金貨3枚目:無垢に救われた小さな命
「なんでこんなトコ居るんだろ? ――ん?」
その無垢な声は聞こえたが耳を通り過ぎ、俺は込み上げる怒りに拳を震わせていた。
先日、雨の夜に追放されたことを思い出し、それだけに怒りを覚えているだけじゃない。昨日までと一人違うだけの男性を連れた、他は何も変わらぬ澄ました顔のパーティに怒りを覚えた。主にサポートに徹してきた俺など最初からそこには居なかったかのように、何もなかったかのようにラウル含め、元パーティの仲間はそんな顔をしていたのだ。
「どうしたの? 怖い顔してるよ?」
“アイツは使える魔法使いだった“とか“やっぱパーティに戻そう“とか、そんなやり取りが裏であったならば······と、俺は惨めにも心の隅で思っていたことを知った。僅かながら希望を抱いていた。
だが、現実はそんなことなかった。
烏滸がましいというのは分かってる。けど、あそこまで“俺は存在していなかった“と思うような光景には、怒りと虚無を織り混ぜたような感情を抱かざるを得なかった。
「ふざけやがって······くそ······」
使えなければ代わりが見つかるまで繰り返せばいい。
奴等の表情からそれが透けてくるようだった。
ギルドやパーティであればそれは当然だと分かっていたつもりだが、いざ自分がそうなるとそうでないと知った俺は、その新たな紫髪の魔法使いを連れたその一行を睨み続けた。――が、
「······」
「······ズ。······おーい。リュ······ズ」
「······」
「ねぇ······ューズ」
「······」
「リューズっ!」
叱るような声に、ようやく我に返った。
すぐに“何してんだ、らしくない“と身体の力を緩めた。
血が出そうなほど奥歯を強く噛み締めていた。
拳も、爪が食い込むほどに握っていた。
その痛み冷めやらぬ中、自分を叱るように呼んだ彼女のほうへそっと目を向けた。彼女からは「ボーッとしないで」と怒られるかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。それどころか、彼女は俺の前に立ち、胸で両手を握るようにしながら覗くような顔で、
「大丈夫?」
その顔は、本気でこちら心配してくれてるような顔に見えた。
「······あぁ、悪い。大丈夫だ」
――なんで、出会って間もないお前がそんな顔できる?
「俺は今、お前の護衛だったな」
だから、湖面のように揺れそうな彼女の青い瞳を見て『魔法使いの溢れる街ならこんなのは普通のこと。知識を貯めようと出遅れたせいで、俺はまだ“代えの利く魔法使い“に過ぎないだけのこと』と言い聞かせて、自分を戒めるように怒りを鎮めた。
事実、この街の魔法使いは数で溢れていた。
上位ギルドのパーティは条件があり厳しいが、能力関係無しに入れる下位ギルドのパーティ枠が空いたのなら、そこになんとしても入りたいと思うのはこの街の魔法使いなら誰もが思うこと。あのパーティの最後方にいるぎこちない男もきっと同じだろう。
ラウルは野心に溢れた奴を好む。
だから、きっとどこかで『ラブリュス』の席が空いた情報を仕入れた彼を採用したのだろう。今回はその採用試験なのかもしれない。
「······」
正直、悔しさはある。
じゃなきゃ、誰が自分を忘れたりするものか。
······しかし、
「もう、ここに忘れもんはないんだったな?」
「うん、大丈夫」
とてもパーティとは言えない編成だが、側に居る彼女が本気で心配してくれるのを見て少しだけ心が救われた。借金を楯にワガママを言う少女と従者――ややマトモな関係性ではないが、あのパーティに帰属するよりは、俺にはこれがよっぽど向いてるのかもしれないと思った。だから――、
「じゃあ、行くか」
今は少しだけこれを続けようと思った。
「おい。だから、俺より先に行くな」
「いーじゃん、別に。敵居ないんだし」
俺は、大斧を先頭にしたパーティが消えた方向を一瞥してから、ルルカと共に別の道を進んだ。