16…即位式と、それぞれの
「きれいだね」
「本当ね。まさに皇太子殿下ね」
ミロウ侯爵家の仲良しの姉弟が隣同士の席で静かに話している。
夜にアリストの成人祝賀パーティのある日。
その昼の今、先日アリストがロイドとジュークに知らせていた通り、皇太子即位式が行われている。
名実ともに皇太子となったアリストは、皇帝学を本格的に学び始めた。
なので、優しいだけでなく威厳も見え始めたと言われている。
今日の衣装もアリストによく似合っていて、ここにいる誰よりも美しく、何よりも輝いている。
「何だか遠い存在みたいね」
エリーゼがボソッと言うと、あきれ顔になったジュークがエリーゼへ視線を向けた。
「そんな遠い存在とパーティではダンスする予定になってるよね」
「ええ。毎年誕生パーティでダンスしてるわよ?」
エリーゼはダンスはほとんど踊れないけれど、簡単な曲でアリストが教えてくれながら合わせて踊ってくれるのだ。
特別ではないことをするように言っているので、ジュークはきれいな顔を崩して怪訝そうにしている。
「え? 嘘でしょ。聞いてないの?」
首を傾げていくエリーゼを見て、本当に知らない様子に驚いたジュークは、前に座っている両親たちを見るけれど、式典中なので声をかけられない。
ジュークは迷いながら、エリーゼに小声で教えることにした。
「成人祝賀パーティでは、アリストは婚約者候補の人たちとだけダンスをすることになったんだよ」
「ああ、そうなの。なら今回は無……え、私、踊る、予定になってる、の?」
私はロイドさんと婚約する予定なのに?
あ、まだ正式ではないわ……
「隣国のお姫様たちがほとんどで、国としての本命はそっち。自国ではエリィだけだって」
エリーゼは予想外のことに、まるで他人事のような感覚になっている。
「何でそんなに詳しいの?」
「いや逆に、何で当事者が知らないの」
◇
「私は侯爵家への配慮で人数に入れられたのだろうけど。アリスト、何回も踊るなんて大変ね。それに皆お上手だわ」
他国のお姫様とダンスをするアリストを眺めながら、エリーゼがジュークに話し掛けている。
ジュークはため息をついてうなずきながら「アリストに色んな意味で同情するよ」と独り言のようにつぶやいた。
ロイドも来ると聞いたので、エリーゼは会えるのを楽しみにしていたのに。
あちらの方で参加者のご令嬢たちに捕まっているのを見掛けたけれど、エリーゼは遠くからただ見ていることしかできなかった。
胸の奥が苦しくなって、足がすくんでロイドの方へ向かえなかったのだ。
今日はロイドさんと会えないかもしれない。
アリストとのダンスは、エリーゼの順番は自国だからか最後だった。
2人はいつものように挨拶をして、いつものように教えてもらいながら踊り始めた。
エリーゼはダンスの練習をしていないので、やはりあまり踊れないのだ。
そんなぎこちない様子も、周囲からすれば初々しくて微笑ましく見えるらしい。
今日のアリスは口数が少ないのね。
まぁ、あれだけの人数と踊れば疲れるわよね。
曲が終わると、エリーゼは「お疲れ様」と優しく笑いながらアリストを労った。
「エリィ、お願いだ。もう1度、踊ってくれない?」
戻ろうとしているエリーゼの手を離さず、アリストは真剣に目を合わせた。
アリストが自分のお願いを通そうとするのは珍しいので、エリーゼは驚いて止まっている。
パーティで2度同じ人と踊るのは、特別な意味がある。
皇太子としてアリストがそうするのは初めてで、またそれが噂のお相手だったので、周囲の視線を更に集め始めた。
やはり本命はミロウ侯爵令嬢だろうかと。
「本当は1曲目で言おうと思っていたんだけど。ちょっと勇気が出なくて。エリィ、冗談じゃないから、真剣に聞いて」
次の曲が始まったので、エリーゼはそのままアリストと踊り始めた。
いつもと違って真剣なアリストに少し緊張しながら、流れてきたエリーゼの好きな曲に合わせて。
アリストが深呼吸をして、話し始めた。
「僕は、エリィのことが好きなんだ」
驚いたエリーゼは、とっさにアリストへ視線を向けた。
「ずっと、ずっと前から。いつからなんて分からない。気付いたら、エリィばかりを見ていたんだ」
あまりにもアリストが優しい声で言葉を紡ぐから、エリーゼは夢のような感覚で、優しく見てくるアリストからエリーゼは目を離せない。
「でも、エリィが僕をそう見てないってことも、さすがに分かってる。ずっと、ずっと見てきたから」
アリストが辛そうに言うのを見て、エリーゼの方が泣きそうになっている。
そんなエリーゼを見て、アリストは優しく笑って「で、お願いがあるんだ」と続けた。
