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17…想い続けてきた男たち

 暑い暑い夏が来る。

 学園が長期休暇に入り、今年は避暑にカガリー辺境伯邸への滞在を提案されたので、家族総出で向かったのだが。



 カガリー辺境伯邸前に、ミロウ侯爵家の馬車が2台到着した。

 1台目から、ミロウ侯爵夫妻が降りてきて、カガリー辺境伯夫妻と嬉しそうに挨拶をしている。


 2台目にロイドが出迎えに行くと、エリーゼとジュークではなく、最初に上機嫌なアリストが降りてきたので、ロイドの目が一瞬で据わってしまった。


「この国の正式な皇太子殿下様は暇なのかよ」


「うるさいな。正当な休暇だよ。僕の婚約者候補殿もいるから来たんだ。よろしく」


「俺の婚約者だろ。さっさとお国のために他国の姫と婚約しろ」


 ロイドとアリストがそんな話をしていると、降りてきたエリーゼに挨拶をしながらリリアナが飛び付いた。


「エリィ姉さま、会いたかったです!!」


 エリーゼも嬉しそうに抱きしめて「私もよ」と慣れた対応をしている。

 そして、もちろんサイラスにも話し掛けた。


「お久しぶり。あ、背が、高くなってる!!」


 そう言ってエリーゼが頭のてっぺんを触って確認してくるので、サイラスは慌ててエリーゼにくっついているリリアナを引きはがしながら、指をさして小声で知らせた。


「兄さまがいじけるから、先に挨拶してくれ」


 エリーゼはサイラスの指し示す方へ行き、ロイドの前で笑顔になってカーテシーをした。


「お久しぶりです。また、お世話になります」


「ようこそ」


 笑顔になったロイドも、姿勢を正してお辞儀で応えた。


 少し照れたエリーゼは、緊張しながらロイドのエスコートを受けて屋敷の中へ入っていく。



 ああ、どうしよう。

 カガリー辺境伯家のお辞儀というか、ロイドさんのお辞儀の仕方が格好良いのよね。

 あまり見ることがないから嬉しいけど、胸がいっぱいで苦しくなる。

 久しぶりに会うから、緊張もしてしまうし。



「あれ? ジュークは?」


 玄関ホールで、ジュークの姿を見ていないことに気が付いて、ロイドは立ち止まって後を振り返った。


「ジュジュは学園で何か用事を済ませて来るから、明日到着するの」


 エリーゼの説明を聞いて、ロイドは「そうか」と言った後、前を向き直したけれど。

 すぐ、ものっすごい勢いで再び後を振り返り、双子と話しながら来ているアリストに、これでもかというくらい苦い視線を向けた。


「ん? あー気付いた? 楽しい馬車の旅だったよ。ねぇ、エリィ」


 話を振られたエリーゼが、目を大きくして止まってしまった。




「エリィ、普通に振る舞ってよ。意識してしまうだろ」


 先日のパーティで、アリストに想いを伝えられてから、初めて2人きりになったのだ。

 しかも、馬車の中という、まあまあ狭い密室で。

 エリーゼは本当に恋愛というものから遠いところで過ごしてきたので、どう振る舞うのが正解なのか全く分からない。

 なので、今は下を向いてだんまり中なのだ。


 想定内だったらしいアリストは、やれやれとため息をついて馬車に持ち込んだ荷物を開けた。


「そうだろうなと思って、コレ持ってきたんだ」


「えっ!! 懐かしい」


 一転エリーゼの目が輝いたのを見て、アリストはホッとして嬉しそうにエリーゼに向かった。


「やっぱり真剣勝負だろ?」


「もちろん!」



 魔道具の1つで、碁盤の目の上で動いて戦う駒たちを使って陣取り合戦をする、昔からセトレア皇国の子どもたちに大人気のボードゲームだ。


 采配が物を言うもので、エリーゼはアリストに勝てたことがなかった。

 それでもアリストが手を抜かずに相手をしてくれるのがエリーゼは嬉しくて、アリストに挑戦するのが楽しくて、何度も挑んでいた。

 エリーゼたちの思い出のゲームだ。


 隣同士に座った2人の間にボードを置いて、久しぶりに子どもの頃のように楽しんだ。


 良い勝負をしていて、アリストも眉間にシワを作り始めた時に、馬車が少し跳ねてボードが台無しになってしまった。


