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1…どちら様



 この美しい人は、誰?!



 ミロウ侯爵邸の前で、エリーゼは両親と一緒に婚約者候補を出迎えに出ていた。

 エリーゼが目を大きくして、激しく動揺しているからだろう。


 馬車から降りた人物も、同じく動揺している。


 そんな固まってしまった2人には全く気付かず、エリーゼと彼の両親たちは旧友同士のため、穏やかに嬉しそうに挨拶を交わしているのだけれど。


 待って、待って。

 落ち着いて。

 いや、落ち着いてられないわ。

 だって、おかしいもの。





 数週間前のことだ。

 学園が新学期前の長期休暇に入ったので、タウンハウスから領地の邸宅に帰ってのんびりしていたエリーゼの目の前に、ものすごい数の釣書を持ったミロウ侯爵が現れた。


 魔法を使えない私に、そんなに釣書がくるなんて。

 侯爵家であることって、すごいのね。



 ここセトレア皇国では、みんな大なり小なり魔法を使えるのだが、エリーゼには体内にあるはずの魔法を使うための核が無い。


 もう本当に婚約者を決める時期だと、残念そうに真剣に言う父親を見て、娘は無気力にため息をついた。

 観念したエリーゼは、釣書を神経衰弱よろしく全て裏返し、適当に指をさして「この人と会ってみます」と作り笑顔で答えた。


 その時に、自分が選び、ミロウ侯爵が持った釣書を、エリーゼはチラッと盗み見たのだけれど。




 それとは全く違う人物が来ているのだ。


 姿絵には、サラッとした何の特徴もない、普通の男が見えたので、エリーゼは失礼ながら気楽に構えていたのに。

 今までに出会ったことのない、自分好みの美人が登場したので、エリーゼの脳内はなかなかのパニック状態だ。


 何で、何がどうなってるの。

 どうして、こんなに美しい人が。

 2学年上に見えないくらい落ち着いてるし。

 あ、この人は関係ない?

 御本人は、まだ馬車の中とか……



 とりあえず我に返ったエリーゼが、遠目に馬車の中を確認したけれど、もう誰も乗っていない。


 後の方から侍女の咳払いが聞こえて、そういえば挨拶をしてないと気が付いたエリーゼは、まず深呼吸をして姿勢を正し、ふわりとカーテシーをした。


「はじめまして。ミロウ侯爵家が次女、エリーゼ・ハゥル・ミロウと申します」


 エリーゼのカーテシーは15才とは思えないほど美しく、あまり表に出ていないのにも関わらず、それなりに有名だ。

 貴族の位が高いため皆がそう言ってくれているだけだと、本人は全く素直に受け取っていないけれど。



「……はじめまして。カガリー辺境伯が長男、ロイド・フォル・カガリーです」


 ロイドは少し間を空けて、先ほどの動揺をすっかり落ち着かせて、きれいなお辞儀をした。


 どうやら代打ではなく、やはり今日来ると聞いていた人物の名前そのものであることを、自分の耳で聞いたエリーゼ。


 どうしよう、どんどん緊張していくのだけど。


 エリーゼは強くなっていく鼓動をどうにもすることもできず、自分の手を握りしめて、ロイドから視線を外せない。


 ぎこちない2人の挨拶を見て、ほほえましく受け取ったのか、大人たちはロイドをエリーゼに任せて行ってしまった。


 待って待って、お父様お母様、置いて行かないで。

 さっきから、心臓がおかしいのに。


 気まずそうなエリーゼが、もう1度深呼吸して、様子をうかがいながらロイドへ視線を向けた。


「お、お茶でも、どうですか? 疲れて、いなければ」


 ロイドが嬉しそうに笑って「喜んで」と答えたので、エリーゼは恥ずかしそうに来賓室へ案内した。


 ミロウ侯爵家は顔が整っている方なので、エリーゼは美形を見慣れているはずなのに。

 それでもロイドの美しさはエリーゼにとって好みドンピシャなので、緊張しっぱなしだ。


 カガリー辺境伯家は何泊するんだったかしら。

 私の心臓もつかしら。



 そんな心配をしているうちに来賓室に着き、侍女が扉を開けた。

 もうお茶の用意がされている。

 ミロウ侯爵家の従者たちは、本当に仕事が早くて完璧なことで有名だ。


 カップにそれぞれに必要な砂糖が用意されているからだろうか、ロイドは迷わずエリーゼの席の椅子を引いてくれた。


 エリーゼはお礼を言って椅子に座った。



「学園がある時、お住まいはどうされてますか」


 何を話したら良いのか、エリーゼはプチパニックになっていたけれど、ロイドが話題を振ってくれた。


「あ、私は、学園近くのタウンハウスに住んでます。馬車で通えなくもないんですけど、道中に何かあってはダメだと、父が。昔から、ちょっと過保護で」


 エリーゼが恥ずかしそうに答えると、ロイドが一瞬やるせない顔をしたように見えた。

 不思議に思い、エリーゼが確かめるように顔を上げたら、ロイドは穏やかな表情をしていた。


 見間違いかしら……


「あ、昨年から弟も入学したので一緒に住めて楽しかったです。あの、ろ、ロイドさん、とは4才違うから、ご存知ない、ですよね」


 初めて名前を呼ぶことが、こんなにも照れくさいものなのかとエリーゼは顔を赤くしながら、冷静を装うのに必死だ。

 握っているスカートがシワシワになっていることに、エリーゼは全く気付いていない。



「ああ、ジュークですよね。仲良くさせてもらってますよ」


 驚くエリーゼを見て、楽しそうに笑いながらロイドは続けた。


「選択科目が被っていたり、1人になりたい時に使う場所が一緒だったりで。お昼も、よく一緒に食べてます」


 エリーゼはまばたきも忘れ、開いた口も塞がらず、ロイドの話を聞いていた。


 弟のジュークとは仲が良いと自負していたけれど、ジュークの口からロイドの名前が出てくるのを、エリーゼは1度も聞いたことがなかったのだ。


 確かに、私は社交とかせず、あまり表に出ていないけど。

 おいてけぼり感がすごいわ……


 とりあえずエリーゼは、呼吸を整えたけれど。


 この日は、全く持ち直すことができず終い。

 制御不可能になった鼓動のせいもあってか、ふわふわした状態で過ごしていた。


 何が、どうして、こうなったの。

 こんな有名でなければおかしいくらいの美人、知らなかったなんて。

 私はどれだけ世間に疎いのかしら。



 大切に大切に箱入りに育てられたエリーゼと、外見がエリーゼの好みど真ん中のロイド。


 今日は、記念すべき、2人のはじめましての日。



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