「返事はまた今度にしてほしくて。まだ振られるのが恐くてさ。その、気持ちの準備をさせてほしいんだ。また、告白させてほしい。それまでは、今まで通り接してほしい」
もしかしたら聞くのが最初で最後かもしれないアリストのお願いで、彼の精一杯のわがままかもしれないと、エリーゼは聞き入っていた。
いつもエリーゼへ自分の意を通すことのないアリストの、最初で最後の願いを。
「急に婚約者とか決めるとか言われて。想いを伝えておかないと、こじらせそうでさぁ。でも急すぎて心の準備ができてないんだよ。もう少し後に伝えたいと思っていたから」
アリストはエリーゼをきれいに回転させて、また話し始めた。
あまり踊れないエリーゼを回転させられるのは、アリストくらいだ。
「でも、今日伝えなきゃ後悔しそうで。また告白させてほしいのは、チャンスが欲しいとか、考えてほしいとかでは、なくて」
照れ臭そうに言い辛そうにして、アリストは深呼吸して口を開いた。
「僕にここで泣かれたら、大変だろ?」
いつものようにおどけて笑ってくる、けれど泣きそうな顔のアリストを見て、エリーゼはあふれてくる涙を落とさないようにするのが精一杯だ。
2回目のダンスが終わると、アリストは名残惜しそうにエリーゼの頬にキスをした。
ゆっくりエリーゼを見て、アリストは驚いた顔をした後に、優しく笑った。
「そんな表情を、僕がさせることができただけで、今日は満足だ」
曲が終わり、アリストがお辞儀するのと同時にエリーゼがカーテシーをすると、必死に落とさないようにしていた涙が少しこぼれてしまった。
それを見て、アリストはエリーゼの涙を手で拭いて、また優しく笑ってから戻っていった。
エリーゼはただただ立ち尽くして、アリストの後ろ姿を見送っていた。
「そんなに気になるなら、行ってきなよ」
エリーゼとアリストを見ていたジュークが、隣でソワソワしているロイドにあきれながら視線を移した。
「……邪魔したらダメだろ」
ダンスを踊り良い感じの2人を見て、かなり意気消沈のこじらせロイドに、ジュークはため息をつくしかない。
侯爵家の娘でアリストの幼馴染ということもあり、エリーゼは長年密かに皇太子の婚約者候補となっていた。
様々な問題があり、今まで表には出ていなかったのだけれど。
エリーゼとロイドはまだ正式な婚約となっていないため、今回明るみに出たのだ。
ロイドはそれをどうしても受け入れられないらしい。
「お前がエリィのもとに行くのが恐いだけだろ。エリィはただ動けないだけだから」
嫌そうにロイドのフォローをしているジュークが、エリーゼを見ていると顔色が変わった。
「あー! そんなこと言ってると、ほら、誰かに声掛けられちゃう。とりあえず僕が行くから」
ジュークが指をさした方をロイドが見ると、そこには男性たちに囲まれそうになっているエリーゼの姿があった。
「いや、俺が」
振り返りもせず急ぎ足で向かうロイドに、ジュークはとりあえず手を振って見送った。
「あ、僕は逃げなきゃ」
ロイドがエリーゼのもとへ無事たどり着きそうなのを確認して、ジュークは両親のもとへ急いだ。
小侯爵であるジュークが1人になってしまうと、取り巻きたい同世代の令息たちや、婚約者にと意気込むご令嬢たちに囲まれてしまうのだ。
「大丈夫か」
男の人たちに囲まれ始め、恐ろしくなってきていたエリーゼは、ロイドを見て嬉しそうに笑った。
ロイドさんが来てくれただけで、こんなに嬉しいなんて。
そんなエリーゼを見て、まだ少し距離がある所から、緊張気味にロイドは手を差し出した。
「はい、大丈夫、です」
エリーゼは周りの男性陣には目もくれず、手を伸ばして迷わずロイドの手を取った。
安心したロイドはエリーゼを抱き上げるように引き寄せて「失礼」と他の男性たちへお辞儀をした後に、エリーゼをエスコートして連れて離れていった。
「ロイドさんは、やっぱり背が高いですね」
「場所取って邪魔くさいだろ」
エリーゼはくすくす笑って首を振った。
「全然。寧ろ、1番に見つけられるなって」
先ほど男性に囲まれている時、ロイドが急いで向かってきてくれているのが見えて、エリーゼは嬉しくて鼓動を落ち着かせるのが大変だったのだ。
「……1番に見つけてくれんのか」
ロイドが何気なくつぶやくと、エリーゼはふわりと笑った。
「ええ、もちろん」
思いもしない返事に、ロイドは目を大きくして止まってしまった。
あ、しまった、待って、私は何を言ってるの。
これじゃあ、まるで……
絶対ロイドさん驚いて困ってる。
恥ずかしくなったエリーゼも、手で顔を覆って止まった。
「ねえ、2人して何してんの」
見かねたジュークがため息をつきながらやってくるまで、ぎこちない2人はそのままの状態で会話することなく、ただ一緒に立っているだけだった。




