勇者誕生?(2)
前回意識を失って目を覚ましたところから始まります。
遂に異世界です!
「ぐふっ!」
お腹に強い衝撃を感じた真魔は激しい痛みと共に目を覚ました。周りを見ると可愛らしい幼女と綺麗なお姉さんが俺のことを眺めている。
「あ、起きましたよ魔王様」
「そんなことは見ればわかる。それより腹を蹴って起こすというのはどうかと思うぞ、シルナ」
「最初のうちに起きなかったこの男の自己責任です」
目の前ではどう見ても年上のはずのお姉さんが幼女に向かって敬語で話している。懐かしいな、俺もよく勇奈に敬語で話すように文句言われてたっけ……。そうだ勇奈! 勇奈は!
俺はお腹の痛みなど忘れて体を上げた。昨日地面に倒れこんだことを思い出した俺は下を見るがそこにあるのはアスファルトで造られた道路ではなかった。
「おぬし大丈夫か? 腹はもう痛くないのか?」
幼女の言葉には耳を貸す余裕は俺にはなかった。
「妹が……どこにもいないんだ! 行きそうなところを全部探したけど、どこにもいないんだよ!」
幼女の肩を掴みながら必死に訴えるが俺の言葉が届いている様子はない。
「ぐふっ!」
さっきよりも強い衝撃が腹を襲うと俺は後ろに吹っ飛ばされ壁へと激突した。壁にぶつかり、吹っ飛んだ勢いが消えると俺は床に崩れ落ちた。
「魔王様に気安く触るな! 殺すぞ人間……」
さっきまで横で見ていただけのお姉さんが険しい顔で俺のことを睨み付けてきている。
さっきからこいつは幼女に向かって魔王魔王って何言ってんだよ。こっちは妹がいなくて困ってるって言うのに……。
「いい加減にしろシルナ。人間はもろいんだ。すぐに死んでしまうぞ」
幼女の言葉には確かな圧力が感じられた。その圧力の前には瞬きをすることさえ許されない。俺の呼吸は圧力にやられて少しずつだが確実に弱まっていた。
「すいませんでした魔王様。ですがそろそろ圧力を与えられるのはやめられた方がいいかと……人間が先ほどから死にかけております」
幼女は俺のことを見るとそこで俺が死にかけていることに気付いたらしく少し慌てるとさっきまで感じられた圧力が嘘だったように消え去った。
「だっ大丈夫か、ゆっくり息をしろ……いいかゆっくりだぞ」
呼吸が整うと俺の気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
「人間よ。そなた自分が今どういう状況なのかは分かるか?」
「分からない。ここは一体どこでお前は誰なんだ?」
俺が何も知らないということが分かると幼女は何回か頷き、今の状況について話し始めてくれた。
それによって分かったのは今俺がいるのは昨日まで俺がいたのとは違う異世界に見た目が幼女の魔王ディザベルによって召喚されたらしい。俺を召喚した理由は次期魔王として高い能力を有すると言われる異世界人が欲しかったからだそうだ。
俺が今いるのは魔王の間と呼ばれるらしく部屋の奥には玉座も見える。
「次期魔王ってことは俺も人間を殺さなきゃダメってことですか?」
「そうだ。最もそれが嫌だと言うのなら今すぐおぬしを殺すだけじゃがな」
殺されるなら従うしかないと思う一方で人を殺すということに躊躇がある俺がなかなか決められないでいるとディザベルはそんな俺に気を使ったのか少しばかり猶予を与えてくれた。
「一日だけ時間をやる。それまでに決めておけ」
これで何とか一日分は命が救われた訳だが俺にはどうしても確認しなければならないことがあった。
「俺以外に召喚された人間はいませんか? 例えば女の子とか」
「おぬし以外には誰もおらぬがどうしてそのようなことを聞くのじゃ?」
勇奈も異世界召喚に巻き込まれた可能性を考えた俺は昨日の出来事についてディザベルにすべて話した。だがその答えはあまりにも呆気ないものだった。
「妹のことはもう忘れろ。こっちの世界に呼び出された以上、お前に出来ることはもう何もない」
それは自分でも分かっていて気づかないふりをしていることだった。ディザベルに言われたことにより逃げ道をなくした感情があふれ出しそうになる。だがここで泣くわけにはいかない。ここで泣けば本当に勇奈のことを諦めることになってしまう。
「元の世界に戻る方法はないのか?」
「わしと同じだけ強くなれば出来るかもしれんが確実ではないぞ」
「少しでも可能性があるならそれでいい」
これで決心はついた。可能性があると聞いた以上もう考える必要なんてない。俺がどんな選択をすればいいか。どう行動すればいいか。この世界をこれからどう生きていけばいいか。答えは決まっている。
「なってやる……なってやるよ次期魔王に! そんでもって元の世界に戻る。それが俺の選択だ!」
ディザベルは俺の答えに満足したのか軽く微笑むと玉座へと腰を掛けた。
「魔王ディザベルの名においておぬしを魔族の仲間として迎えいれよう…………名前をまだ聞いておらなかったな」
途中まで魔王の威厳を感じられてとてもかっこよかったのに……。そういうところは見た目通りなんだ。
「俺の名前は並木真魔です」
「真魔、真魔か……よろしい今度からおぬしはシンマ・ディザベルそう名乗れ。今日からわしらは家族じゃ」
家族……そう聞いた瞬間、体が少し軽くなるのを感じた。家族を失った悲しみから少しだけ解放され新しい家族を得た喜びのせいなのだろか。
「シンマ・ディザベルの名、有難く頂戴いたします」
不慣れながらも膝をつき魔王への敬意を俺は表した。これで俺は正真正銘、並木真魔からシンマ・ディザベルになったのだ。
「それじゃあ魔族契約を行ってもらうぞシンマよ」
「魔族契約? 何ですかそれは?」
「わしの血を体内に取り込むことでおぬしの体を魔族と同じものにするのじゃ」
ディザベルが右手を掲げると金色に光り輝くグラスが現れた。ディザベルは自分の手首を切るとそこから出る血をグラスへと注いでいく。
「さあ飲め。わしの血を飲める奴などそうそういないのだぞ」
血の入ったグラスを差し出してくるディザベル。どうやら飲まないわけにはいかないらしい。
いつの間にか切り落としたはずのディザベルの腕は再生していてほほに両手を当てながら今か今かと俺が飲むのを楽しそうに待っている。
俺は覚悟を決めてグラスの中身を口の中へと流し込んでいく。グラスの中身を全て飲み切ると体が内側から熱くなっていくのを感じた。
「熱い……熱い熱い熱い!」
体がきしむように痛い。全身が激しい痛みに襲われながらも耐え続けていくと体が黒い光に包まれた。頭に強い痛みが走りその場に倒れそうになるのを何とか堪えると黒い光は消えていった。それと同時に体の痛みも消えていく。
激しい痛みが走った頭を触ると小さな角が一本生えていた。
その角が俺が本当に人類を救う勇者ではなく人類の敵である魔族の血と融合し魔人となったことへの証拠に他ならなかった。
感想・誤字脱字・アドバイス待ってます。
えっ! 途中からシルナが完全に空気……消えていたって! すいません……しばらくシルナ登場予定ないです。