34年後ーー
「おじいちゃん!ヒルダ先生来たよ!
魔法のお勉強の時間だよ!」
「ん?ああ、今いくよ。」
春と夏の合間の、暖かくもあり涼やかな風が優しく頬を撫でる季節。
儂はこの季節が一番好きだ…。
よく晴れた青空を、手入れのされた庭で番犬と共に眺めていると、孫娘のユリアがすぐそばの屋敷の窓から身を乗り出し元気に声を上げる。
週に3回、魔法ギルドから講師を呼んでいる。
儂と孫娘のユリア、あと一人生徒がいる。
かつての仲間である大魔法使いの御墨付きの魔法使いで、技術もさることながら教え方も上手く、ユリアもメキメキと成長しているのが素人目でもわかる。
儂は…、魔法は得意ではないが、実は魔法や術式の理論に関してはそこら辺の魔法使いには負けない!と、自負しているほどの知識はある。
結婚し子供が産まれ、その子供も結婚し孫娘も出来たが、日々の勉強や鍛練のおかげもあってかその知識は衰えることなく残っている。
身体の鍛練も同様に行ってはいるが、流石に歳も52になると全盛期に比べ体力は半分位には衰えている感もある。
ただ、魔法の知識はあるのだが如何せん魔力の絶対量が少なく、構築した術式を上手く顕現出来ないのである。
番犬兼愛犬 ーーと言っても本当の犬ではなくウィンドウルフという魔物なのだが、赤ん坊の頃に傷付き倒れていたところを拾い、そのまま番犬となったーー の、ハリルの頭を一撫でして屋敷へと向かう。
勉強部屋として机と椅子、先生が使う大きな記入板を壁に設置した元応接間に庭から直接入ると、ちょうど廊下とを繋ぐドアが開き、孫娘のユリアと先生である魔法使いヒルダが入ってくる。
「フェンスさん、おはようございます。お庭にいらしたんですね。
今日は最高のお天気で気持ちが良いですね。お邪魔してすみません。」
こちらがお願いして来てもらっているのに、ヒルダは邪魔をしたと頭を下げてくる。
確か、17だったか…。
この謙虚で丁寧な物腰をその若さでどこで身に付けたのだろうか?貴族などの出ではなかったはずたが…。
「ヒルダ先生、頭を上げて下さい。教えを乞う身、わざわざ屋敷へと来ていただいているだけでもありがたいのに、こんな爺に頭を下げる必要などありませんよ。」
「じ…!そ、そんなっ!フェンスさんはまだまだお若くいらっしゃいますよ!」
パッと顔を上げたヒルダがわたわたと手を振って否定してくる。その仕草や表情は年相応だ。
「おじいちゃんもヒルダ先生もいつものお決まりはそのくらいにして、早く勉強しようよ。」
呆れ顔のユリアがトントンと専用にしている机を指で叩く。
儂は平民の出ではあるが魔王討伐の恩赦として、何度も辞退は申し出たのだが根負けして貴族の地位を王国から貰っている。
ユリアには貴族として恥ずかしくない教育を、騎士爵ではあるが貴族出の母親コーネリアが行っているはずだが…。儂も息子のアルディも貴族としての自覚も素養も足りていないので何も言えない。
この出来たヒルダと比べると贔屓目に見てややお転婆だ…。
まぁ、そこが可愛らしいところでもあるのだが。
「ヒルダ先生、今日ルシオスは来ないんですか?」
いつの間にか席に着いたユリアが、教壇としている記入板の前へと向かうヒルダの背中に話しかける。
ヒルダはそのまま教壇へと向かいこちらに向き直ってから答える。
「ええ。ルシオスは今日、先輩冒険者の手伝いで東の森に行っています。なんでもゴブリンの被害がここのところ増えているらしくて、その調査とついでの薬草採取だそうです。」
「ふーん、そっか…。これでまた、あたしとの差が出来ちゃうわね。」
ルシオスとは、ヒルダの弟である。
姉とは違い魔法ではなく剣の道を選んだ、新米冒険者でもある。
剣士ではあるが多少の魔法を使えた方が何かと便利ではあるため、普段はヒルダの授業を一緒に受けている。ユリアはああいった態度ではあるがルシオスを気に入っているのだろう。常にああいった言動でルシオスをからかっている。
ルシオスも言われて悔しそうにしてはいるが、ひとつ歳上なこともあってかなんだかんだ面倒見は良い。
まぁ年頃の男女、よくある光景だ。
恋仲?断じて違う!
ユリアは嫁にはやらん!!
しかし、ゴブリンか…。一応報告は入ってはいるが、冒険者ギルドに調査依頼が出るくらいに被害が増えているのか。
儂の方でも少し動かないといけないか…。
「フェンスさん…?」
「ん?お、おぉ…」
そんなことを思っている内に授業は進んでいたようだ。記入板には呪文の一文と術式を表した魔法陣が描かれている。
「おじいちゃん、ヒルダ先生に見蕩れてたんじゃないでしょうね…。おばあさまに言いつけちゃうわよ。」
「はは…、何を言ってるんだユリア…。
儂はこう見えて一途なんだぞ…」
ユリアが横目でじとっとした視線を突き刺してくる。
綺麗な娘だとは思うが、孫ほど歳の離れたヒルダに見蕩れるなど、間違ってもありえない。一途と言ったのも本心ではあるが、頭が上がらないのも事実ではある。謂れのない告げ口はやめて頂きたい。
「~~っ!ユ、ユリアさん!?
