金貨9枚目:レアアイテムは意外と高く売れるらしい
というわけで翌日。
「よし、行っこうー」
そんな風に意気揚々と、昨日より萎んだリュックを背負って「行ってきまーす」と、置き物のように街の入り口に佇む二人の衛兵に挨拶をするルルカを連れて、俺は先日とは別のダンジョンへ出発した。
目指すダンジョンは、峠を越えた所にある鉱山。
彼女の手にはツルハシが握られ、頭には帽子が被っていた。
なんでも、先日手に入れた錆びたペンダントはそれなりの値で売れたが、もっと高く買い取って欲しいと進言したところ鼻で笑われたため、“腹が立つから見返してやりたい“という理由で宝石が欲しいとのこと。確かに、宝石なら先日のペンダントよりは間違いなく高値で売れるだろう。
とはいえしかし、それならそれで、なんでこいつはこんな揚々としているのだろうか――そんなことを疑問に思いながら峠の――左右に木々の生い茂る道を歩いていると、その理由を語るようにルルカが口を開いた。
「そういえばリューズ。言い忘れてたけど、借金の件、あれ少し金額減ったからね」
「ん、そうなのか? どうしてまた?」
「ほら、昨日のあれ、フローアイの······えーっと、い、い――」
「あぁ、異種な。イレギュラー種でもいいぞ」
「そう、その異種。まぁ、その異種の翼なんだけどさ、思ったより高く売れたのね。通常のものと色味が違ったり、繊維の入り方が珍しいだとかなんだとかで」
「へぇ、良かったじゃないか。まぁ、イレギュラー種だからそれなりに高く売れるとは思ってたけどな。······で、なんだ? 思った以上に高く売れたから、それを売った代金から借金減らしてくれたってことか?」
「うん、10万Gで売れたからその分だけね」
「へぇ、そりゃありがたい。10万Gねぇ······10万Gも······10万G············はっ? 10万G!?」
「――? どしたの?」
「い、いやいやいやいや······」
高く売れることは知ってはいたが、まさかここまでとは······。
通常のフローアイの翼は、その10分の1くらいで売れた事だろう。それがルルカの懐に入るのも許容の内。しかし、何故俺がその値段について知っていて、何故驚いたのかと言えば、それを彼女が借金の返済に全て当ててくれたからだけではなく、いつもは先日のダンジョンで助けたような“鑑定士“などに任せていたからだ。
そしてまた、これまで分け前として貰っていた報酬が“相当なものだと勘違いして満足していた“から。
「あの野郎······相当掠めてやがったな······」
つまり、想像以上に俺等は仲間に騙されていた。
その者らが語る手数料という名の着服に。
「これからは、モノクルを付ける奴が信用ならなくなりそうだな······」
「ん、そうなの? どうして?」
「いや、こっちの話だ」
俺は、もう過去のことだと右手を払って忘れることにした。
ルルカはまだ首を傾げてはいたが。
ともあれ、
「ってか、それより気になったんだが、そんだけ儲け出たなら昨日のリュック代くらい自分で払えたじゃねぇか。お前は10万G受け取ってることに変わりねぇんだから」
「ん? あぁ、それはそうだけどさ、でもやっぱ、口約束とはいえ約束は約束じゃん? リューズは女の子との約束を簡単に破る人間なの?」
「いや、そうじゃないけどさ······」
「まぁ、リューズがどうしてもって言うならリュック代返してもいいけど、このことはミシェルさんにもちゃんと報告はするけどね」
「······わかったわかった。リュックは俺のせいだったな。俺が払うって言った。これでいいだろ?」
「うんうん、それでいいんだよ。リューズ君」
なんで俺はこんな年下の少女に言い負かされてんだ。女には口喧嘩で勝てないって言うが、これがその口か? などと不満の俺の横で満足気に頷くルルカ。こいつ、碌な大人に育たなさそうだな、と思った。
「――で、それだから、リューズの残りの借金は私の万年フロル担当と、黙って飲んだマナボトル一本100万Gは大目に見て、99億9990万ね」
「それでも法外な金額だな······ってか、フロルのほうは引いとけよ“大目に“の使い方間違えてんぞ」
「まっ、そういうわけだから、じゃんじゃんダンジョン行くよ、ダンジョン。レアアイテムは高く売れるって分かったわけだから」
「聞けっての。ってか、お前の用心棒代は入れてくれないのか?」
「それは利息から引いてるから。本来ならひと月1%だけど······どうする?」
「ふーん、1%ね······そりゃありがたいな。そのままにしておこう」
「でしょ?」
たとえ1%でも、ざっくりひと月で一億Gの加算。つまり一日300万Gの加算というわけだが、それを免除してくれるというのなら安すぎるぐらいの報酬だろう。
そう考えて、俺はここは素直に従っておくことに。
ただ、今はそれよりも“ある問題“のほうが俺には重要と言えるのだが。
――と、そのことを考えていると、
「ん?」
「どうした?」
「いや、ううん。なんか黄色い耳が見えたから、なにかなと思って。狐かな?」
「山道だからな。そういうのもいるかもしれない」
確かに、思えば草むらでガサッと音はしていたが、こちらに来る気配も音もそれからしなかったため、俺はそれ以上深く注意は払わなかった。またなにより、直前に考えていたその問題――『ルルカとミシェルさんの接点があるのはどうしたものか』という、こちらのほうがやはり大きな問題だったため、今はその事を頭を回したかった。
だから、それを考えるため、ダンジョンに向かうまでの間それからずっと沈黙だったのだが、しかし、大して特別な目ぼしいものがあるでもないこの峠道。ルルカはそんな景色にいよいよ退屈を覚えたのか、何も喋らない俺に痺れを切らすと、
「······リューズ。会話なくてつまらないんだけど。これ、ミシェルさんに報告していい?」
それから、落ち着いてさっきのことを考える暇がなかったのは言うまでもないだろう。