あ、アリス、そういえば今日はどうしたの? 何かあったの?」
アリスという呼名を聞いたロイドが、何か言いたげにアリストへ視線だけ移すと、アリストは得意げな顔になってニヤリと笑った。
「僕の求婚を散々断ってきたエリィの、婚約者候補殿を拝見しないとと思って」
「なにそれ。求婚なんてされたことないわ」
ケロッとして答えてくるエリーゼに、アリストはムッとした顔で「気付いてないだけだろ」とつぶやいて、エリーゼの手をとって指にキスをした。
「それならさ、ロイドは断って、僕と婚約しよう。もう結婚でも良い」
エリーゼが目を丸くしたのは一瞬で、ため息をついてアリストから手をそっと離した。
「何言ってるの。権力が偏るから無いって言われているんでしょう?」
ここセトレア皇国において、歴代の中で最も頭が切れるであろうミロウ侯爵が、堅実な政策をして権力を確実なものにしている。
そのため、ミロウ侯爵の娘のエリーゼと皇太子が婚約をしてしまうと、確実に他からの不満が出てしまうのだそうだ。
「父は各方面の顔色をうかがって平和を維持してきたからね。僕はそうしなくて良いように学園で根回ししてるから、大丈夫だよ。僕はちゃんと好きな人と結婚したいんだ」
「おい、俺がいるの忘れてないか」
先ほどから黙っていたロイドが、たまらず口を挟んでアリストを止めた。
「忘れてないよ。お前が行動に出始めたから、僕は宣戦布告に来たんだ」
2人の間に不穏な空気が流れている。
肝心のエリーゼはというと……
自分の花壇を説明しようという時に中断されてしまい、男のたちが分からない話を進めていくので、最初にため息をついてからは、全く聞いていない。
「私の花壇の、説明をしてる途中だったのに」
悲しそうにしているエリーゼを見て、ロイドもアリストも慌てて口を閉じた。
やっと2人が黙ってくれたので、エリーゼはまだ少し悲しそうだけれど説明を再開した。
花壇には、毎年エリーゼの誕生日に贈られてくる花木を植えている。
大体2、3人から届くこと、差出人は書かれていないこと、それはそれは自分好みの花木であること、それらを毎年とても楽しみにしていることを、エリーゼは少しずつ元気になりながら、最後には嬉しそうな顔になって説明した。
その説明を、ロイドもアリストも嬉しそうに聞いている。
「お父様が大丈夫だと言っているから、有難く受け取っているの。送り主を知っているのかしら」
エリーゼが最後に付け加えた言葉で、なぜか2人とも一瞬心臓が止まったような顔をしていたけれど。
庭園の案内の後に来賓室へ行き、3人でお茶をした。
そのお陰だろうか、エリーゼはロイドへの緊張が少しずつ和らいできたのが分かった。
アリストはエリーゼとロイドを2人きりにしたくなくて、敵情視察のつもりで来たはずなのに。
思いの外楽しんでしまい、結果敵に塩を送ることになってしまったのかもしれないと、帰りの馬車で後悔したとか。
この国の皇太子殿下は、人が良すぎるのだ。




