金貨8枚目:建前は誰の為にあってもいいと思う
人間というのは建前を必要とする生き物だ。例えば、誰かと関係を作るために「詳しくないから教えて」だとか、誰かと軋轢を生まないために「素敵ですね」なんて言ったり、面倒な生き物だろう。
だが、俺もそんな人間のひとりだ。
そう。だから俺は『マナボトルを昨日飲んでしまったため、それを補給するために』この店に来ている。
「あら、いらっしゃい。リューズさん」
「こんにちは、ミシェルさん。これ一つ」
「はーい、250Gですね」
だから決して、皆がダンジョンに行って一番空いているこの時間帯に一人で、三階建ての大きな道具屋の三階の看板娘の、日によって色が変わるフレアスカートと豊満な胸を持つ、白のノースリーブブラウスの下はカウンターで見えないが焦げ茶のブーツであろう、実際は四十過ぎだが二十一歳と言っても過言でもお世辞でもない、雰囲気はお姉さんのようでリードしてくれそうな麗しい姿の、艶のある亜麻色の長い横髪を半分ほど編んで後ろに回した、微笑みがよく似合う彼女を見たいからというわけではない。
「なんか、私と全然違う目で見てない?」
「······どうしてお前がここにいる」
魔法衣から小袋を出して会計しようと固まった俺の傍らには、いつの間にか何かを抱えている、昨日会った、緑髪でちんちくりんの彼女がいた。
「やっぱり、ひどい扱い受けてる気がする」
「······気のせいだろ。それより、なんでここにいる」
本来、彼女とは明日会う約束。それなのに、この三階フロアの――ダンジョンに入る冒険者御用達のこの場所に、用意するものなどさしてないであろう彼女がここにいる理由が思いつかなかった。だから、そのため改めて尋ね直したのだが······しかし、その理由をルルカは鼻息を怒らせたように鳴らして言った。
「昨日リューズが駄目にしちゃったからでしょ、これ」
「これ? ん? ······あぁ、それか」
抱えていた物を腕を伸ばしてこちらに見せつける彼女のそれを見て納得。それは、このフロアの上がり端の木のワゴンにあった商品のリュックだった。ちなみに、昨日と同じ型のそのリュックの端には『セール品! 70%オフ!』と書かれたタグが付いている。
「もうホント良かったよー。あと一つしか残ってなくてさ、私が階段上がってすぐ全力で滑り込んでカゴから奪ったから良かったけど、もしそうしてなかったら今頃セール品だからってだけで知らないおばさんに取られるトコだったんだからー」
「そりゃ御苦労なこった」
気の毒なおばさんだな、とも思った。
しかしただ、そのおばさんもおばさんで、何で体力ある冒険者の為にわざわざ三階に作られたこんな所まで上ってきてこの大きなリュックを買おうとしたのかは疑問だが。ルルカの言う通り“セール品だから“という単純な理由かもしれないが、しかしそれならそれで、おばさんというの生き物の、近所の話でセールの噂を聞き付けてやって来るその習性のほうが不思議に思う。まぁ、どれもこれも俺の偏見なのだが。
そんなことを考えながら、一枚100G分の金貨二枚をカウンターに差し出して、50G分の金貨一枚を出そうと小袋を探っていると、
「お二人は、お知り合いだったんですか?」
やんわりとした柔らかい声で、マナボトルを丁寧に紙袋へ入れ終えたカウンター越しの見目麗しいミシェルさんが、それをこちらに丁寧に差し出しながらこちらの顔を交互に見た。
俺は、隣のちんちくりんを一瞥した。
「いや、知らな――」
「この前知り会ったばかりなんだけどね、一緒にダンジョン入ってるんだー」
俺の言葉に声を被せてきたルルカは加えて「ミシェルさんこれもお願い。この前買ったリュック、リューズに駄目にされちゃったから」と、抱えていた畳まれたリュックをカウンターへ乗せて押し滑らせた。
俺は“おい“とルルカを見て目を細めたが、カウンター越しの彼女が“いいの?“という風に小首を傾げて目配せで尋ねるのを見ると、“でも、そんなこと言った気もするような······“と、直前の会話と昨日の事も薄っすら思い出したため「一緒でお願いします」と軽く頭を下げた。改めて述べておくが、カッコ悪い所を見せぬようになんてものでは決してない。
「合わせて7750Gね。でも、今回はルルカちゃんのパーティ加入お祝いってことで、7000Gで」
「えっ、ミシェルさんいいの!? やったー!」
お前払ってねぇだろ。しかも前買ったリュックもセール品だったんじゃねぇか。と、俺がカウンターの金貨を一旦しまっては1000G分の金貨を出そうとしたのはさておき、俺の了承を受け取ったミシェルさんは馴れた手つきで、その値札とセール品のタグをハサミで外していく。そうしながら、
