01 一目惚れ
この物語は、俺こと永井薫の恋愛物語である。
よくある話で、まあ率直にいうなら『一目惚れ』である。
しかしこれまたよくある話で、その相手は『高嶺の花』ということ。
さらにさらによくある話で、無謀にも『付き合いたい』と思ってしまうのだ。
きっかけは入学式の次の日。高校生生活の初日のこと。
俺は恥ずかしくも教室までの道のりの半ばで、迷子になってしまった。
当然頼れる友達も近くにはおらず、一人途方に暮れていると、背後から俺に声をかけてくれた女性がいた。
「新入生かな??こんなとこでどうしたの??」
「あ、はい。1年3組なんですが、ここって……」
俺は振り向き、思わず言葉に詰まる。
何故かって、そんなものは簡単だ。
それが、『一目惚れ』して、でも『高嶺の花』で、なのに俺は『付き合いたい』と思ってしまった相手だったからだ。
「なるほど、確かに分かりにくいもんねこの学校。私も最初は迷ったなぁ…ここは旧校舎よ。1年3組よね、ついてきて案内してあげる」
彼女は俺が今まで見てきたどんな女性よりも綺麗で美しかった。
端正な顔立ちにぱっちりした瞳がまるで人形であるかのように錯覚させ、
腰まで伸びる黒い髪はサラサラと揺れ、制服へと着地する。その髪の毛が示すボディラインから彼女のスタイルの良さも窺えた。
胸はそれほど大きいわけではないが、決して小さいわけでもない。言うなればまさに丁度いい。ベストサイズ。
(それにこの香水、俺の好きな香り)
いやいや違うと声を大にして言わせてほしい。俺は変態などでは決してない。
おそらく彼女に対する第一印象は男ならば皆、俺が抱いた気持ちと同じである。
それくらいの、美女なのだ。
「おーい、大丈夫??」
脳内で独り言を話していたせいか、意識が飛んでいた。
「あ、はい。大丈夫です」
「なら良かった。ここが1年3組の教室よ」
「ほんとだ、ありがとうございました」
「今度は迷わないようにね」
そういうと彼女はくるりと背を向け、今来た道を再び歩き出す。
その背中に見惚れながら、俺は教室へと入る。
さて、彼女との出会いはざっとこんなもんだ。
ここから俺の彼女を振り向かせる普通のラブコメが始まっていく––
『否!!断じて、否!!』
俺は騙されたのだ、全ては計算通り。
出会いもまたこの抱いた感情も。あのシトラスの香りすらも!!
しかしまだこの時の俺はなにも知らない。
きっとこの出会いは運命だ。なんて思っている頃だ。
「この出会いは運命だ!」
「どうしたの急に」
前の席に座る男が話しかけてくる。彼は、湯浅直生。
同じ中学出身で、小さい頃から一緒の言うなれば腐れ縁。
中性的な顔つきで、男子にしては長い髪を後ろをゴムで縛っているせいか、女子だけでなく男子からも人気だった。
それこそ昔は今よりももっと長く、俺も最初の頃は女の子と勘違いしていた。
それに加えて人情深い優しい性格だ。当然、交際経験豊富。
今はどうやら彼女はいないらしいが、つい最近まで途切れたことはなかったと思う。
(何度、ナオ宛のラブレターを持っていかされたことか)
本人こそ「全然モテない」と否定するが、俺は絶対認めない。
他にも割となんでも器用にこなす奴で、特にサッカーがとてつもなく上手い。
確か今年の『全国で期待の高校一年生プレイヤー特集』にも選ばれていたはず。なんで推薦を全部断って、サッカー部がそれほど強くないこの高校に来たのかは謎だけど、知り合いのいない俺にとっては一緒の高校なのはありがい。
(……ちなみに俺も一応、中学はサッカー部だった。まあ補欠だったけど)
「なあ、ナオ。多分先輩なんだけど、めちゃくちゃ可愛い先輩がいるんだけど、知らないか??」
