金貨4枚目:見覚えのある男
それからの討伐はフローアイ六体。
宝箱も一つ見つかった。
宝箱の中身は錆びたペンダントだった。
「うんうん。これだけあれば一週間はいけそうな気がするね」
それを売って生活の糧にするのか、六体目のフローアイを倒しその翼や尻尾をリュックへ押し込むようにルルカはしまおうとしていた。傍に立って俺は「欲張り過ぎじゃないか?」と苦言を呈す――が、彼女は耳を貸さず。すると案の定、リュックの蓋の役割をするベルトが「あれ、届かない」と不満の顔。
何度か無理に引っ張るもやはり届かず、しまいには「まぁ、いいや」と切り替えたように彼女は諦めてそのままリュックを背負う。――が、こういう時ほど人というのは何かやらかすもので、歩き出してすぐ彼女は瓦礫に躓いて中身を豪快にぶちまけた。言わんこっちゃない――と、俺が顔に手を当てたのは言うまでもない。
「あぁー、もうっ! ダンジョン嫌いっ!」
カタツムリさながらのまま彼女は手足をジタバタさせて、数十分前の自分を喚くように否定。揺れる度にさらに中身が次々と溢れ出る――が、意外にも驚いたことに後のほうから出てきたのは小さなボトルばかりだった。
俺は、手の平に収まる大きさのそれを一つ拾った。
「お前、これどうしたんだ?」
「ん? どうしたって、魔法使うから必要かなと思って」
「そりゃは有難いけど······でもちょっと、多すぎじゃないか?」
その小瓶は、魔法を使うための『マナ』回復用のボトルだった。先日、俺が盛大に割ってしまったボトルと同じタイプのもの。しかし、量はその時見た数の倍はあろうか、まだまだ溢れ出る溢れ出る。ボトルに埋まり始め「だって、ダンジョンなんて初めてだしー!」と、そのままジタバタ喚く彼女には似つかわしくない程の量だった。
しかし、量はさておき、こうして俺のためにマナボトルを用意してくれてる点やさっきの気遣い。ただワガママな傲慢な奴だと最初は思っていたが、案外気の利く奴なのかもしれないと思った。俺も二本マナボトルを魔法衣の内に控えてはいるが、まさかこいつが持ってくるとは思わなかった。自分のことは自分で準備するのがこれまで普通で、人がボトルを用意してくれることなど、よっぽどの時だと思っていたから。
だから、
「はぁ······そんな重いもん持ってたなら早く言えよ」
不器用ながらもそういった気を遣ってくれるのならこちらも話が変わる。そこまでマナを消費してはいないが、回復しておこうと、その手にしたボトルを飲んだ俺は魔法を唱えた。
「フロル」
ルルカのリュックに俺は左手で触れる――と、
「お? おぉー?」
驚くルルカの身体はふわりと宙に持ち上がり、その両足をゆっくりと地面に下ろす。そして、風がリュックの蓋を開き、落ちたボトルや戦利品を次々と収納していく。再び蓋が閉じた時には、地面に散らばっていたのは割れたボトルとフローアイの翼の一片だけ。リュックに入りきらない分だ。
「おぉー、すごいすごい。みっがるー! ――リューズ、これは?」
「『フロル』って言って、身体を浮かせたり荷物を運ぶのに使う魔法だ。多人数パーティだとマナの消費が激しいから使わないが、お前とそれぐらいの荷物なら往復する分には軽く運んでやれる」
「へぇー、便利ー。······ん? けど、そのまま戦えるの? 魔法って一つずつしか使えないと思ってたけど」
「これは軽さを付与する魔法だからな。一定のマナをあらかじめ送ることで、本体とは別に自動で発動してるようなもんだ。まぁ、与えたマナが切れれば重さも元通りだがな」
「えー、そうなのー? また重くなるの嫌だー」
「わがまま言うな。それに一瞬じゃ重くならないから安心しろ。徐々に重さが掛かる感じだ。無意識に“足が疲れるなー“って具合に」
「そうなんだ。じゃあ安心かも?」
何故か疑問符で首を傾げるルルカはさておき、説明してる最中、ふと、攻撃魔法と回復魔法は同時に使えないという先日の諍いを思い出した。が、ともあれ、併用できない事は言う必要ないだろう――と、ルルカには言わなかった。回復魔法はマナを他者に送り続けるため触れなきゃいけないからその間は攻撃できないなど、やはりマナを全く身体から感じない彼女には無縁のことだと思ったから。
「ねぇねぇ、リューズ。この魔法って街でも使えるの?」
「あぁ、攻撃魔法以外は禁止されてないからな。使用可能だ」
「へぇ。じゃあ1000万G借金減らしてあげるから、私の家から帰りまで、ダンジョン行く時はフロルで運んでよ」
