金貨1枚目:パーティ追放と薄緑髪の少女
新作です。よろしくお願いします。
ラウルの拳が飛んできて頬に当たった。
俺はギルド小屋の端まで椅子と共に吹き飛んだ。
「てめぇのせいでSレアモンスター逃がしたんじゃねぇか! なんであの時追撃しなかった!?」
辺りのざわめきは静まっていた。
俺は、切れた唇を魔法衣の袖で拭った。
「治癒と攻撃を同時に行えるわけないだろ! 何度言えばわかる! それに! ――うっ!」
今度は蹴りが俺の身体を吹き飛ばした。
さっきと同じ、大斧を振る剛力の腕のような威力。
蹴られた衝撃で、入り口から外まで飛んだ。
白い髪の雷神のような奴は、俺の身体で壊れた扉から外に出てくると、
「うるせぇ! てめぇのせいで折角訪れた上位ギルドの仲間入りを逃したんだ! そんぐらいてめぇでも分かんだろ!」
そうして雨のなか、俺の身体を踏みつけた。
バキッ、と数回、何かが折れる音がした。
「ケッ。肝心な時に使えねぇやつなんか要らねぇ。お前はもう『ラブリュス』から除名だ。消えな」
去り際に、顎を強く蹴り上げられた。
その衝撃で俺は吹き飛び、道具屋の樽を壊した。
朦朧とする中で、奴が壊れた入り口から戻っていくのを見た。それを、奥歯を噛んで睨み付けたが――なんとか持ち上げた頭はすぐに道具屋の露店に倒れた。
「くっ······はぁ、はぁ······」
上位ギルドの仲間に入りたいのは誰もが望むものだった。上に行けば行くほど受託出来るダンジョンも増え、敵も強くなるがその分“栄誉“と“見返り“もあった。
俺も、それを求める一人だった。
だから、折角の上位ギルドに上がる条件一つ――『Sレアモンスター』を狩る機会を逃した奴の怒りは分からないでもない。ただそれでも、奴はあまりに向こう見ずだった。
「く······そ······」
水溜まりに自分の憐れな面と黒い髪が映る。痛みをこらえ、小さく「ヒール」と魔法を唱えた。左手の風の紋章が光り、緑の粒子を周りに浮かばせる。
「うっ······」
染みていくように、擦り切れた傷、内部の細部までをも魔法が治療していく。
「はぁ、はぁ······」
程なくして傷が癒え、再び露店の板に頭を預けた。
「はぁ······」
いい加減、付き合いきれないと思っていたから丁度いい頃合いだ――と自分に言い聞かせた。次はどこのギルドに入ろう。もう少しマトモな奴が前線だといいが、などとも。
とにかく、今日はもう夜も更けた。
明日また探しに行くか······。
そうして立ち上がろうと、まだ力は戻らぬ頼りない両手を水溜まりの地面に置いた時だった。
「ん?」
ふと地面に影があることに気付き、見上げると頭上に薄緑のショート髪の少女の顔があることに気付いた。それはまるで、池の蛙でも覗くような丸く青い瞳でこちらを覗いている。
「だいじょーぶ?」
「ん、あ、あぁ······。ここの子か? 悪いな、店荒らして」
「ううーん。それより怪我は?」
「もう大丈夫だ。魔法で治ったから」
「へぇ、今の魔法だったんだ」
「見るの初めてか?」
「うん。街に来たの初めてだから」
「へぇ、初めてか······」
辺りを軽く、目だけで見回した。
一面は食べ物やマナ回復用の割れたボトル、俺が壊したであろう樽の破片などで散らかっていた。商品として扱えそうな物は残っていない。おまけに、露店の屋根を担っていたおんぼろのテントは傾いて今にも倒れそうだ。
「それは······悪いことしたな」
全てが自分のせいではないとはいえ、流石にバツの悪くなる俺はひとまずこの場を納めようとこんな提案を。
「弁償はする。この辺のは、ひとまず俺が買い取ったことにしてくれ。それで手を打ってくれないか?」
幸いにも、俺にもこれまでギルドで貯めた金は程々にあった。嫌みでも自慢でもないが、この規模の露店商品なら数件は買い占められるぐらいに、だ。
すると、上で首を傾げる彼女は、
「ん? それは、全部買い取りってこと?」
「そう。全部」
「全額払う?」
「あぁ」
「ぜったい?」
「今は少ししかないが、後で必ず払う」
「嘘ついたら?」
「裁判でもなんでもいい。なんだって言うこと聞くでもいい」
「なんでも?」
「あぁ、なんでも。ほら、それでいいだろ」
何度も聞かれ、つい、子供の念押しだと適当にあしらった。
「お兄さん、名前は?」
「リューズ。リューズ・レルクだ」
「リューズ······ふーん······」
すると乗り出していた身を引っ込め、頭上から消える彼女。怪訝に思うもなかなか彼女は帰ってこず、立ち上がるために入れた力を一度緩めた。
そうして彼女を待っていると、正面から笑い声が聞こえてきた。複数の笑い声だが、中でも大きいのは俺をここまで吹き飛ばした奴の声だった。ついそっちに目が行き「ちっ」と一度舌打ちした。――が、そんな折り、
「リューズのお兄さん」
また上から、さっきの幼い少女の声が聞こえてきた。
だが今回は、俺はそちらを見なかった。
「本当に、おとこに二言はなーい?」
「あぁ、ない」
「ほんとーに?」
「あぁ、何度言わせる」
「ふーん。本当に、私の商品全部買い取ってくれる?」
「だから言ってるだろ、全部買い取るって」
「買い取らなかったら?」
「なんでも言うこと聞く。裁判でもなんでもしろ」
「ぜったい?」
「だからそう言ってるだろ」
耳障りな宴の声に苛立ちが再燃し始めていた俺は、今話してる相手にもついそれを強めの語気でぶつけてしまった。――が、すぐに子供相手に情けないと我に返り反省。だが彼女のほうは気にするような声でもなく「よしよし」と謎の独り言。それから、もう一度こちらに問いかける。
「んー、じゃあ弁償してもらお。ホントにいいんだね?」
「あぁ、いいよ」
「ふーん。ふふふっ······。ふーん」
「なんだ、早くしてくれ。幾らだ?」
だが、その先はなかなか返ってこず、俺は思わず少女のほうを見上げた。前の離れた場所から聞こえる――仲間だった奴等の笑い声が気になり、少しでも早くこの場から離れたい気持ちも逸っていた。
······だが、それでも、そんなことよりも俺は今は、
「んー、じゃあ、弁償代金だけどー」
人もまばらなこんな雨の中で露店を開いて、『初めて魔法を見る』だなんて言って、そもそもこんな露店を、俺よりいくらも小さいであろう子供みたいな少女が一人で開いていることに疑問を持つべきだった。
そんな商人は、この街中を探したって誰一人居ないのに。
「全部で――“金貨100億万枚“ね。値段、まだ付けてなかったからいいよね?」
彼女の手にはいつの間にか、裁判などに使う『記録結晶石』が握られていた。その白い光をチラつかせながら彼女は満面の笑みをしばらくこちらに見せていたのだが、その無邪気な笑みとは裏腹に、さっきの言葉の後半には既に『記録結晶石』の“記録中“を示す光はすっかり失われていた。
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