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お前の目的はなんだ?

そうしてやってきたのは駅に併設されている巨大商業施設。

入口には大量の人が彷徨いており、まるで建物が呼吸をしているかのようだ。

俺らはそんな人混みに紛れ込んで中に入ろうとしていた。



「手、繋いでよ」



そんな声と共に俺の手に温かく、柔らかな感触が触れる。

思わず視線を飛ばすと、桜は少し照れくさそうにしっかりと前を見据え歩いていた。



「⋯⋯離れちゃ、いけないからな」



俺はまるで自分に言い訳するように呟いた。

⋯⋯そう、これは人混みの中ではぐれるのを防ぐため。

決して仲が良いとかじゃない。




「やっと中に入れたな」

「ふぅーーっと! 何だか人が多いとか私慣れないや」

「お前今の家に住む前どこに住んでたんだよ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯どこ、だっけ」



俺と顔を見合せながら神妙な面持ちでそんな事を平然と口にする。

⋯⋯全く持って意味がわからない。

昨日からあの家に住み始めたのだとすれば、一昨日まで住んでいた場所なはずだ。

そこをどこか忘れるだなんてそんなこと──



「そんなことどうでも良くてさ! 私田舎に無いものがしたいな!!」

「そ、そうだな。俺らが前住んでたおこは本当になんも無かったからな」




俺の思考は突然明るい口調で声を発した桜によって遮られる。

俺は鈍感じゃない。

桜がこの話題を避けたい為に意図的にテンションを上げて話題を変えようとしたと言うのはわかった。

だから俺は追求もしないし、する気も起きない。



「んーとじゃあ⋯⋯私映画見たいかも」

「映画なら最近話題沸騰中の恋愛モノがいいかもな。それでいいか?」

「私流行りとかそう言うのあんまわからないからコウに全部任せるよ」

「そうか。それなら予約するが⋯⋯」



スマホの液晶に指を滑らせ検索してみるとその映画は早くても1時間半後に上映開始だ。

まだそれなりに時間を潰す必要があるな。



「調べたら映画1時間半後らしいんだ。だからそれまで飯でも食うか?」

「私はコウの手料理が食べたかったけど、まあそれ位しかないしね。いいよ!」



とまぁそう言うわけで俺と桜は映画の上映開始まで食事を摂る事にした。





☆☆☆

食事をするところは俺一番推しのステーキ屋でする事にした。

桜は初めてだったのか常に高いテンションに拍車がかかり、もうそれはまるで子供のようだった。

まぁだが桜も『何これこんな美味しい食べ物があっていいの!?』だなんて大声で騒いでは店員さんから苦笑されて楽しそうではあったな。



俺はそんな事を思いながら、食事をとって膨れた腹を撫でていた、その時だった。



「君、ちょっといいかい? あ、女の子の方」



スーツを丁寧に着こなし、髪型を少し遊ばせ、その細く鋭い目を俺ではなく桜に向ける男がいた。

桜は周りをキョロキョロと見渡し、男が言う言葉に当てはまるのが自分だと悟ると、苦笑いを浮かべて自分を指差す。

ナンパだとしてもスーツ姿でするような奴はいないだろうし、一体コイツは何が目的なんだ?



「⋯⋯えっと、私のこと、ですよね?」

「ああ、君だ。ところで⋯⋯隣の男の子とはどういった関係かな?」



訝しげに俺に視線を飛ばずスーツ。

その応酬にと俺も眉をひそめて、鋭い目線を向けておく。



「ただの友達です。それだと何か不都合あります?」



俺の言葉にスーツは手を額にやり、少し考える姿勢を見せた後再び口を開いた。



「⋯⋯いや特にはないよ。それじゃあ女の子の方ちょっといいかな?」

「ええっと、その⋯⋯」

「俺がいたら言えない話ならやめて頂きたい。お前の目的なんだ?」



スーツが桜との距離を縮めようと足を動かし始めた刹那、俺は男の進路を遮る形で2人の間に立ち塞がる。

男はあからさまな嫌悪で表情を一瞬歪ませるが一旦咳払いをして柔らかな表情を浮かべた。



「何もそんな怪しい者じゃないんだよ? これを見て欲しいな」



そう言って俺に渡して来たのは一枚の名刺。

そこには今目の前に立つ男の顔写真が貼られており、その横には『ハマダプロダクション』の文字が印刷されていた。



「ハマダプロダクション⋯⋯」



誰もが一度は聞いた事のある有名人を何人も輩出する芸能プロダクション。

そんな有名所が一体俺らに何を⋯⋯。

まさか、夢をスカウトしているのだろうか?



「そうそう。君も名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「ええ、それは勿論ありますけど⋯⋯」

「なら話は早い。手短に話すとなれば君の後ろにいる女の子を僕はスカウトしようと思っててね」

「ッ!?」



俺は思わず後ろを勢いよく振り向いて桜を確認する。

当の本人はポカーンと指先を頬に当て、何が何だかわかっていない様子だった。

俺はそんな呑気な桜に溜め息を漏らしてから、重たい唇を開く。



「桜、スカウトどうするんだ?」

「え、私スカウトされてんの!?」

「いやお前さっきから話──」

「そうそう僕は君に言わば⋯⋯一目惚れをした。僕は何人もの有名芸能人の若い頃を見てきた目がある。君は容姿端麗、声も綺麗だし、何よりも⋯⋯僕の勘が騒ぐんだよ」



スーツ男も興奮した様子を見せ、俺の話を遮ってまで少し早口でそんな事を言う。

俺は桜に心配の眼差しを向けるが、アイツは俺の心配も知ってか知らずか満面の笑みを浮かべて。



「私、そう言うのあんまわかんなくて」



そうして桜は男に向けて頭を下げた。

スーツは一歩力強く踏み出して、勢いよく声を発し始める。



「いやいや君くらいの若い子ならわからないのが普通だよ! 僕がゼロから全部教育──」

「そういうの、いいんで」

「⋯⋯ぁ」



桜は笑っていた。だがそんな表情とは裏腹に、普段よりもワントーン低い声で冷淡に喋る。

言葉には言い表せない迫力が桜あった。

その声に思わず本能的に怯んでしまうような、かと言ってただドスの効いた透き通ってない声でもなく。



一言で言うならば『天才的』が似合うだろうか。



「コウ映画もうそろじゃない?」

「⋯⋯っとそうだな。それじゃあ俺達はこれで」



俺は桜の手を引っ張り向かっていた方向と逆向きに歩き始める。



「あのさ!」

「⋯⋯どうした? やっぱりスカウト受けておけばよかったか?」

「いやいや全然そんなんじゃなくて!!」

「⋯⋯じゃあなんだよ?」

「コウ全然怖い顔抜けてない! まぁあのさ⋯⋯私、嬉しかったな」

「──桜」



後ろを振り返ればそんな事を言って誰もを魅了する最後の笑顔を桜は浮かべていた。

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