「先輩??あぁ生徒会長じゃない?薫は昨日欠席したから知らないだろうけど、入学式の挨拶で新入生が騒ついてて。さっきもこの教室前に現れたとか」
「それだ!!!!」
「ちょっと待って、告白するの?絶対考え直した方がいいよ」
確かにナオの言う通りだ。
俺はナオとは違い、今日まで異性とお付き合いはおろか告白すらされたことがない。
顔にしたって、可もなく不可もなく至って平凡。
しかも俺には到底克服できそうにない大問題もある。
「そんなことよりも!!薫もサッカー部に入ろうよ!!」
「いやいや、本当にそれだけは勘弁してくれ!!」
「お願い!!」
「嫌だよ!!お、俺トイレ行ってくるわ」
ナオの勧誘から逃げるように、トイレへ向かう。
トイレは教室からはさほど離れていない場所にあるが、校舎の最果てにあるため利用する人はそれほど多くはないとナオが教えてくれた。
しかし何故だかトイレの前には人だかりができたいた。
それも異常な男子の数。その理由はすぐに判明した。
(あぁ……先輩……)
胸が踊る。先輩もトイレを利用したのだろうか。
そこには、手を洗う先輩の姿があった。
ここに先輩がいるのであれば、この人だかりも納得できる。
ふいに先輩と目が合う。
心臓が跳ね上がったのがはっきりと分かった。
「君はさっきの。教室は分からないのに、トイレは分かるんだ」
先輩が女神のような笑顔をみせる。
それと同時に、男達の鬼のような目線が俺の背中に突き刺さる。
「じゃあ、またね。薫くん」
「はい!!」
ルンルン気分で教室に戻るのとほぼ同タイミングでチャイムが鳴る。
今日は、初日ということもあって午前で授業が終わる。
部活勢は午後から部活らしいけど、俺には関係ない話だ。
授業は特にこれといったこともなく、淡々と進む。
途中窓から中庭を見た時、偶然通りかかったであろう先輩に手を振られたのを思いだし、頬が緩んでしまう。
やがてチャイムがなり、先生が終礼の挨拶を済ませる。
教室を出て家に帰るもの、部活に向かうもの、教室に残るもの。様々だった。
「じゃあな、ナオ」
「うん、また明日。薫も部活決めたら教えてね!!」
もちろん俺は、即刻家に帰るに決まっている。
下駄箱で上履きから外履きに履き替えていると、そこでも先輩に声を掛けられた。
「いやあ!もう帰るのかね??」
「は、はい。今日は帰ったらやることがあって」
「ああ、今日はその日か……」
先輩が小声でなにか言った気がするけど、よく聞き取れなかった。
「いまなにか、言いました??」
「ううん、なにも言ってないよ。そいえば、薫くん部活には入らないの?」
「あぁ……はい。友達にも誘われてるんですけど、今のところはいいかなって」
「なるほどなるほど。部活は検討中と……」
「先輩はなにか部活されてるんですか?」
「ん〜私は生徒会の仕事もあるからなかなか。一応入ってはいるんだけど、幽霊部員かな。ところでなにか急いでいたみただけど、時間大丈夫?」
「あ!!そうでした。ありがとうございました!!ではまた明日!!」
「うん、また……………後でね」
(先輩と部活なんてできたら楽しいだろうなぁ。まぁ、ありえないけど)
俺は学校の正門を疾風の如く駆け抜た。
今日は昨日録画した、深夜アニメ「マジカル★プリンスアイドル 漆黒編」を見なきゃいけない。
途中、お昼ご飯を調達するために近所のスーパーに立ち寄る。
俺は両親に無理を言って、高校入学と同時に一人暮らしをさせてもらっている。
これには理由はいろいろあるが、一番の理由はアニメをヘッドホンつけずに見たかったのだ!!