「ひどいっ、せっかく勝つところだったのに!!」


「いいや! 僕は今から巻き返すとこだったんだよ。算段は付いてた」


「そんなことないわ。私の勝ちだった!」


「いーや、絶対に巻き返せた」


「「……」」


 はたと2人は目を合わせた。

 お互い子どものようにムキになっていることに気付いたようだ。

 2人とも楽しそうに笑い始めて、小さい頃に戻ったような懐かしい気分になったのに。



ガタンッ


 突然、馬車が道のくぼみに入り、飛び跳ねた。


「ひゃあぁっ」


 隣で宙に舞いそうになっているエリーゼを、アリストは引き寄せた。


「エリィ、大丈夫??」


 大丈夫だけど、大丈夫じゃないわ。

 アリスが近すぎる。

 

「うん、ありがとう。あの、アリス、大丈夫だから、は離してもらえると」


 エリーゼが離れようとするのを、アリストは拒むかのように抱きしめた。


「やっぱり大好きだなぁ」


「えっ」


「あ、ごめん、言葉になってた? 聞かなかったことにして」




「エエ、ソウネ」


 楽しい馬車の旅だったというアリストに対して完全に棒読みのエリーゼ、それを嬉しそうに見ているアリスト。

 ロイドはとりあえずは冷静にしている。


「何があった?」


 ロイドは一先ずエリーゼに聞いてみたけれど。


「あの……」


 何も言えないエリーゼを見て、満足そうなアリストが珍しく挑戦的な視線をロイドに向けた。


「馬車が跳ねた瞬間、転げそうになったエリィを僕が抱きとめて、そのまま着くまで抱きしめてただけ」


 なぜか双子たちが隣りにいるアリストに殴りかかりそうなくらいの顔をして、お互いを止めている。


 ロイドは「へぇ」と一言つぶやいて、黙ってエリーゼをエスコートしたまま階段を上り始めた。

 


 軽いと思われたかしら。

 隙が多いと思われたかしら。

 嫌われたら、どうしよう……


 どんどん不安になっていくエリーゼは、青ざめてロイドに付いていく。


 置かれているエリーゼの手が弱々しくなったのを不思議に思って、ロイドがエリーゼをチラッと見ると、今度はロイドが真っ青になった。


「サイラス、リリアナ、お前たちはそのままアリストの部屋に案内しろ。予定は部屋付きの従者に聞け」


 双子が「「はい!」」と姿勢良く返事したのを確認して、ロイドは階段の途中でも物ともせずエリーゼを抱きかかえた。


「今のは俺が感じ悪かった。ごめん」


 ロイドはそう言うと、後を振り返りもせず早足でエリーゼの部屋へ向かった。




「兄さまが……普通に、人にごめんって言うの初めて聞いた」


 驚いて瞬きを忘れているリリアナがそう言うと、サイラスが首を縦に振って激しく同意している。

 いつもロイドは謝らなくて良いような立ち振舞をしているため、ほとんど謝ることがない。


 アリストまで驚いているし、3人はしばらく立ち尽くしていた。




「泣いてしまって、ごめんなさぃ」


 最後は聞き取れないくらいのか細い声で、ロイドに抱きかかえられながら顔を手で覆ってエリーゼは謝った。


「いや、悪いのは俺だろ」


「すぐ、泣くのは良くないって、嫌われるからって、前にジュジュに言われたことがあって」


 泣き顔のエリーゼが可愛くて、他の人に見せたくないジュークが取った過去の苦肉の策だったのだが。

 真剣に受け取っているエリーゼは、ロイドに嫌われてしまわないかと、それどころではない。


 ロイドは何かを言いたげな表情をしたけれど、一呼吸おいてエリーゼに優しく言った。


「きっと違う意味でジュークは言ったんだろーけど。まぁ、大丈夫だから落ち着け」


 エリーゼの部屋の前に着くと、ロイドはエリーゼをそうっと優しく下ろして「また後で」と手にキスをした。

 そして、ロイドは扉を開けて、しょんぼりしながら中へ入り上目で振り返ったエリーゼを、扉が閉まる瞬間まで見送った。



「嫌いになんかなれねーし。どれだけ想い続けてきたと思ってんだ」


 小声でそう言うと、ロイドはため息をついて戻っていった。



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