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白金階級

適当に入ったコーヒー店で、カサネは頬杖をついてぼうっと道行く人々を2階の窓から眺めていた。どうやら随分な高級店に入ってしまったらしく、全てのテーブルが半個室のようになっている。椅子や調度品のデザインは煌びやかなものではないが、密度の高い木製の部品には細かい彫りが沢山入った職人技の光る品が多い。


アルヴィンとエルヴィスに着いてきたはいいものの、カサネ自身には特に目的らしい目的はなく時間を持て余すばかりだ。自分から言い出したのだからカサネはそれでも構わなかったし、セルゲイに襲撃されたことを思えばやはり来て正解だと思った。


不思議なことが起こったものだ。カサネがこれまで見たことのある魔法使いはアルヴィンとウィツィだけだが、使用者によってできることが違うことは分かっていた。時間の停止には多少驚いたがすぐに状況を受け入れられた。不可解なのは自身だ。恐らく魔法が効いていたのに途中で解けたのだろうが、何故そうなったのかが分からない。


「……個人差?」


そんな酒みたいな、と笑いそうになったが、ヴァプトンの時のファウストを見るとあながち間違いでもないような気がした。アルヴィンの魔法の炎はかなりの高温で、それを使われた魔物たちがどうなるのかをカサネは何度か見てきた。ウィツィの魔法がどう関与していたかは分からないが、ファウストの火傷が動ける程度のもので済んでいるのが不思議に思えた。氷大蛇は大きさの割に随分と頑丈でアルヴィンの魔法は決定打にはならなかったが。


カサネ自身も出会ったばかりの頃にした手合わせでアルヴィンの炎を受けたことがあり、焼きたてのパンに触った時のような熱さで酷い火傷をするようなものではないと感じていた。しかしそれは精霊樹の枝の不可侵によるものと考えた。自分が知らないだけで様々な要素があるのだろう、分からないことを考えるのが面倒になり始めたのでカサネはそう結論付けた。


自身の知らない何かしらの因縁に立ち会いはしたものの、特に説明も求めなかったためにカサネは置いてけぼりだ。この旅の目的の人探しについても詳しいことは知らない。


「お客様、待ち合わせの方がいらっしゃいました」


「よっ」


店員が何を言ったのかは聞き取れなかったが、返事をする前に勝手に目の前の席に座った男に、カサネはあからさまに嫌そうな顔をした。


「何? ナンパなら他所行ってくれる?」


「はははっ、自信家だなァ」


失礼なやつだと顔を顰めて、カサネはそこでハッとした。目の前の男の声が、アルヴィンとエルヴィス以上に隔たりなく耳に飛び込んでくるのだ。脳に直接囁かれているのではないかと思うほどだ。


「つか誰? ウザいんだけど」


「あれ、気付かない?」


「何が」


「声質は変えてねーけど」


「声……」


カサネは男の声と、自分に話し掛けていた正体不明の声が同じであることに気が付いて顎を引いた。槍は宿に置いてきたので体術で戦うしかない。とは言えここはコーヒー店だ、こんな場所で暴れるわけにもいかない。カサネは静かに男を睨んだ。


「んだよ、ナンパじゃねーって。それか女か子どもの姿になった方が良いかぁ?」


「なんそれ、イミフ過ぎ」


「冗談だって、冗談。んな敵意剥き出しだとこっちも傷付くわー」


「どーでもいいんだけど、何しにきたわけ?」


「まあまあ、そんな急かすなよ。1杯くらい頼まないとマナー違反だしな」


呑気にメニューを眺めてベルを鳴らす男を見て、カサネは苛々して指先で膝を叩いた。酸味の少ないやつでオススメを、そういったカサネにとってどうでもいいような声までしっかりと聴こえた。そしてこの自分のペースを崩そうとしない姿はどこかで見覚えがあった。


「悪い悪い、俺らってそんなもんなんだよ」


「は?」


「寿命が長いもんで普通の人間とは時間感覚もどうも違ってな。社会の中で生きてるもんでもないし、あんまり急ぎ慣れてねーんだわ。エルヴィスは俺に比べりゃ大分慣れたっぽいな」


