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「桜」と『さくら』



「──ウ!! ──って! ──っく!」



夢だろうか。朦朧とする薄暗い意識の中、聞き覚えのある声が聞こえる。

その声はまだ子供っぽく高くて、愛嬌のあるものだ。

しかも酷く安心するような──



「──ッ!!!」



と、そんな事をしている内に腹部に感じる違和感と、眠気が薄くなり俺は覚醒する。

その刹那俺の視界はパッと靄が消え失せ、世界は明るさと色を取り戻した。

そうして俺の目に映り込んできたのは、床ドンの構図で俺の顔を長い髪の毛を垂らしながら覗く桜。



「早くしないとお父さんとお母さん、もう行っちゃう!」

「もうそんな時間なのか」

「いいから早く起きなよ。ほら、起こしてあげるからさ」



そう言って俺から顔を遠ざけた桜は手を差し出し、満更でもない表情を浮かべる。

俺はただただ意味がわからないまま、取り敢えず向けられた手を掴み、上半身を起こす。



「みんなもう支度終わってるから。あとはコウだけだよ」



ベッドから軽快なステップで降りた桜は、背中で手首を組みそんな事を調子よく言う。

やけにテンションの高い桜。

やけに馴れ馴れしい桜。

そして俺の事を『コウ』と呼ぶ桜。



──全部、見覚えのあるアイツだった。




☆☆☆

桜は終始テンションが高く、車内でも明るい振る舞いで親父や秀子と会話を繰り広げていた。

俺はそんな桜を横目にスマホに指を滑らせながら、時折相槌を打つくらいだった。



「お前、あとは頼んだぞ」

「何をだよ?」

「桜の事だ」

「俺らはもう高校生だぞ? 何も心配するような歳じゃない」

「いやそういうのじゃ──。いや、なんでもない。そうだな、お前らももう子供じゃないからな」



飛行機が飛び立つ少し前、最後に親父と交わした会話。

今タクシーで揺られながら何度思い返して考えても、意味がよくわからない。

親父は何か俺に隠し事をしているかのような、そんな焦り方をしていたのを覚えている。



「ねー、どっか寄ってかない? このまま家に帰るのもいいけどちょっと物寂しいと言うかさ」

「俺は別にいいが⋯⋯。なんか買いたいものでもあるのか?」

「いや何か欲しい訳じゃなくてさ、久しぶりにコウと遊びたいって思っちゃった」



そうして桜は舌をチロリと出し、悪戯のような笑顔をする。

対して俺は乾いた笑い声を上げることしか出来なかった。



「やっぱ駅まででお願いします」

「はいよー」



運転手に行き先の変更を伝えた俺は「ふぅ」と溜め息を零し座席に重心をかける。

ふと横に視線をやると、窓に両手を付けたまま外を凝視する桜がいた。



「そんなに珍しいものでもあるのか?」



と、微動だにせず景色を眺める桜に質問を投げてみるが返ってくる様子はない。

無視、と言うよりかは集中しすぎて声が入ってきていないように見える。



「高い建物がいっぱいあるね。私こんなとこ住んでたっけ?」



顔をいきなり振り向けたと思えば、目を輝かせて距離を縮めてくる桜。

確かに新築の昨日住み始めた家に引っ越す前は白神に住んでたのか。

白神と言うのは俺が8年前に住んでいた、人口5000人程の小さな集落の名前だ。



「ちょ近⋯⋯!」



あまりにも桜が距離を縮めて来たので思わずそんな言葉を先に発してしまう。




「あーごめんごめん。てかコウさっきから冷たくない?」

「え、いやそんなことないと思うだが⋯⋯」



ふぅーん、と鼻を鳴らした桜は俺の顔をまじまじと見つめる。

幾ら幼馴染だと言えど、顔の整った美少女から見つめられると恥ずかしさを感じてしまう。



「着きましたよー」



少し気まずかった空気は運転手の一声で掻き乱された。

料金を支払いタクシーから降りると、目の前にはまるで箱のような巨大な建築物が聳え立っている。



「わぁー凄い! コウ早く行こ!」

「あ、ああ」



俺の遅い足取りとは違い、足早で軽快なステップで地に足を着く桜は振り向いてそんな声をかける。

──コウ。

それは、8年前俺らがまだ幼かった頃、桜が俺を呼んでいたあだ名だ。

昨日は俺の事をコウ、なんて昔の呼び名を一言も言わず、距離も遠かったのに。



「意味がわからないな」



昨日と今日との間で、一体何があったのか俺はわからない。

だがしかし今俺の先を楽しそうに歩く桜は、昔の『さくら』そっくりだった。

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