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金貨6枚目:上の場所に一番近い漢(おとこ)

 もしかしたら、この戦闘中で一番の痛みを覚えたのは「ええっ!?」と声を上げた、両手で俺の両耳を引っ張る彼女のつねりかもしれない。


「なんでそんなもん一人でしてんの!? 分かってたなら私にも貸してよ! この鬼っ!」

「やめろ、痛いから。耳は案外人の繊細な部分だぞ」

「知らない! こんな耳ちぎれちゃえ! 私にも貸して!」


 ――と、ウォークライから逃れたいルルカは、狙いを定めさせないため移動する俺の耳の穴の奥まで指で探る。が、


「ん? あれ、無いよ?」


 それが形として存在しないことにようやく気付いたよう。そして、念のため本当に無いか視覚でも確認する――顔を近付けたルルカは「ん?」と次に耳を近付けると、


「なんか、ヒュルヒュル音がする?」

「あぁ。俺のはフロウの応用だ。耳の内で風を起こすことでウォークライの効果を軽減してる。だから、自分の耳ならまだしも、予測つかない他人ひとの耳にまでこれは出来ない」

「んー、なるほど。それじゃあ仕方ないかも?」

「そういうことだ。あとついでだが、だから本音を言えばお前の声がさっきから聞き取りにくい。そろそろ反応するのも面倒だから黙ってくれていいぞ」


 もう一度、強く耳を引っ張られた。


 ――が、理解はしてくれたようで、それから「わかった」と不貞腐れた彼女は自分の耳を両手で塞ぐと閉口し、俺の背中で動向を見守る。


 改めてだが、強引にこんなとこへ連れてきたのだ。

 間違ってもヘマをしてはならない。

 

 そう言い聞かせて、俺は奴を見据える。


「うおおおおおおおおぉっ!」


 ウォークライを使ったラウルは、筋骨粒々の身体にさらに血がたぎっているように見えた。いや実際、その肉体は一回り強化されているだろう。目の前のハエでも払うかのように斧を試し振りだけで、俺の魔法まで掻き消しそうな風圧が飛んでくるのだから。


 そして、その斧の速さも一段と速い。


 ルルカにはあんなこと言ったが、いよいよこちらも余裕を抱くわけにはいかないのも事実。集中しなければ、あっという間にあの世行きだろう。


「ちっ。もう、怪我しても恨むなよ?」


 移動しながらエアロを連続で唱え、斧を落とすため奴の右腕を狙いに掛かる。


 しかし――。


 すぐに、倒れている三人のほうへフロウを使わざるを得なかった。それは、雄叫びを上げながら奴が斧を振り下ろしたから。


 さっきまでと全く変わらぬ武器。

 さっきまでと全く変わらぬ軌道。


 だが、その威力は桁違いだった。


「くっ······!」


 これまでより多くのマナを消費しなんとか避けたものの、その大地へと振り下ろされる斧が生み出した爆風で、俺は回転しながら空高くまで飛ばされた。


 中空から下を見下ろすが、奴の姿が粉塵で隠れる――が、すぐに、奴が斧を振り回したことでそれは吹き飛んだ。そして、その後広がる光景を見て目を疑った。それはいつも、硬質な敵に使われていたから。


「強く······なりすぎじゃない······?」


 耳を塞ぎながら、ルルカもそれを見ていた。


 奴の振り下ろした斧――その砕いた大地が大きく真っ二つに長く裂けていた。それは、ざっと五百人は収まりそうなコロシアムほどのこの広間の端まで続くほどに。


「このままだと、ダンジョンが持たないかもな······」


 ――と、ここで突然ルルカが声を上げた。


「リューズ後ろっ!」


 咄嗟に、フロルを操ったことでその突進を回避できた。

 目の前の光景に唖然と気を取られていた。


「忘れてたな······」


 ルルカが叫ばなければ、俺等は今頃、空間の端まで吹き飛ばされていたことだろう。これは感謝だった。襲ってきたのはあの巨大な――フローアイの異種。通常のフローアイなら少し弾かれる程度だが、ここに巣食うこいつはその身体の大きさから、突進だけでも壁まで吹き飛ばす威力があるだろうと思えた。


 ルルカには改めて「助かった」と伝えたが、ウォークライが終わった今も尚、何故か耳を塞ぐ彼女は首を傾げるだけだった。


「まぁいいか。それよりも······」


 突進してくるフローアイをなんとか避けながら下を見た。


 こちらを見失ったラウルは辺りを見回し探していたが、すぐにどうでも良くなったのか、壁の側で横たわる残りの三人のほうへ歩き出した所だった。


 それを見た俺は、邪魔をするフローアイに向けエアロを飛ばしてから急降下。エアロは翼をかすめただけで、やや飛行能力を落としただけで倒すまでには至らなかった。もう一撃放てば、大きなダメージを与えられるかもしれない。