な、何をおっしゃってるんですかっ?!」
ヒルダはまたわたわたと手を振っている。
「おほんっ!
ところで、ヒルダ先生。すまんが少し呆っとしてしまっていたようだ。その術式についてかな?」
「え?あ、あ、そ、そうですっ!
フェンスさんには雑作もない質問でしょうが…」
ちらっとユリアに目をやるーー
が、質問を振られたら困るとばかりにユリアはパッと視線を反らす。
「うむ…。その呪文は『パラライズ』、麻痺の呪文、陣はその展開術式だな。
このタイプの術式は古く古魔術ではこれとはまったく別の呪文と術式で表されるが、そこに書かれている近代魔法では『与える』といった共通術式で呪文と術式を表せる。
それぞれ『麻痺』に当たる部分を『毒』や『睡眠』に変えることによって様々な効果の魔法に対応出来る。また、その複合も可能となる…。で、良かったかな?」
「すごい…。完璧です!!」
ヒルダは一瞬キョトンとした顔をしていたが、すぐにキラキラした目でパチパチと手を鳴らす。
「おじいちゃんは相変わらずね…」
「はぁ~~、これがフェンスさんの無駄な魔法知識…」
「んんっ?!」
何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような…。
「あ!あぁっ!?す、すみません!そういったわけではなくてっ、その、あの、前に師匠がそう言ってたもので……つい…」
あいつめ…。弟子にまでそんなことを言っているのか…。
恐縮してペコペコと頭を下げ続けるヒルダを落ち着かせるために、落ち着いた声を作って話しかける。
「魔法を録に使えない儂がこんなことを言うのもなんだが、魔法に無駄なことなど無いと儂は思ってる。
基礎を突き詰めれば、詠唱の効率化や効果の上昇、また基礎から新たな発見があることもある。
魔法だけの話ではないが、剣でもなんでも基礎は大事なものだよ。」
「「………」」
偉そうなことを言ってしまったかと思ったが、二人とも儂に目を向けたまま黙っている。
変なことを言ったか?
「す、素晴らしいですっ!正にその通りだと私も思います!」
ヒルダがまた、キラキラ目でパチパチ手を鳴らす。
ユリアの儂を見る目も少し変わったかな?
「師匠にも、今の言葉を延々と聞かせて上げたいです…。」
「はは…。あいつは直感的な天才だからなぁ…」
ヒルダの師匠ミリアーナは、誰もが認める天才魔法使いではある。
が
猫獣族であることも関係しているのか、魔法は理論的なものではあると思うのだが、彼女は本能的に魔法を使う。
そのため、他者に教えるといった行為を一番の苦手としているようだ。ヒルダはよくそんな師匠の元でここまで成長したものだ。反面教師といったところか?
「で、では!座学はここまでにして、この後は外でこの付与魔法の実践と魔力鍛練を行いましょうか。」
そう言ってヒルダはパタンと手元の魔導書を閉じる。
「やった!
ほら!おじいちゃんも早く準備して!」
ユリアは座学より課外授業が好きなようで、外に行くとなると表情がガラッと変わる。考えるよりも動く、戦士向きな性格だとは思うが、それは加護の儀式が終わってからでも良いな。
ユリアこそ、ミリアーナに弟子入りした方が良いのでは…。と、ふと思う。
三人連れ立って部屋を出てエントランスへと向かう。
途中、先を歩いていたヒルダが我が家の中心、入口から見て正面に大袈裟に飾られている大盾を見て立ち止まる。
「…先生?」
「え?あ、あぁっ!すみません。少し呆っとしてしまいました。」
「どうかしましたか?」
「い、いえ!いつも見て思うことなんですが、フェンスさんはこの盾を持って戦っていたんですよね…」
「あ、ああ…。そうだな…」
ちらっと盾の方に視線を向けるがすぐに戻す。
普段はなるべく視界に入らないようしているし、そもそも近づかない様にここを通らず庭から出入りしている。儂としては倉庫にでも押し込んでおきたいのだが、家族の総意でここに飾られている。
「師匠から色々とお話は聞きますが、激しい戦いをくぐり抜けたとは思えないほど、綺麗で神聖な雰囲気があって、見ているだけで安心する様な感じがします…」
「………」
「あっ!すみません!余計なことを申しました。」
ヒルダがわたわたと頭を下げる。
「…構わないよ。神の加護を受けた盾、そう感じるのが普通だ…。
さぁ!先生!そんなことより早く行きましょう。」
話している間に入口の扉まで進んでいたユリアに向けて歩き出す。
「…儂にはそうは感じられないがな…」
「おじいちゃん……」
ぼそっと漏らした言葉をユリアに聞かれてしまったか?
何でもないと言って先に外に出る。
二人も黙って後をついてくる。
行き先は南門を出て少し歩いたところにある草原だ。
PV累計2000越えました。
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