05 制服には秘密がいっぱい☆
「ごめんっ。本当ごめん!!」
「だから大丈夫だって。本当に気にしないで」
携帯からナオの声が返ってくる。
俺の制服が返せそうにないと言ってるにも関わらず、この男はこうなのだ。
しかし今回ばかりはその優しさに甘えてしまうわけにはいかない。
例えナオがいらないと言っても、せめて、
「せめて、弁償はさせてくれ」
「本当に大丈夫だって。それに」
ナオがここで一旦言葉を区切ったせいで妙な間が生まれてしまう。
「それに?」
「……それにね。実は鬼龍院先輩から新しい制服をもらったから」
「鬼龍院?」
俺の知らない名前だった。
それもそうだろう、まだ入学して数日しか経っていない。
俺はナオみたいに部活もやっていないし、知り合いだっていない。
それこそ知り合いって言ったら、ナオと…。
(いやいやいやいや)
俺は思い直す。あれは断じて知り合いなんかじゃない。
今となっては「この出会いは運命だ!!」なんて言ってたあの頃の自分を思いっきり引っ叩いてやりたい。
「知り合い多いもんなぁナオ」
「えっと。鬼龍院先輩は多分、薫も知ってる」
「え??」
「鬼龍院静華、生徒会長」
「は?」
(ちょっと待て。ナオとあいつが会ったのか?ナオの制服を切り裂いた張本人が?しかも新しい制服を渡したって、どうなってんだ)
「だから大丈夫。薫は気にしないで」
「なんもされなかったか」
「なにそれ。変なこと言うじゃん。大丈夫だって、なんもされてないよ」
俺はナオの身に何もなかった事に胸を撫でおろす。もしナオの身に何かあったらと思うと、気が気がじゃない。
「ほんとよかったよ。ナオが無事でいてくれて」
「無事だって」
ケタケタと笑い声が聞こえてくる。
本当に何事もなかったようで安心した。
「ということで薫。また明日学校で」
制服のことで大事な事を聞くのを忘れていた。
しかしそれを思い出した時には電話は切れてしまっていた。
◾️◾️◾️
同時刻––
暗闇の部屋で二人の人物が向かい合っていた。
「これでいいんですか」
つい数秒前の明るく温かみのある声は消え、殺気に満ちた声へと変貌する。
相手にとってはその殺気は勝利に証でもあった。故に声が僅かに上擦いてしまう。
「上出来。さすがに嘘がつくのが得意なだけあるね」
「…………」
「薫くんがそれを知ったら、きっと悲しんじゃうと思うけどなぁ」
「薫に言うんですか」
「どうしようかなぁ」
「まさか薫くんの幼馴染が実は女で、しかも自分の制服を着せて股間を濡らす、超ど変態だったなんて」
その言葉に湯浅なおは、ゆっくり目を閉じる。
瞳の裏には、今日の出来事が浮かび上がってくる。
保健室に呼び出され、そこに居たこの女は僕が男装していることを一瞬で見抜いた。
(この女は僕を知っている。知りすぎている)
「どうする気?僕としてはこのまま黙っていてくれると嬉しいかな」
口調こそ穏やかだが、殺気はさらに増していく。
返答時代では、ヤるしかない。彼女はそう判断する。
「しかも。これは、うらやま……いけないよ!!」
鬼龍院静華はポケットから、地面へと何かを落とす。
暗闇でぼんやりと点滅するそれら。
それが何かはすぐに分かった。それは本当なら今夜の楽しみになるはずの代物だった。
「……なんで分かったのかな」
「臭うんだよね。こういうのって。きっと君も私が同じことをすれば気がついたはずだよ」
「お前と一緒にするな!!」
「でも実際、GPSと盗聴器を制服に仕込んじゃうだなんて、君、相当ヤバイよ」
「玄関のチェーンを切ったお前に言われたくない、かな」
それもそうか。と笑う静華。
彼女にとって、もはやチェーンを切った事をなぜ湯浅が知っているかなんてどうでも良かった。
心の中で静華は思う。
これから排除する女のことなんて気にかけても意味がない。
鬼龍院静華は口元をゆっくりと釣り上げる。
勝ち誇ったその顔は、湯浅へ挑戦的な視線を向ける。
「君、薫くんにバラされたくないんだよね?」
湯浅はここまでされてしまったら、認めざるを得なかった。
女性恐怖症になったあの日から、今日まで積み上げてきた信頼を。なにより彼の隣を––失いたくない。
その一瞬の弱みを、隙を見逃すはずもなかった。
「私の下について。そして毎日、どんな些細な事でもいいから薫くんのことを報告し続けるの」
迫っているのだ。
嘘で塗り固められた湯浅に対し。
愛しい人の隣で胡座をかき続けた女。まさに怠惰。
そんな女は必要ない。彼に相応しくない。
「分かってると思うけど、君のその嘘で塗り固められた人生では、もう薫くんといることは許されない」
ならばここで、リタイアしてもう他ない。
これは決して脅しでも脅迫でもない。
「さて。これがお願いでも取引でもない、という事はもう分かってるよね」
鬼龍院静華は暗闇で嗤う。
今日、もう一話あげます。
明日は仕事がお休みなので複数話アップ予定です。
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