ソドキア
瞳や髪の色、性格と口調、ベリーを使った菓子を嬉しそうに頬張る姿。性別以外は自分が恋をした人物とまったく変わらない。レナルドは現実を受け入れ切れずに、とりあえず落ち着こうと紅茶を啜った。
「てかエルヴィスも女の子に思われてるって気付かなかったん? ちょっと前までめちゃんこ可愛かったし、男も寄ってきたっしょ」
「僕を女の子だと勘違いしてて、男って分かってそれでも構わないって人はいたよ。敢えて女の子扱いしてからかってくる人もいたなあ。けど名乗った上で本気で女の子に思われてたとは思わなかったかな。そんなの多分レナルドくらいだもん」
「あー、まあたしかに、私もエルヴィスって名前で女だとは思わないしねー」
「でしょ?」
カサネはレナルドの一連の恋物語を聞いて爆笑した後、エルヴィスと同じタルトを注文した。なおエルヴィスが食べているのは3つ目だ。
「にしても、エルヴィスって急にでっかくなったよね」
「多分聖火の鏡に入ってご飯いっぱい食べれるようになったからだと思うんだよね。成長期にいっぱい食べると大きくなるって言うし」
「にしても俺もまさか身長抜かれるとは思ってなかったな」
「ふふ……そうか、そういうことか、ようやく分かった……」
項垂れていたレナルドがのろのろと顔を上げた。まだぷるぷると震える唇で、それでも自身を納得させようとしていた。ひとまずエルヴィスが男性だという事実は受け止めてみせた。
「私のプロポーズが断られたのはそういうことだったのか! たしかに男性であれば仕方のないことだ!」
「別に女の子でも受けてなかったとは思うけど」
「ヒェッフェォエ……」
「やめろエルヴィス! トドメを刺すんじゃない!」
完膚なきまで叩きのめされたレナルドは奇妙な声をあげて再びテーブルに突っ伏した。アルヴィンはその姿にどうしようもなく罪悪感をつつかれ、現在は家計に余裕もあるため今すぐ60万ウィーガルを返したいとすら思った。
「とりまそれは置いといてさあ、なんでさっきああいう感じになってたのかじゃね」
話が進まないのを見かねたカサネが退屈そうな顔で促した。涼しげな目元がどうにも表情を冷たく見せる。アルヴィンとエルヴィスは気にならないが、レナルドは少しばかり身を固くした。
「要はなんか事情あってアルヴィンが狙われてるんしょ?」
「そうそう。なんかもうさ、無関係の僕らを巻き込まないで欲しいよね」
「てかさあ、なんか敵っぽい人たち全員逃しちゃったじゃん。本気出せば1人くらい捕まえられたのに。情報ってめちゃんこ大事よ」
「そうなんだけど彼らの事情もなんとなく察しがつくし、まあいいかなーって」
アリサって人の魔力は覚えたしね、とエルヴィスは内心呟いた。
ウィツィとアリサ。時間に関係する魔法の使用者はこれで2人目だ。魔法には地域や血筋が大きく関係する。エルヴィスはふと、ウィツィからテオの特徴を聞きそびれていたことを思い出した。
ただでさえ魔法使いが少なくなった世界で、ウィツィは稀少な時間関連の魔法の持ち主だ。もし弟のテオも似た系統の魔法の持ち主ならばエルヴィスの目的が達成できるかもしれないし、そうでなくてもボリューニャにそういった魔法の持ち主がいれば幸運だ。
以前エルヴィスが合同調査の後にウィツィから情報を得ようと話しかけた時は訝しまれたが、今なら訊ねれば話してもらえるだろう。エルヴィスはコルマトンに戻った際に再びウィツィと話をすることにした。
「そう言えばだね、私もセルゲイの正体について気付いたことがあるんだ。セルゲイ・サハロフという名前で思ったんだが、彼はプラヴィアルの人間ではないのかもしれない」
「僕もレナルドと同じ考えだよ。それに後から来た2人、たしかセルゲイさんにロディオンとパウロスって呼ばれてたよね」
「たしかに、3人ともあまり聞かない名前だな……だとしてどこの国の人なんだろうな」
「僕はソドキアじゃないかなって思うんだ。あの辺りの名前だろうなって」
「私もエルヴィスさんと同意見さ。ただ私の根拠はまた別にあるんだ」
