18…夕日と共に
「すごい!! きれいな夕日。想像より、もっと素敵だわ!!!!」
エリーゼが景色に向けて手を広げて、満面の笑みで振り返った。
カガリー辺境伯邸の敷地内に小高くなっている丘がある。
少し先にある街が見下ろせて夕方が絶景だと双子が説明していた時、エリーゼが興味深そうに聞いていたから、早速ロイドが連れて来たのだ。
ジュークとアリストの足止めを双子に任せて。
「次は、あの街に行ってみるか?」
「是非! ロイドさんは街にはよく行くの?」
嬉しそうに笑うエリーゼを、ロイドが穏やかな優しい顔で見ている。
「ああ。俺がうろちょろし過ぎるから、小さい頃1人での外出禁止令が出たんだ。ここで街の地図を頭にたたき込んで、こっそり屋敷のあの辺りから抜け出して、遊びに行って。何度もバレてすげー怒られた」
ロイドは今は閉ざされている抜け道と街を指さしながら説明をして、それを見ながらエリーゼはくすくす笑っている。
「1人で? 何才の頃?」
「あー、5才あたりかな。活動的になった時期だ」
そう言うロイドは少し寂しそうな顔をしてエリーゼを見た。
エリーゼが不思議そうに見てくるので、ロイドは気を取り直して街までの道をまた指さした。
「街まで一本道で行きやすいし。それに、ダメだと言われると余計にしたくなるだろ。双子が生まれて屋敷中がバタバタしてたお陰で、隙を突けたな」
「5才……」
街を眺めながら、エリーゼが急に静かになった。
その姿が、夕日に照らされて異様に美しく浮き立っていて、ロイドは一瞬たじろいでしまった。
エリーゼはゆっくりロイドの正面に向いて、真っすぐな眼差しで目を合わせた。
知られているかもしれないけれど、自分の口で言わなければならないと思っていたことを、伝えなければと。
「私、6才あたりまでの記憶が全く無いんです。ご存知かもしれないですけど、それが関係しているか分からないけど、魔力の核もありません」
ロイドが目を大きくして、景色に映えているエリーゼから視線を外せず動けなくなっている。
「……全く?」
「ええ、ただ覚えていないのかもしれないけど。でも、それにしても不自然なくらい何も覚えていなくて。普通はロイドさんみたいに、自分の幼い頃のこと少しは覚えてるでしょ?」
寂しそうにエリーゼが聞いてくるので、ロイドは気にしつつも小さくうなずいた。
「思い出せるなら、思い出したいか?」
「どんな内容でも、私の記憶は私のものだもの……」
ため息をついて「でも、なぜか無理って分かるんです」と小さくつぶやき、エリーゼはまた絶景へと視線を戻した。
風になびく髪を押さえている様が大人っぽく見えて、ロイドが言葉に詰まっているけれど、エリーゼは残念ながら気付いていない。
本当に聞きたくて、でも1番聞くのが恐い内容を、これからロイドに振ろうと思っているから。
仲良くなって距離が近付けば近付くほど、どんどん気になってしまい、近いうちに確認しなければと思っていたことだ。
エリーゼは1つゆっくりと深呼吸して、改めてロイドの目を見た。
「核が無い者を、カガリー辺境伯家に入れてしまっても、良いのでしょうか」
言葉にすると、思った以上に自分が受けるダメージが大きかった。
"核が無い"
今までエリーゼが表立って言われたことがないのは、きっと父のミロウ侯爵やジュークの手回しのお陰なのだろう。
だから、自分が言った今この時が、実は「核が無い」という言葉を実際に耳で聞くのが初めてだった。
エリーゼは、胸が押し潰されそうになっているのを我慢して立っているのがやっとだ。
ロイドが長いため息をついたので、エリーゼはさらに緊張して体が強張ってしまう。
「誰だ?」
キョトンとして首を傾げたエリーゼを見て、ロイドもつられて首を傾げた。
「誰に言われた? 斬り捨てに行ってやるから」
斬り捨てに?! なぜ?!
何だか予期せぬ方向に話が……
「えっ。いえ、だだ、誰にも何も。ただ、私がずっと気になっていたことで」
「本当か? かばってるわけじゃねーな?」
本気でこれから斬りに行かんとする勢いでロイドが確認してくるので、エリーゼは必死に首を縦に振った。
「なら良い。そんなこと気にすんな。カガリー辺境伯家は皆知っていて、受け入れる準備はできている」
エリーゼが気付いた時には、もう涙が何粒もポロポロと落ちていた。
「日に当たって、涙がきれいだな」
ロイドが感心しながらエリーゼの涙を手で拭いて、無邪気に笑った。
おかしいわ。
安心できたはずなのに、また胸が苦しい。
「そーいや、まだまだ敬語が出るけど」
次は自分の番だと言わんばかりに、ロイドが気になっているらしいことをつぶやいた。
エリーゼは気まずそうにしている。
「そ、そうね。まだ慣れなくて」
自覚があるエリーゼは、気まずそうにロイドをチラッと見た。
ロイドは優しく笑っているので、ホッと安心したけれど。
「ふーん、次から敬語を使ったら」
そんなのは束の間だった。
「つ、使ったら?」
ロイドはエリーゼの頬にキスをした。
「どんな時でも、これで手を打とう」
「こっ……」
これって、頬にキス?!
「どっ……」
どんな時もって。
私、結構な頻度で敬語を使ってる気がするわ。
まずいわ。
人前でされたら、確実に心臓がもたない自信がある。
言葉にならないエリーゼの様子を見て、ロイドはいたずらっ子のように笑っている。
「顔が赤いな」
「夕日のせいで……夕日のせいよ!」
ああぁぁぁぁあっ!
です、って言うとこだったわ。
ドツボにはまりそう。
連続でされたら、顔が赤くなるだけでは終わらなさそうなのよね……
百面相をしているエリーゼを、ロイドは笑いながら眺めている。
「そろそろ戻るか」
日が落ちたら辺りはすぐ真っ暗になってしまう。
それまでには戻るとロイドが言い張って、付いて来ようとする従者を置いて来たのだ。
騒動になる前に、屋敷に着かなければならない。
「は……ええ!」
危ない危ない。
早速、いつもより敬語を使いそうになってるわ。
「あーあ、残念」
先ほどから、わざとらしくため息をつくロイドに、エリーゼは抗議するようにロイドの服を少しだけ引っ張った。
それを見たロイドは嬉しそうに笑って、エリーゼの手を取って歩き始めた。
今までエスコートはしてもらっていたけれど、この状態は初めてで、エリーゼは緊張しすぎて、手と足が一緒に出しながら歩いてしまった。
歩き方が、分からなくなってたわ……
ドキドキをできる限り隠しながら、そっとロイドを見た。
ロイドもエリーゼを見ていたので、2人は計らずも目が合ってしまった。
お互い驚いて真っ赤になって、静かに目をそらす。
いつか鼓動に気付かれてしまうかもしれない。
全く落ち着かない。
でも、手を離したくない。
初めて手を繋いだ2人。
屋敷までの短い距離を会話することなく、夕日に背を押されながら、ただただ歩いていく。




