優等生
「久しぶりに映画でないた気がするな」
「私もあんな展開になるなんて思ってなかったから⋯⋯。あれじゃ報われないじゃん」
映画を堪能した俺と桜はすっかり日も暮れ、空が黄金色に染め上げられる中そんな会話を繰り広げる。
俺らが見た映画は最近流行りの恋愛モノで、一目惚れした主人公がヒロインに関わっていくにつれてヒロインの闇が暴かれる⋯⋯といったまぁありがちな展開ではあったのだが。
最後の展開があまりにもショッキング過ぎたのは記憶に新しい。
主人公が告白したのはいいが、ヒロインがそれを断ったのだがその理由がなんともまぁ、泣けた。
『癌、だから』それが原因なのだがそれを死ぬ直前まで主人公に言わなかったのだ。
まぁそこから先は想像にお任せするが⋯⋯。
胸糞悪いと言えば悪いし、感動すると言われれば感動する。
よくわからないのが俺の感想だ。
「ま、まあこれが流行ったのってこういうショッキング過ぎる故なのかもな」
「そうなのかな⋯⋯?」
「多分な。でまぁ話は変わるんだが⋯⋯。明日から高校生活が始まるがお前大丈夫か?」
「大丈夫って何! 私はもう子供じゃないんだよ?」
「ははっ、それなら良いんだけどな」
どうもやはり俺の中での桜は、8年前からあまり変わっていない。
明日からは新しい人生の幕が上がる、高校の入学式がある。
努力と苦労の上で合格し夢の志望校に入学する高揚感と、新しい環境への不安もあった。
だかまぁ、隣で楽しそうに鼻歌を歌いながら軽快なステップで歩を進める桜を見れば。
「元気出るよなぁ」
俺も頑張ろうと、思えてくる。
☆☆☆
次の日の朝は早かった。
6時には起床した俺は顔を洗い寝癖を直した後、キッチンにて朝食を作り始める。
「朝飯がないと元気出ないからな」
そんな事を呟いてから俺は冷蔵庫から卵を2つ、それからウインナーやハムを取り出す。
フライパンの角で殻を突き割ると卵黄と白身が綺麗に着地する。
半熟が好きな俺はフライパンに水を入れ蓋を閉めて5分程放置しておく。
そうする事で半熟になり、美味しくなるのだ。
その合間にもう1つのフライパンを用意し、ハムとウインナーを油を敷いた状態で投入する。
ジュウウウ⋯⋯とそんな食べ物の焼ける音と香ばしい香りが鼻腔を刺激し俺の食欲を増進させた。
「っと米も出来たか」
ピーピー、そんな電子音が俺の後方で鳴り響いた。
その音は昨日事前にセットしておいた炊飯器が米が炊けた事を知らせるものだ。
後は味噌汁を作りさえすれば完成。
「おはよう。よく眠れたか?」
「⋯⋯」
物音がしたので視線を飛ばすと髪の毛を跳ねらせ寝癖のついた桜がリビングを横切っていた。
俺は声を掛けてみたが、桜は俺に反応を示す事もなくそのままリビングを通り抜けて行く。
⋯⋯朝だから機嫌が悪いのか?
幼馴染なのでキャンプなんかでお泊まり自体は何度もした事があるからこそわかる事だが⋯⋯。
昔の『さくら』は寝起きが悪いとかそんなのはなかったと思うのだが。
「体質が変わったのかも知れないし、気にすることでもないか」
自分に納得させるように独り言を放った俺は適当にインスタント味噌汁にお湯をかける。
目玉焼きも丁度いい頃合いになってきたのでお皿にウインナーやハムと共に盛り付けておく。
そして米と味噌汁、目玉焼きにハムとウインナーと言った極々平凡な朝食が完成した。
それをダイニングキッチンに俺と桜が相対する形で配膳し、俺は先にテレビを眺めながら箸を進め始めた。
「おはよう。今日から俺らも高校生だな」
「⋯⋯」
なんの反応もない。
桜は俺に視線を向ける事もなく俺の目の前に並べてある皿を持ち、リビングのカウンターに朝食を移動させた。
もしかして俺、避けられてるのか?
