金貨7枚目:魔法使いの溢れる街の空には
街に戻ってギルド協会へ報告に行こうという所、もう途中で解散となってもよかったのだが、ルルカは俺の二歩後ろを歩いていた。その表情は浮かず、抱えたフローアイの翼がある辺りをジッと見つめているように見える。
「どうした? お前、そんな荷物持ってギルドまでついてくる気か? 道具屋ならそこを曲がったトコだぞ」
「······」
どうしたものか。奴と別れたあの場所からこんな調子だ。“俺が黙ってたから話し掛けにくい“なら理由は分かるが、なんでお前がそんな顔して思い詰めてる――と思った。
それからも会話はなく、だが、あと一つ曲がってギルド協会という所だった。
「······リューズ」
ようやく彼女は口を開いた。
力のない声だったが、振り向くと彼女はこちらを見ていた。
「なんだ?」
しばらく黙って、伏し目をあちらこちらにしてからルルカはもう一度こちらを見て、
「あの人、悪い人なの?」
「······ラウルのことか?」
彼女が奴の名前を知っているはずもないのだが、それでも伝わったようで彼女はコクリと一度頷いた。
思いもよらぬ言葉だった。
そんなことで思い詰めてたのか、と思った。
見上げるような彼女は不安そうな目でこちらを見つめて返事を待っていた。
俺は······ハッキリ言えばあいつは嫌いだろう。
先日のあの事があったから尚更だ。
しかし。
質問の答えを正しく言うならば――。
「······悪い奴ではない。あいつは無鉄砲な所はあるが、あぁして本気で過ちを冒した時には自分の非を認めるやつだ。それに、組織を優先して上に導こうとする」
だから、俺はあの日奴に除名を言い渡された。
上位ギルドへの一歩を、俺が“追撃しなかったことで“逃がしてしまったから。
また······立場もあるだろう。
奴は上位ギルドに一番近いと言われる『ラブリュス』のリーダー。野心溢れるやつが集まるそのギルドで、組織としては失態とも言えるその行動を冒した奴を罰せずにどうギルドを纏めることが出来る。
「俺は、奴には数え切れないほど怒りを覚えてるし呆れてもいる。本気で憎んだことも恨んだことも、事故を装って殺してしまおうかと思ったこともある。本気で殴ったことだって。······しかし、それでもあぁして殺せずにいたのは、俺が奴のギルドに所属していた理由は、ただあいつのギルドが上位ギルドに一番近いだけでなく、強いだけでなく、ちょっとした憧れみたいなものをあいつに抱いてたからだ」
「······憧れ?」
「傲慢することなくちゃんと自分の非を認められて、向かうべきことも言うべきこともパカなほど真っ直ぐで迷いがない。それが裏目に出ることもあるが、それでも、強くてそうしていられる人間なんてのはそうそう居ないもんだ。変な話、あいつには漢気を感じるってことだろうな」
「漢気?」
「男がカッコいいって思うそれだ。女がイケメンをカッコいいと思うような清潔感とかカリスマ性ではなく、こいつに付いていきたいって思わせるような強さのことだ。男はそういった単純な強さに憧れやすい」
「ふーん。よくわかんないけど、良いことなんだね」
「好きに捉えればいい。ただ、そういう美学みたいなのが男にはあるって話だ。――まぁいい。こんなとこでそんなリュック背負って立ち止まってても白い目で見られる。そろそろ行くぞ」
「ううん、もういいや」
「――?」
「聞きたいこと聞けてスッキリしたし、そういうことならいいかなーって」
ルルカの顔には、ダンジョンにいた時のような、憑き物が落ちたような、そんな無垢で晴れているが、どこか気ままな雰囲気が戻ってきていた。
「じゃ、また今度ダンジョン入ろ。んー、明後日がいいかなー。明日は新しいの揃えないといけないし······。うん、そうしよう。明後日の昼ギルド協会ね」
「おい。俺はまだ一言もいいなんて――」
だが、こちらの都合も聞かず、ルルカは踵を返して来た道を戻っていく。俺は、まぁ、元の調子に戻ったならいいか――と、軽く溜め息をついてそれを見送った。
ルルカは途中、すぐに振り返って「味方攻撃しちゃった時って罰とかある?」と首を傾げて尋ねたが、俺が「故意じゃなきゃ大丈夫だ。アイツも人望厚いから、仲間内でも大事にはならないだろ」と言うと、彼女は「そっか」と笑顔を見せ、楽しそうな小走りで人混みの中を去って行った。血の付いたリュックと抱える翼がとても不釣り合いには見えたが、それでも子供らしい走りに見えた。
もう一度溜め息をついた。
「俺も、報告して帰るか」
ギルド小屋や道具屋。武器屋や防具屋、露店などが連なる街の今日の青空には、少しだけ熱を帯びた白い太陽が差す――気ままな雲がひとつ流れていた。