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私は釣りが好きである

朝の8時だった。

予定はない。コーヒーを淹れようかと思ったが、面倒に思えてティーバッグの紅茶にすることにした。

ドリップするのは面倒だがお湯を沸かすだけならしてもいい。


今日は休日なのだ。今すぐベッドに戻ってもいいし、何したっていい。気ままにいこう。

お気に入りの音楽を聞いてもっと気分を上げよう。きっと出掛ける気になるだろう。そしたら楽しいぞ。何処に行ったっていいんだ、さぁ何を聞こう?


「今日」をチバユウスケにとっての誕生日にしよう。或いは浅井健一にとってのクリスマスのような一日にしよう。


バースデイを聞くことにした。ミッシェル・ガン・エレファントの解散理由がアベフトシの死で、バースデイがアベフトシの死後に結成されたバンドだったらどんなに感動的だっただろう。でも実際は違う。


今日は私のバースデイではない。今日は或る晴れたホリデイだ。天気が良い。ブラックバスを釣りに行きたい。

釣り竿は愛車の日産マーチに積んである。キャンプ道具もトランクに積んだままにしてあるので、デイキャンプにだって行ける。お気に入りのCDをたくさん持って車で出掛けるのはとても楽しい。以前、車好きの友人から「日産の車は死角が多いところが少し残念」と言われたことがあるが、私はとても気に入っている。日産以外の車は所有したことがないのだが。

運転席は最高の音楽環境だ。ノリの良い音楽を聞きながら運転をするのは気持ち良い。


借金の返済のことも忘れられる。

嫌なことは先延ばしにしたいのだ。いつか後悔することになるかも知れない。いや、今だって後悔している。私の人生は何処から狂ってしまったのだ?と何度も自問してきた。ストレスの解消法をもっと考えなければならない。毎日酒を飲み、外食をしたり、通販で欲しい物を買ってしまう癖、クレジットカード依存を繰り返しているのだ。やれやれ、自分が嫌になる。


今日だって本当はアルバイトか何かをしてなければ、どんどん暗くなっていく。まわらなくなっていっていることには気付いている。心が弱いんだろう。自分に甘いんだろう。このままでは駄目なのに、私は今も遊ぶことばかりを考えている。


結局、私はウイスキーの瓶を手に取っていた。

瓶を口に運びながら、思い出の会計士にでもなろうと思い始めて居た。宛てなど無いのだ。先日、通勤路で見かけた子供を思い出した。とても小さい子供だった。母親に抱かれて居た。首は座って居たが、体はとても小さく、目が異様に大きく見えた。その子は、母親にしがみついて、不思議そうに私を見て居た。


ぼんやりしていると、部屋に置いてある置き時計の針の音が気になり始めた。

「チッチッチッ。現実を見なきゃ駄目だよ」と男性教諭に言われているみたいだ。


逃げてばかり居ては駄目だ。

分かっている。

全て自分が蒔いた種だった。いちばんの問題は何処だろう? アルコール依存かも知れない。



私は気が付いたら眠ってしまっていた。

有意義な休日にしたかったなぁ。

時間は15時を回っていた。スマホを見てみる。仕事関係の連絡が来ているかも知れない。


大事な連絡は無かった。

母親から「今夜、うちでお父さんと3人で食事でもどう?」というメッセージが来ていた。

おおよその検討はつく。


私はウイスキーをあおった。

あとで歯を磨かなければならない。昼間から酒を飲んでいるのを知られたら、父や母に小言を言われるだろう。

食事は断りたかった。しかし、「嫌な予感」がする。人生とは、どうなるか分からないものだ。




そう、私の人生は既に窮地なのかも知れなかった。




私が、助けて欲しそうにしていただろうか?

私は認めたくないのだ。逃げ続けたいのだ。私の母親は看護師だったが、私が体調を崩していることに気付いたことがない、少なくとも私が物心ついたときからは。父とは元々あまり話さない。父も私も、仕事場ではよく喋り家では無口だった。

先月に1度、実家に帰った。姉の子が風邪をこじらせたらしく、実家で預かることになったのだが、私と弟も手伝うことになったからだ。結局その子は肺炎になってしばらく入院した。


先月は特に鬱が酷かった。

気力がおきない日もあったし、顔にも出ていたかも知れない。気を張れていなかった。悪い想像が心の隅で堆積していた。それを自分にも隠していた。私は知らないフリをしていた。酒を飲んでは、酔っ払ったことを言い訳にして眠った。仕事中は仕事のせいにした。


『逃げたい』と思っていた。しかし、『もう逃げられない』とも思った。『潮時なのかもな』とも思えた。



一人の力でなんとかしたかった。けれど、出来ない。これからも、私は一人で生きていくことなんて出来ないだろう。本当は自分の弱さを誰よりも知っている。



『観念しろ』



同時に『なるようになれ』という「逃げ」の口上がまたも浮かんだ。悪癖だ。失うのが怖いのか?


失うものはなんだろう? 信頼だけだろうな。

根拠のない自信が今の惨状を作った。一つひとつ解決していく他無い。目の前の壁を一つずつ破壊していくしかないのだ。いくつ壁を壊せば良いのだろう?



食事に行くと、おそらく私の抱えている問題は一つ以上は解決する。でも、根本のところ、何を直せば良いのだろう? もう少しすれば見えるものがあるのだろうか? 実はもう見えているのに見えないフリをしているだけか? 考えても堂々巡りだった。何も成長出来ていない。私はただ、釣り糸を垂らしていただけだ。


疑似餌の動かし方が少し上手くなっただけだ。



そして、魚も時期によってはどんな疑似餌にでも食いついてしまうのだ。そのタイミングが合えば、テクニックは必要ない。タイミングは偶然ではない。必然だ。

時間をかけることを惜しまなければ誰にでも魚は釣れる。

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