少なくとも昨日はこんな俺に冷たい奴じゃなかった。
まるで一昨日の桜に戻ったみたいだ。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
特に話すこともないため、リビングにはニュース番組の心地よいアナウンサーの声と、時折響き渡る皿を箸で小突く音だけがしていた。
話すこともなければ自然と早く食べ終わるわけで、俺は桜よりも早く食べ終えた。
それをキッチンに持っていくと、俺は適当に食洗機の中に皿を入れておく。
「食洗機昨日設置したから、今度からはこれを使ってくれ」
「⋯⋯」
やはり俺の言葉に反応を示す様子はない。
桜は俺の朝食に目を向けたまま、ゆっくりと箸を進めるだけだ。
折角料理を作ってやったのだから、『美味しい』とか『ありがとう』なんかの1つや2つ欲しいものなのだが。
「学校は8時には出るからそれまでに準備はしてくれよ」
「⋯⋯私康太とは行かないけど? 7時半には家出るから」
勘違いをしていた。
てっきり俺と一緒に登校するかと、変な思い込みをしていた。
そんな勘違いな俺に向けられる桜の目は険しく、不服そうな不満気な表情を浮かべている。
「そ、そうか。お前が迷子になるんじゃないかって心配してな」
「⋯⋯意味わかんない。なんで私が迷子になるわけ?」
「いやだってお前昔方向音痴でよく待ち合わせ場所に辿り着けなかったり──」
「だから何? 今の私と昔の私は違う。いつまでも子供扱いしないで」
そうして箸を机にバン、と力強く叩きつけた桜は食器を持ってこちらへ向かって来る。
俺は昨日との違いに動揺してそのまま固まっていた。
そんな俺の目の前まで来た桜は俺を見上げ、そして軽く『チッ』と舌打ちをしてから口を開いた。
「何? 邪魔なんだけど」
「っ! すまん、ボートしてた」
俺がそう謝って俺は自室に向かい歩を進め始める。
やはり俺の言葉に桜は何の反応もなかった。
☆☆☆
一人で登校する時間は、たった何十分だとしても異様に長く感じる。
俺が今感じている胸の高鳴り──緊張も誰かと話していれば薄れていたのだろうか。
そんな事を考え歩いていると、やがて俺は見慣れぬ門を抜け、俺がこれから通う『登園寺高校』に到着する。
昇降口前には生徒会員と思われる生徒がテントを貼り受け付けをしており、名前等を告げるとクラスと番号が書かれた紙を貰う。
そして俺は案内板を頼りに貰った紙に書かれてあるクラスに向かい、扉の前に書かれてある座席表を確認する。
「あいつも同じクラスなのか。しかも前後かよ」
思わずそんな言葉が零れてしまう。
座席表を確認していると、俺の真後ろの席に見覚えのある名前が書かれてあり、実際に目視で見てもやはり見覚えのある奴が座っていた。
その名は高木桜。籍をまだ入れてないのか苗字は違っている。
だがそいつは俺と同じ屋根の下で暮らし始めたばっかりの、義理の妹でありそして俺の幼馴染。
それも喧嘩したまま疎遠になって、こんな義理の妹という形で再開すると言う何とも奇跡的な出会い方。
俺は落ち着いた足取りで指定の席へ向かい、腰を下ろす。
少し周りを見てみると、同じ中学校なのか、それとも新しく知り合ったばかりなのかはわからないが、楽しそうに会話を繰り広げる者もいる。
そして俺みたいに本を前に広げ読書に勤しむ者や、することもなく前をただボーッと見つめるだけの奴もいた。
「お前らー番号順に廊下に並べ」
いきなり扉がスライドされたと思えば、白髪の生えた男がそんな事を俺らに向けて喋る。
俺らは番号も付与されているため、皆次第に廊下へ集まり始めて番号順に列を作っていく。
そして白髪の男が先頭につき、俺らを誘導して歩こと1分ほど。
軽快で重低音の響く吹奏楽の演奏が体育館から響き渡ってくるようになった。
そしてそのまま入り口から体育館に入った俺ら新入生は、保護者達のカメラを向けられながら前の奴が辿った道をなぞる。
奥側にはテレビ局らしき者もいて、規模がデカイななんて事を思う。
「暖かい春の日差しに包まれ、桜の花が満開となりました。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
校長らしき男が、ステージ台の上で俺らを見渡しながらそんな挨拶と共に長い話をしていく。
やがて校長の話は終わり、司会が次へ話を切り替える。
「続いて新入生挨拶。──高木桜さん」
「はい」
ほんの近いところでそんな桜の元気のいい挨拶が発せられ、その声は静かな体育館を木霊する。
ガタッ、と椅子の音がしたと思えば桜は階段を登ってステージ台へ足を踏み入れ俺らを見渡した。
それから一回深呼吸して、マイクに口元を近づけてその唇を動かす。
「新緑が日にあざやかに映る季節となるなか、私達は今日、この登園寺高等学校の門をくぐりました」
ゆっくりと、一つ一つ丁寧に発音していく。
その声は老若男女関係なく聞きやすく聞き入ってしまうもので、この体育館にいる全員の視線と耳を、釘付けにした。
清楚淡麗、そして新入生挨拶を飾る優等生な姿。
それは誰の目からでも優等生そのものだったと思う。
⋯⋯そう、昔を知る俺以外は。
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