19…予測と、確信と
自分の幼い頃の記憶が無いことをロイドに伝えたエリーゼ。
その日から、持ち合わせない記憶について考えるようになった。
私の、その記憶の中には誰が居るんだろう。
ジュークの赤ちゃんの頃を思い出せるかしら。
お姉様に嫌われた理由が、分かるかしら。そうしたら、仲直りできるかしら。
上の空のエリーゼを心配して、この日はジュークが朝からずっとそばにいる。
何かあったのか聞いても「考え事をしてたの」としかエリーゼは言わないので、ジュークもどうしたら良いか分からないのだ。
「ロイドに何か言われたなら、僕が全力でロイドが表を歩けないようにしてあげる」
勘違いしたジュークが物騒なことを言い始めたので、エリーゼはギョッとして「話をするから、やめて」と言うしかない。
「……そっか。エリィは思い出したいの?」
何とも言えない表情をしているジュークが、遠慮気味にエリーゼの目を見た。
うなずくエリーゼ。それを見てはいるけれど、ジュークは肯定も否定もすることができないでいる。
「でも思い出せないだろうなって分かるの。その部分だけ抜けている感じなの。私の中に存在しないの」
エリーゼは自分の記憶の無い感覚を、初めて人に話した。
その相手がジュークだからか、自分が思っていたよりも、言葉がサラサラと流れ出るように話せている、不思議な感覚になった。
「何か理由があるのかしら。核が無いのも関係してるのかしら」
ジュークは手を口もとにもってきて考え事をしているようにしているけれど、エリーゼはそれが違うということをよく知っている。
これは、エリーゼだけが気付いている、ジュークが動揺を隠す時にする仕草なのだ。
ジュジュは何かを知っているのね。
でも、言わない理由は、何?
「ジュジュは、何か知ってる?」
「え? ううん、僕は知らないけど」
何年あなたの姉をしてると思ってるの。
この反応は、決まりね。
ジュジュは私に言えない何かを知ってる。
午後の学習時間になり、エリーゼはアリストと同じ授業を受けるので、また2人きりになった。
先ほどまで部屋にロイドが付いてきてくれたので3人でいたけれど、剣術の先生が来たと従者がロイドに伝えに来て、何度も振り返りながら去っていったところだ。
2人の先生が来るまであと少し時間がある。
エリーゼは真剣な眼差しでアリストを見ると、アリストには不意打ちだったらしく動揺しながら目を合わせたまま止まっている。
「ねえ、アリスは、私に記憶が無い理由は知ってるの?」
回りくどいのが苦手なエリーゼは、幼馴染ということもあり、アリストに直球を投げてみた。
驚いたアリストはゲホゲホむせ始めた。
「と、突然、どうした?!」
すぐハンカチで口を押さえながら話すアリストを見て、さすが皇族は上品だなとエリーゼは感心しているけれど。
「怪しいわね」
「いやいや、そんなこと今まで話したことなかったんだから。驚くに決まってるだろ」
再びエリーゼは真剣にアリストと目を合わせてみたら、次は笑顔を返してきた。
エリーゼは知っている。
何か隠したいことがある時に使う、アリストの笑顔だ。
アリスまで、何かを知っているのね。
知らないのは、私だけなのかもしれない。
◇
「……無理に思い出さなくても良いんじゃねーか」
就寝時間になったので、ロイドがエリーゼを部屋まで送っているところだ。
エリーゼが思い出したいと言い出したことを、ジュークやアリストから聞いたロイドが意見している。
ロイドが反対意見を言うのが何となく意外で、エリーゼは少し驚いていた。
エリーゼの願いは全て肯定してくれそうだと勝手に思ってしまっていたから。
そんなエリーゼの様子を見ながらも、ロイドはまだ話し足りないらしく、自分の意見を続けて話ししている。
「覚えてなくても今まで何も支障なかったなら、思い出す必要あるか? それに、これから記憶に残る思い出を作れば良いだろ」
ロイドが必死そうに言ってくるので、エリーゼは気圧されて目を丸くしている。
「昔の記憶が有っても無くても今まで大丈夫だったら、これからも関係ねぇ」
まあ、そう言われれば、そうかもしれないけど。
不服そうなエリーゼを見て、ロイドはため息のような深呼吸をして、エリーゼの頭に手を置いて。
「だから、明日は街に行くぞ。一緒に、楽しい思い出作りだ」
「明日、ですか?」
エリーゼがしまったと思う前に、もうロイドに頬にキスをされていた。
顔を手で覆おうとしたら、いたずらっ子のような顔をしたロイドに手を捕まえられてしまい、エリーゼは顔を真っ赤にしながら返事をし直した。
「あ、明日。たの、楽しみにしてるわ」
負けじと目をそらそうとしないエリーゼに、ロイドは思わず吹き出してしまう。
「ははっ、決まりだな。今日はさせてもらえねーのかと思ったけど、最後にできたな」
嬉しそうなロイドの笑顔に、エリーゼは胸を締め付けられながらも、視線を外すことができない。
ロイドは従者たちに明日の予定を伝え、エリーゼの手にキスをして「おやすみ」と言って戻っていった。
"「これから一緒に記憶に残る思い出を作れば良いんじゃねーか」"
就寝の支度をエリーゼ付きの侍女たちがしてくれる間、ロイドがくれた言葉をエリーゼは何度も心で反すうしていた。
そして、いたずらっ子のような顔のロイドや笑顔のロイドも。
これらも全部、きっと忘れられない記憶になるとドキドキしながら。
ロイドがキスをしてくれた自分の手に、エリーゼはそっと唇を乗せた。
「はっ、何を?!」
完全な無意識だったので、自分に驚いてしまって、真っ赤になったエリーゼは思いっきり寝台へ飛び込んだ。
鼓動がおかしいから、今日は眠れないかもしれないと心配していたけれど。
寝付きの良いエリーゼは、秒で眠りについた。
明日が楽しみで、直ぐには眠れないロイドを、知る由もなく。