「……マジでイミフなんだけど」


「ん? 今そう思ってたろ?」


カサネはそれ以上の返事をせず腰を浮かせた。名乗りさえせず馴れ馴れしい態度の男は不審としか言いようがない、まともに会話する気はない。賢杖はやれやれ、と仕方がなさそうに名乗った。


「エルヴィス・ネイサン」


「え?」


「俺の名前。カサネが可愛がってるあいつは名前がなかったからな。アルヴィンに名前を聞かれて咄嗟に浮かんだのがこれだったらしくてさ。本当は俺の名前なんだよ」


「……で?」


「俺は別に嫌がらせしにきたわけじゃねーのよ。離れてても会話ができんのはカサネも分かってんだろ。いいじゃんか、コーヒー飲みながら喋ったって。暇してんだろ」


カサネにとって得体の知れない相手ではあるが、どういうわけか自身に対して好意的なのは直感的に分かった。しかしアルヴィンとエルヴィスに対しては分からない。まだ警戒を解くわけにはいかないと、カサネは変わらず賢杖を睨む。


「心配すんな、アルヴィンも好きだから。俺はなんだかんだ言っても人間好きなんだ。エルヴィスは……結構久しぶりな上にあいつもかなり変わったからな。まあ敵意はねーから」


「今は友達じゃないわけ?」


「さあな、向こう次第ってとこか。まあ……あれはあれで面白そうだけど。ところで」


賢杖はカサネが何も知らされていないことを知っている。カサネが何を失って、その結果どのような人生を送ることになるかの想像もつく。少なくとも後輩2人を可愛がりながら冒険者を続けることはまず不可能と言っていいだろう。


「投げやり過ぎんだろカサネェ。いくら人生どうでもいいからってなあ、楽に死ねるとは限んないんだかんな。ま、あいつもやり方を忘れてるわけだし今んとこ心配はないかもしんないけど、エルヴィスの頼みは聞かない方が賢明だぜ」


「へー、そっかそっか。で、私がエルヴィスよりも会ったばっかの正体不明のオニーサンの方を信用すると思ってんの?」


「いんや別に、ただ忠告しに来ただけだよ。ああそうだ、あと教えてやることがあったんだ。次に白金階級になるとすればファウスト・セッティだろうなって」


「……なんでそんなこと分かるわけ?」


「分かるってか予想だけどな」


白金階級は滅多に認定されることがない。というのも、冒険者の階級というのは金階級までは実力を評価するものであるが白金階級は栄典を兼ねている。過去には魔物退治などろくにしたのことない貴族が護衛を沢山引き連れて小鬼退治をしただけで授与されたこともある。そして現在となっては、最早そのための制度になりつつある。賢杖はそれらを淡々と説明した。


「有名な画家の息子も画家になったらさ、ろくに経験もないのに賞とか貰っちゃってな、ああいうのに近いな。身分も何もない冒険者がいくら頑張ったってそもそも対象にゃならないわけだ。それで言ったらファウストなんか批判のしようもないし、うってつけだろ」


「そんなこと私に教えてどうすんの」


「固執する必要はないんじゃないかって言いにきたんだよ。白金階級に与えられる神像、あれはカサネのもんにはならないな。まあそもそも神像の特権ってのも大分前に――」


ガタン、と椅子が大きな音を立てた。立ち上がったカサネが冷たい眼差しで賢杖を見据える。賢杖はハイハイ、と仕方がなさそうに話を中断した。


「私もう出るから。話に付き合ってあげたんだからお会計よろ」


「いいけどさ。あ、そうだ。俺の名前がエルヴィスじゃあややこしいよな。次会った時はそうだな……」


「もう会う気ないんだけど」


「まあまあ。あ、カサネにはこの姿が分かりやすいかもな」


目の前の何の特徴もない平凡な男の姿が徐々に変わっていく。カサネにとって肖像でしか見たことのない特徴的なものだった。滅多に見ることのない長い銀髪にエメラルドのような緑色の瞳。


「次会った時からはドルフィオとでも呼んでくれりゃいいから。じゃ、またな」


「え、ちょ」


カサネが引き止めようとするのに構わず、緩やかな風と共にドルフィオは消えた。テーブルの上で2杯分のコーヒーの代金がチャリ、と音を立てた。

ロザリオ→神像に変更しました。だからって話が変わるわけではないので気にせず読んでください。

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