金貨5枚目:両刃の斧と雄叫び
漆黒の鎧に身を纏っては大斧を持ち、猛獣のように息荒く佇む白髪のラウル。その周りには、奴のパーティである仲間が血を流して倒れていた。
「えっ、あれってさっき見た人達だよね? なんで仲間の人を······」
「恐らく······“アレ“だ」
「“アレ“? ――えぇっ、でかっ!」
目を向けた天井付近には闇に溶けるように黒い翼の、これまでより大きなフローアイがいた。また、瞳も通常のものとは違い黒瞳ではなく、ラウルと同じような真っ赤な瞳。
「惑いの瞳······」
「あぁ、そうだ。アレを食らうとアイツみたいになる。だからあの時厄介って言ったんだ」
ひとまず、俺もあの瞳を食らわぬよう念入りに「デルバリア」と、デバリアの上位魔法を唱える。
「再編が起きたダンジョンだと稀にこういうことがある。あれはフローアイの異種――いわば強化版と言っていい。きっとさっきの魔法使いはバリアの修練不足だったか、天井に居る敵に気付かず不意を突かれたんだろう。じゃなきゃ、いくらアイツでもこんな失態は冒さない」
ラウルの大斧は、こんな天井なら余裕に届かせることが出来る。もし、マトモに戦闘をしていたのなら最初の一撃で仕留めていたことだろう。
「で、で、で、でも、どうするの!? どうやってあの人を治すの? あの人やっつけちゃうわけじゃないでしょ!?」
「本当ならこの前の分も含めてこのまま放り投げてやりたいが、それこそ死人が出る。あれを治すアイテムまではお前も持ってないし、あの倒れた道具持ちが持っているかもわからない。気絶させるしか一番手っ取り早いだろう。フローアイを倒した所で、術もすぐには解けないからな」
奴の周りの仲間は血を流してはいるが、まだマナは感じられた。生きている証拠だ。正直、こんなのは内臓を踏みにじるほど不本意な気持ちで一杯だが、出来るのに何もせず、目の前で人が死ぬのを見て見ぬ振りするのはもっと心地が悪い。
「······仕方ない。まずは周りを助けるぞ。ラウルはそれからだ」
奴の仲間――つまり倒れているのは全員で六人。先に奴と戦闘をしてもいいが、その六人が巻き添えを食らう可能性は高い。生きていると分かれば狙われるだろう。
するとその読み通り、ラウルはその倒れてる中でも唯一意識のあった一人の男のほうを向いては斧を振りかぶった。
「リューズ!」
「わかってる! ――フロウ!」
咄嗟に魔法を唱え、風の玉を飛ばした。そして、その風の玉は斧の刃の下にいる男を弾き飛ばす。直後、振り下ろされた斧は男が直前にいた大地を陥没させたように砕いた。
「うえぇ······すごい威力。クルミなんて簡単に割れちゃいそう······」
「呑気に言ってる場合か。掴まれ、行くぞ」
「えっ? 行くって······うわああぁっ!」
よく理解する前の――ひとまず魔法衣を掴んだルルカを連れて、俺は奴のほうへダッシュ。片手にフローアイの羽根、腰に割れたボトル入り袋を携えるルルカはその中で体勢を立て直すと、背中におんぶしてしがみつくような姿勢で、
「で、で、で、でもさ、わざわざ近寄らなくてもいいんじゃないの!? あんなの当たったらやばいし、ほら、私のリュックに色々しまったみたいに、あの人達をあの魔法でひゅいーっとさ――」
「フロルは相手に触れないと効果が出せない。別の魔法でさっきみたいに弾くことは出来るが、あの数の怪我人を大きな刺激を与えず安全な場所まで運ぶってなると、触れて操るしかない」
「じゃあ、あの人が死なない程度にやっつけるのは!?」
「無理だろう。俺とアイツは相性が悪すぎる」
「相性が悪いって?」
「······それは後だ。来るぞ」
「来るって、なにが············ひいいぃっ!」
赫眼のラウルはこちらに体を向け、睥睨していた。敵と認識したのだろう。対象がこちらに向くのは無駄に弾かないで良い分好都合ではあるが、しかし、その分は当然こちらに来る。
「えっ、あんな所で何を······」
奴はその場で、漆黒の鎧に包まれたその屈強な身体をねじると、まだ随分離れた距離から、両方に刃の付いた巨大な斧を水平に投げた。
「ひいいいいぃーっ!」
「エアロ!」
回転する両刃斧に向け、風の刃を放つ。――が、柄まで鉄の斧は僅かに軌道が変わるだけで打ち落とすまでには至らず。ルルカを背負う俺は屈んでそれを避け、また走り出す。
後方で、遺跡の石柱が次々砕ける音が響いた。
「うへぇ······入り口で待ってたら危なかったかも」
「まだ油断するな」