これは楽しみで仕方がない。今までは親や妹にバレないようにこっそり見ていたけれど、それも今日からは解放。
その記念すべきヘッドホン無し視聴の一作目に「マジカル★プリンスアイドル 漆黒編」は実に相応しいアニメだ。
そのはやる気持ちグッと堪えポテチコーナーを後回しにして、弁当コーナーへまずは向かった。
そして弁当コーナーへたどり着いた俺は目を疑った。なぜならそこにいるのだ。
今回ばかりは、胸ではなく背筋に悪寒を感じる。
「あれえ、薫くんもお昼ご飯??」
「え、ええ。先輩もですか?」
「うん。私も一人暮らしだからさ」
「へ、へえ……今、」
「お!!唐揚げ弁当もーらい!!薫くんも早くしないとお弁当無くなっちゃうよ」
辺りを見渡すと、昼休憩中のサラリーマンが数人が弁当コーナーをまじまじと見ていた。
俺は目の前にあった、生姜焼き弁当を掴みカゴに投げ入れる。
「生姜焼きを選ぶかぁ……なるほどねぇ……」
今回は先輩が何を言ったか聞こえたが、何も言わなかった。いや言ってはいけない気がした。
そこからの記憶は曖昧だ。気がつけば家の鍵は通常鍵だけでなくチェーンの鍵までかけていた。
頭の中で今日の出来事を思い出していく。
彼女は何故東校舎にいたんだ。
鞄の中から今日もらった学校案内図を取り出す。
東校舎……そこに教室は一つもなく、あるのは部室棟だけ。
あの時間はまだ朝練の時間だったはず、つまりあの時間に部活動に所属していない先輩があそこにいるのは、
(偶然?)
次はトイレだ。
ここもそうだ。先輩の教室から離れているすぎじゃないか。
(偶然?)
それになにより、なんで新入生の俺の名前を知っているんだ。
それにスーパーでも、
ガチャリ––
その時だった。背筋に悪寒が走る。
聞こえてきたのは鍵穴が回った音だった。
恐る恐る玄関へと視線を送る。
「薫くん。どうしてチェーンなんてかけてるの?今時珍しいね」
「ひぃいいいいい」
そこには扉の隙間から覗く、先輩の姿があった。
目があった先輩はにっこりと笑う。
「どうして、そんなに怖がるの?」
「ど、どうしてって当たり前じゃないですか!!な、なんで先輩が僕の家の鍵を持ってるんですか!?」
「鍵?あぁ、私、このマンションの管理者なんだよね」
「管理……者?」
「うん管理者。だから薫くんの部屋の鍵を持っててもおかしくないでしょ?それにほらさっきスーパーで袋に入れ忘れてたでしょ、ポテチ」
「ち、違う。買ってない」
「嫌だなぁ薫くん。入学初日で疲れちゃってるんだね。だったらこれは私からの入学祝いだと思って。ほれほれ〜」
「い、いらない」
「まぁそう言わず、私もこの体勢結構キツイんだよ?それにこれじゃ不審者だよ。だから、ね」
俺はゆっくりと立ち上がり、チェーンの隙間から伸びるポテチを受け取った。
『激コンソメ5倍増し増し』俺の一番好きなポテチ。
「あ、ありが」
その時だった。突如、先輩にポテチを受けっとた腕を掴まれた。
そこからの記憶はない。
気がついたらベッドの上で寝ていた。
恐らくだが、先輩に触れられたことで気絶してしまったんだ。
というかそもそもあれは現実だったのだろうか。
本当は疲れて眠ってしまっていただけなのではないだろうか。
夢だったのかもしれない。
いやそうに違いない。
それも机の上に作った覚えのないお粥と切断されたチェーンが置いてなければ。
――ここで物語は冒頭へと帰結する。
しかしこれには続きがある。それを
よくある話で、まあ率直にいうなら『一目惚れ』である。
しかしこれまたよくある話で、それは『高嶺の花』ということ。
さらにさらによくある話で、無謀にも『付き合いたい』と思ってしまうのだ。
ここからは俄かには信じ難い話で、それは『ストーカー』であった。
よろしければ、ブクマ、評価頂けますとやる気に直結しますのでお願いいたします。
本日、夜に第二話投稿予定になります。