 しかし――。


 それでも今はそうして急降下せざるを得なかった。ラウルが、向かう途中で斧を振りかぶりそれを投擲していたのだ。


 結論から言うと――なんとか三人の元へは間に合った。


 空から下る勢いそのままフロウで低空飛行した俺は、迫り来る大斧を背に、一人、二人、三人と順に間一髪、彼等に触れることが出来た。そして、威力を増した斧が雪崩のように壁を崩すのを背中に迫るのを感じながら彼等をリュックへ。


 それから、瓦礫が散らばる入り口のほうへ降り立った。


「はぁ、はぁ······よし、これで全員だな」


 少しだけ焦りを覚えたが、もう安心だった。


 リュックの上から、ふわりと彼等を地面へ寝かせる。

 マナは弱々しいが、どうやら間に合ったよう。


 その後、こちらを鬼のような眼で睨む奴のほうを見た。


「あとはアイツか······」

「リューズ、あの人はどうするの?」

「心配するな。あいつ一人ならどうとでもなる」

「ど、どうとでもなるって······」


 ようやく、耳を塞いでいた手を離した不安そうなルルカにそう言った俺は、両手の人差し指と親指の先をつけて、手のひらを前方へ向けた。そして目を瞑る。


 マナをより洗練するための行動だった。

 風が前方――地面付近で這うように集まり、渦を巻く。


「――っ!? リューズ!」


 ルルカが見る前方では、遠くで斧を振りかぶるラウルがいた。

 ウォークライで強化された投擲の予備動作だ。


「うおおおおおおああああぁーっ!」


 スキルではない――雷のような雄叫びを上げたラウルが、その手に持っていた大斧を水平に投げる。


「リューズ!」


 両刃の付いた斧は豪速で、風を裂くように滑った。

 音を置き去りにし、瓦礫を真っ二つにするほどの威力で。


 そして、その瓦礫が砕けて斧が見えた時――、


「······フィルストーム」


 目をやんわり開いた直後、まるで地面で這うように渦巻いていた風が爆発するように塵旋風を上げる。風を裂く斧は下から突き上げられ、俺の髪をかすめて空へと昇った。背中で固く目を瞑っていたルルカが「た、助かった······」と自分が生きていることに安堵の声を漏らす。


 ――が、その塵旋風が消える頃、すぐにまた声を上げた。


「で、でも、リューズ! あの人こっちに走って来てるよ!?」

「······問題ない」


 直後、血走った赫眼のラウルに降り掛かり奴を押し潰した。


 それは、真っ二つに裂けた巨大なフローアイと瓦礫だった。


 それからすぐに、操縦士を失ったような大きな両刃斧が、それらの上を転がっては地面へ落ちた。


「や、やっつけたの······? だ、大丈夫? あの人死んじゃってない······?」

「あんなので死ぬなら、ラブリュスのリーダーをあいつはやってない」


 今、上位ギルドに最も近いギルド。

 それが“ラブリュス“だった。


 俺は、その奴が埋まった瓦礫に一目配ってから、側で横たわる四人に治癒魔法を施した。危機を脱するような、最低限の治癒だけに留めた。回復専門の治癒術士ヒーラーがいるのだから、それで十分だろう。


 その間に、ルルカは異種フローアイの翼と尻尾を取りに行くよう促した。異種型は本来ダンジョンの研究に使われるため一部しか採取は許されてないが、通常のものより二回りも三回りも大きいため「これまで通りの量なら良いだろ」と伝えた。


 治癒は程なくして終わった。


「おい、ルルカ。帰るぞ」

「んー。待ってー、もう少しー」


 また、ダンジョンはここが最深部だった。

 だから、これ以上の探索も必要なかった。


 思わぬ災害に巻き込まれなきゃ、なんてことないダンジョンだった――と、溜め息が漏れた。


 すると遠くで、


「ひぃっ!」


 小さく悲鳴を上げたルルカは、いま手に持っている分だけを持って、逃げるようにこちらに走ってきては、すぐさま俺の後ろに隠れた。


 隠れた理由は、瓦礫が動いたからだった。


 そして、そこから出てきたのは、頭に血を流しながらも思いのほかしっかりした足取りの屈強な大男――ラウル。だが、漆黒の鎧に身を包む奴の目は赫眼ではなく、人らしい白と黒の眼だった。


「てめぇ······」


 瓦礫の前まで出てきた――こちらを睨む奴を睨み返すような俺は、身体を翻して「行くぞ」とルルカに言った。ルルカは俺と奴を何度か見たが、俺がそのまま歩くのを見ると、両手に翼などを不器用に抱えたまま、拙い走りで後をついてきた。


 その時――、


「おい、待て」


 離れた後方から、先と同じ――野太い低い声が聞こえた。

 俺は振り向かず、一度足を止めた。


 少し間があってコツっと音がした。

 それから俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、


「············すまねぇ。助かった」


 胡座で両拳をついて額を下げているであろうアイツのほうを、表情変わらぬ俺は振り向くことなく再び歩き出し、困惑の一人の少女と共にその場を後にした。

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