ソドキアはプラヴィアルの属国のひとつだ。フォロアリカほど多くを有しているわけではないがプラヴィアルにもいくつかの属国がある。
ソドキアはプラヴィアルに次ぎ広大な土地と多くの資源を有する国だ。しかし豊かな自然は常に人間に厳しく、特に冬の寒さは暮らし慣れている住民以外には耐え難いものだ。採掘は常に難航し、より良い方法を探しながら豊富な資源を地に眠らせている。
「ソドキアにはタトゥー文化が広く浸透していて身体のどこにでも入れるんだが、左腕だけには入れないんだ。何故ならソドキア人にとって左腕に入れるタトゥーは刑罰の証だからさ。そしてセルゲイの左腕には二重丸に十字のタトゥーがある。ソドキア人が国外追放となった場合に彫られるものだ」
レナルドは剣術とそら豆作りの勉強以外にもセルゲイの正体について考え調べていた。アルヴィンたちと出会う前を思えば考えられないほどの進歩だ。
「だが私の調査と考察はここまでだ。ソドキア人だからなんだという話になってしまう」
「それじゃ次は僕の番かな」
さて改めて、と張り切ったように切り出したエルヴィスだが、セルゲイと似たような人間は過去に何度か見たことがあった。
人々が精霊を摂取し始めたのが約780年前、彼ら魔法使いの現在に至る苦悩の始まりだ。だとして精霊具がこの世に落とされたこと自体は決して誤りではない。精霊具がなければ、最初の魔王がどれほどの人間を殺していたか分からない。
一体何が最適解だったのだろう。疾風の賢杖なら分かるのだろうか。エルヴィスはつい考え込みそうになり、すぐにはっとして目を瞬かせた。
「セルゲイさんは仕事であんなことしてるわけだよね。アルヴィンみたいに強い魔法使いは全員標的だって言ってたし。だけどさ、わざわざ魔法使いを必要とする仕事ってなんだろう」
「もしや」
顎に手を当てていたレナルドが弾かれたように顔を上げた。彼はかつてそれを行おうとしたことがあった。
「……武器なら痕跡が、毒なら経路が残る。しかし急に身体が凍り付いたとして、呪いだ天罰だと騒ぐ輩はいても」
「殺人の証拠にはならない……だよな」
「つまりセルゲイの仕事というのは」
「そう決め付けるのは早計じゃないかな。ただそうだね、今までのやり口からしても真っ当なものじゃない可能性は高いよね」
「レナルドお前、そんな人近くに置いといてよく無事だったな……」
「ああ、そういえばだね。攻撃を受けたことはあったのだよ」
レナルドがあっけらかんとした調子でそんなことを言ったので、アルヴィンは驚くと同時に呆れもした。一体どういう神経をしているのかと気になったものの我慢して飲み込んだ。
「実は彼から雷を放たれたことがあるんだが、どういうわけか跳ね返っていったんだ」
「え?」
「彼の顔に傷があっただろう。あれがそうなんだ」
「レナルド、それ本当?」
「本当だとも!」
「たしかに、レナルドってめちゃくちゃエルベリー食べてたよね……」
「エルベリー? なんでそこでそれが出てくるんだ」
エルヴィスはアルヴィンの質問には答えなかった。後でね、と指先で示されたのでアルヴィンは大人しく口を閉ざすことにした。
「……揃っちゃった」
エルヴィスは呆然と呟いた。驚愕の表情を浮かべながら、その瞳の内には僅かな希望とそれを上回る焦燥が混ざり合っていた。
なんだかんだで30万字超えてました!
感慨深いものがありますね!
服を着てるとぱっと見えないですが、セルゲイとロディオンの身体にもタトゥーがあります。
セルゲイは耳の裏、下唇の内側(口内)、背中です。目立たないかつ比較的痛みの少ない箇所です。
ロディオンは両膝とかかとです。目立たないのにめちゃくちゃ痛い箇所に入れてます。ドMかな?
パウロスは目が見えなくてデザインを自分で決められないので入れてません。
タトゥーってキャラクターに入れると個性にもなるしお洒落ですけど、痛そうなので私は自分では入れる勇気がないですね……金カムではアイヌの女性が顔(痛い箇所)に入れてるっていうの見て恐ろしいなと思いましたね。痛そ……