「えっ?」
一度アイツのパーティに加入していて良かったと、今日ばかりは心の底から思った。じゃなきゃ、俺はこのまま何も考えず直進していたことだろうから。
「ひいいいいぃーっ! 斧が戻ってくるーっ!」
「奴の《スキル》だ」
石柱を砕いた斧は威力を全く失うことなく、切り返すようにこちらへ向かって来ていた。フロルを自分に掛けて身軽な俺は、それを駆使し、今度は宙へ跳んでそれを躱した。そうして俺は宙で、フローアイを裂いた「エアロ」を唱える――が、しかし、その風刃を奴は、戻ってきた斧をキャッチしては振り回し弾き飛ばした。唯一弾かれずに当たった一撃も、まるでかすり傷にも満たず。怯む様子もなければ利いた様子もない。
着地した俺は追撃で「フロウ」を唱え、奴を牽制。刃とは違う、面に近い魔法の『フロウ』は捌かれ切ることはなく、残りの風圧で少しだけのけぞらせて奴を押し戻した。しかしやはり、すぐにこちらを見据えダメージは感じさせない。
くそっ、無駄に頑丈な身体しやがって――と、一度舌打ち。
「あれが、俺とアイツの相性が悪い理由だ。エアロぐらいの魔法なら、奴はあの斧で風を分散させられる。もっと強力な魔法を放てばなんとかなるだろうが、それはそれで周りが巻き添えを食う可能性があるからな。打とうにも打てない」
「そうなるとやっぱり、周りを助けるしかないんだ······」
「あぁ」
――と、ここで、着地して走り出していた俺はようやく倒れていた一人目にタッチ。血を流して気を失っているのは射手の男だった。フロルを付与したため、その男をふわりと浮かせると、ルルカのリュックにのし掛かるように張り付けた――が、後ろで「味方だと頼もしそうだけどね······」と、ラウルを見ながら呟く彼女は「ん?」と、それに気付くと声を上げた。
「あぁーっ! 私のおニューのリュックがーっ!」
「我慢しろ、また買ってやる」
「7500ゴールドもしたのにーっ!」
意外と安いじゃねぇか――と思ったのはさておき、もしかしたらこの日のために買った新しいリュックに血が垂れてしまってるのだから、頭を擦りつけて嘆く彼女の気持ちも分からなくはない。
ともあれ。
それから続けてすぐ、側にいた治癒専門の術士――ヒーラーの女と道具保管兼鑑定士の男も同じように触れては積んだ。同時に、鑑定士の男の傍らに落ちていた小袋を手で取ってはその中を覗いたが『惑いの瞳』を治す薬は入っておらず。持っていても対して支障はないが、もう一度地面に放り捨てた。
そうした時――、
斧が振り下ろされるのを横目に捉えたため、一旦飛び退き距離を取った。斧が大地を砕くのを回避してからも移動しつつ見ては、怪我人に付与した分のマナを自前のボトルを飲んで回復。まだまだ枯渇することはないが“念には念を“だ。
倒れている残りの人間は魔法剣士と砲術士の男。そして、意識はあったが俺が咄嗟にフロウで吹き飛ばしため、転がっていよいよ気絶したのか――皆ほどではないが怪我をしている盾使いの男。その傍らには大きな凹みの鉄盾。
ガードしたが耐えきれなかったか――と、改めて目の前にいる剛腕の持ち主の強さを知る。
――が、その瞬間だった。
「うおおおおおあああぁっ!」
突然、大気をビリリと震わすような咆哮が。
ラウルの放ったものだった。
思わず「ひぃっ!」と、直前まで喚いていたはずのルルカが怯えたように抱きつく。
「な、なに、あれ······」
「あれは······『ウォークライ』だ」
「ウォークライ?」
「咆哮で自分の戦闘能力を高めたり、味方の士気を上げる『スキル』だ。また、相手には敵の戦意を喪失させたり、戦闘態勢を解いたりすることができる」
「そ、そんなのが······」
遺跡全体をいまだ雷鳴の如く震わす、野獣にも似た咆哮を上げるラウルのほうを、距離を取った俺はしかめ面で見る。驚きでフローアイの羽根を奴の近くに落としてしまったルルカは、今は出来るだけ両手で耳を塞ぎながらこちらの話を聞いていた。
――が、何かに気付いたようで。
「で、でもっ! リューズは大丈夫だったの? リューズもあれ食らってたらフロル解けてるんじゃないの!?」
彼女の言うことは最もだった。
俺とて、あれをモロに食らったら一瞬身を竦ませ攻撃を受けていたことことだろう。当然、フロルも解けている。だが、俺には最初に斧を避けた時のように、パーティに加入していてよかったと思う経験があった。
だから――、
「俺は、耳栓をしてるからな」
そんなのは、既に対策済みだった。