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八つ当たり

倒れている男と転がる武器、刃が剥き出しの槍を持つ女。それを見て只事ではないと距離を取りながらも集まる野次馬。エルヴィスはひとまず問題が過ぎ去ったことに安堵の溜息を吐き、未だ茂みに突き刺さったままのレナルドを助け起こした。


「うっうっうっ……私の麗しい顔が……」


「大丈夫、鼻血が出てるくらいで元とそんなに変わってないよ」


「本当かね? 鏡を見せてくれないか、私の荷物に入っているんだが」


「これ?」


「そうそう、それ………ああなんてことだ! 私の美しい顔が醜くなっているじゃないか! まるで氷結猿を30回は殴ったかのようだ!」


「大丈夫、鼻血が出てるくらいで元とそんなに変わってないよ」


「え?」


アルヴィンは多くの視線に囲まれて落ち着きなくアオジルのカップを何度も持ち直した。カサネもざわめきの内容までは聴こえないがなんとなく居心地が悪い。2人ともとにかく移動したかった。


「その、すいませんっした、セルゲイが迷惑かけて」


「あ、いや、俺は何があったのかあんまり分かってなくて」


「あー、そっすよね、その……すいません、こんなこと頼まれたくないとは思うんすけど、もし今後もやって来たとしたらあんまり痛い目に遭わせないでやって欲しいなって」


エルヴィスとカサネは無傷だがレナルドは鼻血程度とはいえ軽傷だ。友人に怪我を負わせたことは到底許せないが、アルヴィンはセルゲイの去り際の言葉から彼なりの事情があって自分を狙っていることを知った。単純にセルゲイを憎む気にはなれなかった。


「約束はできませんけど、こっちはわざわざ人を痛め付けたいとかはないですから」


「あざっす、ありがたいっす。こんなこと言っても信じてもらえないかもしんないんすけど、あの人賢くてほんと尊敬できる人だったんすよ。自分がやってるのが八つ当たりだってどっかで分かってるはずなんで、絶対やめさせますんで」


「……あの、八つ当たりって? セルゲイは気に入らないことがあってわざわざ赤の他人にちょっかいかけてるんですか?」


「あーとですね、八つ当たりなんすけど仕事的な、その、んー……」


ロディオンは困ったように唸った。アルヴィンは特に因縁もなく素性も分からない彼にどこまで問い詰めていいのかも分からず、そうですか、とだけ返した。気になったのは仕事という単語だ。アルヴィンも生活費を稼ぐために苦手なことも仕事と割り切ってやり切ったことがある。もしやセルゲイもそうなのかもしれない、そう思うと途端に嫌悪感が薄れて、アルヴィンは我ながら簡単な人間だと呆れたくなった。


「あの、とりあえず注目されてしまってますし、場所を移すとかしましょうか」


「あー、でもちょっとその、連れがいまして……」


「アルヴィン、何があったかは僕が説明するよ。この人、あの男の人にあんまり聞かれたくないみたいだしね。それに事情ならあのお姉さんに聞けばいいし」


「って、ああ! アリサ捕まってる!」


アリサは特に抵抗する様子もなくカサネに手首を掴まれたまま目を擦った。あまりに緊張感のないその姿にエルヴィスは却って興味を惹かれた。


「お姉さん、なんかやる気とか危機感とかそういうのはあんまりない人なの?」


「さあ、あんまり考えたことはないです。とりあえず、折角の休暇なのにセルゲイさんに引っ張ってこられたのが面倒臭いですね」


「そっかあ。まあここまで来ちゃったんだからもうちょっと僕らに付き合ってよ」


「何をすればいいんですか?」


「色々教えて貰いたいな。お姉さんが何してる人なのかとか、セルゲイさんの目的とか色々」


「ああ……それは無理ですね」


アリサは掴まれていない手でカサネの親指の付け根を掴み、大きく振り上げそのまま振り払った。抵抗する様子がなく油断していたこともあるが、それにしても鮮やかに逃げられたためカサネは驚いて目を丸くした。


「そうたしか、守秘義務? そういうのがあるので、破ったらどうなるか分からないんです、私」


「そっかあ。それは無理に訊けないなぁ」


「そういうわけなので、私はもう帰りますね。たまの休日なので美味しいものでも食べてゆっくりしていたいんです」


「うーん、仕方ないなあ、お姉さん強そうだし捕まえられなさそうだもんね。それじゃあお兄さんやっぱり……あっ」


気が付けばロディオンの魔力は少し離れた場所まで移動していて、かと言ってエルヴィスは深刻に考える様子もなく頬を掻いた。


人混みの中に隠れるようにして逃げ出したロディオンは、パウロスの腕を引いて早足に歩いた。パウロスは大人しくされるがままに着いて行き、先程の出来事をどう問いただすべきかと考えていた。