「にしても良かったわ、ルルカちゃん。いつもダンジョン入りたいって言ってたけど、まだ小さいから入れるギルドもパーティも見つかるかどうか心配だったもの。それにちゃんとした人と組めるかどうかもね。ほら、ダンジョンって危ないから」
「うんうん、わかるわかる。私、昨日死ぬかと思ったもん」
「ふふっ、でしょ? 私も昔パーティに付き合ってたことあるけど、いっつもヒヤヒヤだったのよ? いやー、死んじゃうーって。まぁ、いつも守ってくれたけどね。でも、守ってくれる人がいつも必ず側に居るとは限らないんだから、もし怖くなったらやめるのも一つの勇気よ? けどリューズさんが側にいるなら、よっぽどのことはないと思うけどね。――はい、どうぞ」
ルルカは小首を傾げていたが、リュックが差し出されると「ありがとー」と受け取り、それを嬉しげに背負って店内を走り出す。それからミシェルさんは「はい、確かに」と、カウンターに置かれた金貨を集めて小箱ほどの金庫へ入れると、少し離れてくるくる回っているルルカを横目に「リューズさん」と微笑みながら、
「あの子――ルルカちゃんなんだけどね、事情は分からないけど、どうやらこの街に一人で来たみたいなの。なんで一人なのかは事情聞いても『えへへ』ってはぐらかされて教えてくれないんだけど、でも、ダンジョンに入りたいから来たんじゃないかと私は思うの。じゃなきゃ、わざわざここで仕入れて露店なんか開かないだろうし」
「あいつ、ミシェルさんの所で仕入れまでしてたんですか?」
「そうよ。それで“ギルド小屋の前に出すんだー“って」
「もうちょっと、やり様はあると思うんですけどね」
「しょうがないわよ、まだ小さいんだから」
「教えてあげなかったんですか? それよりいい方法があるって」
「言いましたよ。けど“それでもいいー“って」
「へぇ······」
ちなみに、一番ギルドに入りやすい方法は“ダンジョン前で店を開く“こと。色んなパーティの顔馴染みにもなれ、火急で道具が必要となる場合も多く、金に糸目をつけない場合が多いから。そうしていく内に財力も信用も得られるため、パーティに誘われる場合も多い。まぁ、どれもこれも、その実践者の一人がミシェルさんなのだが。
「でも、ダンジョンなんて他の街にもあるだろうに、あいつはどうしてこの『ムーニィオ』に?」
「んー、この辺りのダンジョンに特別な想いでもあるのかしら?」
「ダンジョンなんて上位ギルドにならなきゃどこも同じようなもんですよ」
「そうなのよねぇ······。なんでかしら······?」
それから可愛げに頬に手を当てて首を傾げるミシェルさんだが、その答えがお互い見つからないのを察すると「まぁ、とりあえず」と手を下ろして、
「ただ、ダンジョンに入れてルルカちゃん嬉しいと思うの。私もあまり付き合いがあるわけじゃないけど、あんな風に喜ぶ顔初めてみたもの。だから、危険も多くて大変だと思うけど、ルルカちゃんのことちゃんと守ってあげてね。私の夫『アルフレッド』の愛弟子――リューズさんなら大丈夫だと思ってるから」
「その名前を出されると、責任が重いですね」
「そう、責任重大なことですよ。けどもちろん、リューズさんも気を付けてくださいね。万全に動けるのも、無傷な身体あってのものですから」
「······そうですね。ありがとうございます」
その後、ルルカに「リューズー。明日の準備しよー」と、借金の件をチラつかせて半ば強制に言われたので、俺はミシェルさんに「それじゃあ、また」と言って、紙袋を手にカウンターを後に。しかし、そこから離れようとした時、
「そういえば、リューズさん」
後ろから引き止められたので、俺は顔をそちらに。
その彼女――ミシェルさんは微笑で小首を傾げると、
「リューズさん、確かラブリュスに所属していたはずだけどー······ルルカちゃんもラブリュスなの?」
「あ、あぁ······それは······」
俺はその後を適当にはぐらかした。敢えてだ。
決して、格好が付かないとかそんなのではない。
ただ、街一番に近い規模の、上位ギルドから下位ギルドまで御用達の、彼女目当てだけに来る客も数えきれない、道具屋の店主兼看板娘のミシェルさんのことだから、どちらにしろ近いうち世間話でその耳にも届いていることだろうが。
決してやましいだとか色目を使ってるだとかそんなつもりは全くないのだが、しかしこればかりは、彼女の耳に伝わるのは不服だった。
決してそんなつもりはない。決して。




