03 バイブ音
会長が救急車で運ばれた。
朝から学校はその話題で持ちきりだった。
「大丈夫かな会長さん」
「いやぁなんでも、近くにいた男子生徒が会長の顔を殴ったらいいぞ」
「しかも原因は会長に告白して振られた腹いせだそうよ」
「暴れる男子生徒の近くを通りかかった小学生を庇ったとか」
「おいおいそれまじかよ」
「そいつ見つけて、タコ殴り決定」
不穏な話題がここ1年3組でも聞こえてくる。
事実はこうして歪曲されていくいい例だ。
「いやぁびっくりしたよ。いきなり血だらけの薫が部室に現れたときは」
ナオは未だ騒がしい教室内をよそ目に、俺の前席に腰掛ける。
その後、救急車で運ばれた先輩を見送り、血だらけになった俺はナオの元を訪ねていた。
というのも、部室棟には運動部が自由に使えるシャワーがあると学校案内パンフで知っていた俺は、運動部ではないもののナオに頼み込んでこっそり使わせてもらった。
残念ながら制服の変えはないので、今日1日ジャージでの生活をしようとしたが、ナオに運動部でもない俺が1日ジャージ姿なのはおかしい、とごもっともな事を言われ、代わりにナオが1日ジャージ姿でいてくれることになった。
教室内には着替えるのが面倒なのか、ジャージ姿の生徒も何人かいるので特段浮いているというわけじゃなさそうで制服を借りた身としては安心だ。
ホッと胸をなでおろし、ナオに改めてお礼を伝えておく。
ナオは気恥ずかしそうに「気にしないで」と答えたくれる。
というのもナオにはもっと気になっていることがあったようだ。気にするなという方が難しいだろうが。
「で、なにがあったのさ」
ナオは俺に向き直ると、率直に尋ねてきた。
血だらけの俺を前にして、状況がひと段落するまで何も聞かずにいてくれた。ナオのその気遣いが心に染みる。
答えようと口を開くが、先輩との出来事がフラッシュバックする。
隠す気なんてさらさらない。ただ。何から言えばいいのか、言葉がまとまらない。それにうまく説明できる自信もない。というかそもそも全て言ったとして、果たしてナオは信じてくれるだろうか。
(学園のアイドルにストーカをされている、だなんて信じてくれるわけが、)
口元がどんどんと重くなっていくのが分かる。
その時だった––ナオの手が俺の手に重なった。
「え?」
「薫。僕はなにがあっても薫を守ってみせるから」
「ナオ……」
先輩の掴まれた時とは違う、信頼の温かさがそこにはあった。
迷いはきえた。ナオは信じてくれる。
たとえ信じてもらえなくても、一人で抱え込む今よりかはずっとマシになるはずだ。
「驚かないで聞いてほしいんだが、実は」
BUーBUーBUーBUーBUーBUーBUーBUーBUーBUーBUーBUー
その時だった。
ナオの机の中で、携帯のバイブ音が響く。
「ナオ、電話来てるぞ」
「ごめん。今はいいんだ」
「いいんだって、何がだよ」
ナオは何も答えなかった。暫くしてバイブ音が止まり、メールの着信を知らせる短めのバイブ音が鳴り響く。
ナオは手を重ねたまま、身体だけ前に向け、着信を確認しだした。
「な、なぁ。その体勢きつくないか?」
返事はない。しかもどういう訳か重ねるその手は、がっしりと俺の手を掴んで離そうとはしない。
「お、おい。痛いって!!」
「あっ」
ようやく聞こえたのか、ナオは携帯を見るのを止めるとすぐに手をどかしてみせた。
「ごめん」
「いや、いいけど。一体どうしたんだよ。なんか体調悪そうだぞ?」
「体調……そうだね、そうかもしれない。悪いけど、話はまた今度聞かせてもらえないかかい?」
「全然いいけど……」
「ありがとう。僕は念のため保健室に行くとするよ」
そう言い残しナオは、駆け足で保健室へと向かった。
ナオが教室を出て行ったのとほぼ同時、1日の始まりを告げるチャイムが鳴った。
◾️
その日、ナオは教室へは戻ってこなかった。
再び、俺がナオと出会ったのはその日の放課後、下駄箱前だった。
ナオは何か決心したような、そんな顔をしていた。
「ナオ、体調は大丈夫か?」
「……」
「まぁ高校も始まったばっかだし、部活もやってるんだから、体調崩すのも無理ないって」
「……」
「けど、あんまり無理すんなよ?夏の大会だってあ––」
「薫!!!!」
突然、ナオの声によって俺の言葉は遮られる。
ナオは意を決したように口を開く。
「僕はサッカー部をやめるよ」
「は?」
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次回は会長復活します。