海外赴任
「その⋯⋯確認だがお前って白神に住んでたことあるよな?」
「⋯⋯そりゃ私達幼馴染何だし。住んでたでしょ?」
「そ、そうだよな⋯⋯。ならいいんだけどさ⋯⋯」
俺は少し気まずさを感じ、そのまま桜と距離をとる。
リビングには65インチを誇る有機ELテレビが置かれており、ソファーも朱色に染め上げられた最高の心地の物だった。
腰を下ろすと下半身が柔らかい物に優しく包まれ、疲労が一瞬で飛んでいきそうな快感。
それは俺が今まで生きてきて経験したことがないような高級家具である事を表していた。
周りを少し見渡せば高級そうな家具ばかりで、俺がここにいていいのかさえ思えてしまう。
さっき説明して貰ったのだが親父の再婚相手──高木秀子は現在進行形で急成長中の某企業の社長らしい。
その為新築を建て、家具も高級品で埋め尽くすのも大して痛くないだとか。
俺の感覚にとっては異次元過ぎて、上手く話を飲み込むことが出来なかった。
あれ、アイツの家ってこんな裕福だったけか。
そんな事をふと思い、8年程前の記憶を辿り漁ってみるがアイツの家が特に裕福だったとかは覚えていなかった。
そう言えばアイツの家に行ったことさえあったかも記憶にない。
やはり8年という月日は記憶を薄めさせるのには十分過ぎる時間だった。
☆☆☆
「よしそれじゃあ食べるぞー!」
「「「頂きます」」」
そんな親父の掛け声をキッカケに、他の俺ら含む3人は合掌する。
目の前の大きなダイニングテーブルの上に置かれてあるのは揚げ物や野菜、寿司等が大量に置かれていた。
てっきり俺が目にもした事のないような高級料理が出てくるのかとも思ったが、意外と食事は庶民的だ。
俺と親父が隣同士に座布団の上に膝を置き、それと相対する形で桜と秀子が膝を曲げていた。
俺と桜は目の前を見るとお互い視線が重なってしまう位置にいるため、どこに目を向ければいいのか困ってしまう。
目が合うのも何だか気まずいし、かと言ってどこを見ればいいのかもわからない。
「おい康太、ビール注いでくれ」
「はいよ」
「康太くん、おばちゃんにもお願い出来る?」
親父に続いて秀子からも頼まれた俺はアタフタしながら缶ビールを手に持ち、それをグラスに注ぐ。
半透明のグラスに視線をやり注いでいると、グラス越しに何か視線を感じた。
「⋯⋯お前も何か注いで欲しいのか?」
「⋯⋯別に」
俺なりに意図を察して聞いたつもりだったが、どうやら違ったらしい。
桜は俺から目線を外し、それは料理に向けられ揚げ物を頬張っていた。
早速気まずい会話を親父と秀子2人の目の前で見せてしまう。
親父と秀子の視線が俺と桜を交互に行き来し、俺は適当に苦笑いを浮かべておく。
「あー忘れてた。お前ら2人に伝えないといけないものがあった」
ビールを一気に喉に通してぷはー、と溜め息に似た声を出してからそんな事を口にした。
今日の朝の事もあったばかりで、俺は何となくだが嫌な予感が背筋を走り、思わず固唾を呑み込んだ。
「先に本当に申し訳ないと思っているとだけ言わせてくれ。⋯⋯俺と秀子は、1年間海外赴任する事になった」
「「は!?」」
俺と桜は大きく目を見開いて2人してそんな素っ頓狂な声を出してしまう。
お互いハモってしまったことを気にする余裕すらなく、ただただ親父に食い入る様に視線を送る。
「という事で康太と桜は2人でこの家に1年間過ごして貰う。色々大変だと思うが頑張ってくれ」
「えーとそのお父さん⋯⋯。その、いつ海外に旅立つんですか?」
「明日の朝だ」
「「は!?!?」」
またしても俺と桜は同時に驚きの悲鳴にも似た声を出してしまった。
今度はお互い顔を見合わせ、少しばかりの沈黙が過ぎる。
「今日の事もだけどなんで親父はいつもそう大事なことを直前になって言うんだよ!?」
「まぁまぁそう興奮するな。それが俺のやり方だ」
「意味わかんねぇよ!!」
8年越しに再開した幼馴染といきなり2人で生活しろ、と。
あまりにも急すぎるし、滅茶苦茶だ。
目の前でガハハハ、と高らかに笑い声をあげる親父を睨みつけながら俺は頭を回転させる。
幼馴染と再開したのはいいものの、人生史上最大の喧嘩をしたまま俺が一方的に引っ越してしまった。
それから関わる事は当然なく、今こうして突然会うと昔のアイツと今のコイツは全く違ってて。
今も尚現在進行形で俺と桜の間には気まずい空気が漂っている。
「まずは仲直り⋯⋯からだよな」
そう小さく俺は口を動かすのだった。