逃げるとは一体なんだ、自分がしているのは人の役に立つ仕事ではなかったのか、セルゲイは人に暴力を振るったのだろうか。ロディオンが仕事について話さないのはやはり真っ当なものではないからなのか。問い詰めても話そうとしないロディオンの口を割らせるには、どう切り出すのが効果的か。パウロスはロディオンが口にしていた内容を思い出して口を開いた。


「ロディオンさん」


「何すか」


「さっきセルゲイさんと言い合ってたことなんだけど」


「あんたは気にしなくていいすから」


「俺も逃げようかな」


ロディオンは勢い良く振り返った。パウロスは見えもしない彼の表情がよく分かったような気がしたが、実際見えていないのだからと分からない様を装ってつらつらと続けた。


「なんかさ、良くないことしてるなら俺嫌だよ、やりたくない」


「んな子どもみたいな……や、本当に子どもなら、んなこと言えないか……」


「俺は自分でやるかやらないかちゃんと決めたいよ。だから俺たちがしてるのはなんなのか教えてよ」


「いっすよ」


「え?」


まさか了承の返事が返ってくるとは思っておらず、パウロスの声が裏返った。拍子抜けして思わず固まった彼を見て、ロディオンは穏やかな声と表情を心掛けた。


「あんたの言う通りっすから。自分で決めて進んでいけんならそうした方が良いっすよね。だから本当に、本当に申し訳なく思ってるんすよ、これでも一応」


少しずつ尻すぼみになっていくロディオンの声を聴きながら、パウロスはまた彼の表情を想像した。結局どんな顔をしているのかは分からないのだが、パウロスの言葉で言うのならいつもより優しく大人っぽい声、というのが適切だった。


「俺らがツバ付けた人らってどうなると思います?」


「仕事の人材探しで声掛けた人? それは別の人が勧誘するんでしょ」


「人がいない場所で教えますんで、着くまで考えといて下さいっす」


パウロスは小さく頷いて、今までに声を掛けた人物のことを思い出した。体臭や香水ではない、明らかに他と違う匂いの持ち主はそう多くない。自分の鼻にだけ嗅ぎ分けられるらしいが、その理屈はまるで分かっていない。


「アリサは訊かれれば正直に言っちまいますから、逃げんならすぐ決めるしかない……」


「え?」


ロディオンがぶつぶつと呟く声を聞きながら、パウロスは大人しく腕を引かれて着いていった。


そしてアルヴィンも今回の騒動で事態について考え始めていた。何があったのかは詳しく把握していないが、セルゲイが未だに自分をつけ狙っていたことを知り改めて対策を考える必要性を感じていた。


「とりあえず何があったのか詳しく教えてくれ」


「いいよー、じゃあどこかお店入ろうよ、僕甘いもの食べたいな」


「嘘だろお前」


「なんか最近めっちゃ食べんねー、元からよく食べてるけどさあ」


「いやそれもそうだけどこの状況でそんなこと言い出すとは……鼻血程度とは言え一応怪我人も……あ、え?」


アルヴィンはそこでようやくレナルドに気が付いた。レナルドはハンカチを鼻から外し、尚気取ったように前髪を指で梳かした。


「やあやあやあ運命的な再会じゃあないかアルヴィン! いいかい、私がいなければ君は今頃酷い目に遭っていたに違いない! 救世主たる私の強さと優美さを存分に褒め称えてくれて構わな、あっ」


再び血が垂れ始めた鼻を抑えて、レナルドは自身がやってきた方向を指差した。


「ひとまず私も友人を置いてきてしまったので戻りたいんだ……ついでに良い店も丁度そこにあるんだ」


「あ、お、ああうん……あの、久しぶりだな……」


良い店と聞いてエルヴィスはぱっと顔を明るくした。アルヴィンはそんな相棒を見て冷や汗をかいた。

大変な仕事終わったので喜びの更新です!


レナルドは別にブサイクじゃないよ……多分……。

漫画とかじゃなく小説ですし、ルックスが良いか悪いかはそんな描写しなくていいかなと思ってます。明確に美形なのはエルヴィスとラザラスで、ユナも美女ですね。あと作中ではそんなに言われてないけど、私の中ではファウストさんも美形ですね。

個人的にはキャラの容姿が良いか悪いかはそんなにこだわりないので、細かい容姿は読者さんの想像にお任せしてる感じです。

キャラ設定を練る上ではこだわった方が良いんでしょうけど、知人に「お前の言うイケメンor美人は信用できない」と言われ、私がB専である可能性もあるのであんまり拘らないことにしました。

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