「どんだけ楽したいんだよ」
「だって、この荷物せいで身長が伸びなくてもいいの!?」
「しかも大事なのそこなのな······」
それなら今ここで荷物減らすかダンジョン入るの諦めろよ――と思ったが、どうやらその選択肢はないよう。割れたボトルを小袋に入れ、フローアイの翼も手に抱えているのだから。
「よし」
「よし、じゃねぇよ。翼はまだしも割れたそいつは要らないだろ。ダンジョンが再編する時にどうせ飲み込まれるんだ」
「リゲイン?」
「無作為に時々起こる、簡単に言えばダンジョンのリセットだ。モンスターや宝箱などをランダムに再生成するんだが、その時に要らない物を置いておけば消滅してくれるってわけだ」
「へぇー、ダンジョンって変わってるんだねー」
「今更か」
「そのリゲイン······? って急に起こるの?」
「予兆があってそれから三十分後くらいだ」
「へぇ、出れなくなったら大変だね」
「出れなければな。ただ、その予兆が出たらギルドから通告が出てダンジョンには入れなくもなるし、中に居たならそこまで報せに来て外までサポートしてくれる。サポートは最上位ギルド並みパーティが来てくれるから安心も出来るしな」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ気にしなくていいね」
――と、そこまでを聞いたら割れたボトルを置いていくかと思いきや、身体を翻して奥へ進むルルカ。「おい、聞いてなかったのか」と突っ込もうとしたが「あっ! 道が二つある!」と駆け出した自由奔放さに、俺ももうどうでもよくなった。
「どっち行く?」
直進と右に道があった――が、俺等は右に曲がった。そっちのほうが最深部に近付いている気がしたから――という、根も葉もない頼りにもならなさそうなルルカの直感を元にしてだが。
ともあれ、そんな道を進んですぐのこと。
「あっ、そういえばリューズ。さっきのマナボトルだけど、一本100万Gだからね。割れた分も含めて弁償してね」
「ボッタクリか。ってか、それは弁償するなんて言ってない」
「なにそれ、ずるいよ! 勝手に飲んどいて弁償しないの!? リューズは店で食べ物食べてからお金払うタイプなんだ!?」
「そいつは流石に先に払うが、今回は建前パーティなんだから別にそれぐらいその翼の分で――うっ」
急に、曲がり角を曲がったばかりの俺の胸に何かがぶつかった。俺と似たような服を着る――やや長い紫髪の男だった。そして、俺にぶつかって体勢を崩しながら男はよろけるように俺達の来た道を、
「はぁ······知らねぇ······。はぁはぁ······あれは俺のせいじゃない······俺のせいじゃない······。はぁ······俺は悪くない······」
と、ブツクサ言いながらこちらを横目に、焦るように走り去っていった。
「なんだろ?」
「さぁ······? モンスターでも怒らせたのかもな。――ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんか今の男、見覚えあるなと思って············っ!?」
それが誰か分かった途端、俺は羽根のように軽いルルカの手を取って、その男が来た道を走り出していた。
「ちょ、ちょっとー!」
「いいか、ルルカ。これから絶対俺を離れるな」
「えー、なんでー?」
「いいから絶対にだ!」
らしくもなく声を上げたからだろう。それから少し驚いたルルカは「う、うん······」と口を噤んだ。俺はそれに気を遣う余裕もなく、先のことに思慮を巡らしながら、彼女を連れて直線の通路を駆け続けた。
あの魔法衣······あれは俺と同じ魔法使いのもの······。ダンジョンでそういった人間に会うことも珍しくはない······。ただ、あの“魔法衣“を着る男――あいつが所属していたパーティは魔法使いが一人だけだった! ただの、腕力が通じるだけのだけのダンジョンなら問題ない。もしも、アイテムを万全にして簡単なダンジョンだと甘く見てなきゃ問題ないだろう。
だが、もしもだ。
もし、こんな小さな遺跡で下位ギルド――そのパーティ以下でも入れるからとその二つを怠り、こんなフローアイばかりが出るダンジョンで魔法使いがいなかったらどうなる!?
その答えは明白だった。
「――っ!? くそ、やはり······」
通路を走り抜けた先――その四角い大広間の中心には、パーティの仲間を倒したであろう大斧を持つ――赫眼のラウルがいた。