告解 前
エルヴィスの言ったことが真実か嘘か、アルヴィンは然程気にしていなかった。ただ真実だとすれば、勇気を振り絞って語ったことを信じて貰えないのは辛いことだろうとは思った。なのでひとまずアルヴィンは信じることにした。嘘だとしてもそれはそれで構わなかった。
「いいよ、もう。多分アルヴィンはどうやったって教えてくれなくて、どうやったって僕は精霊でしかないんだ。悩んだって意味なんかなかったんだ」
「エルヴィス、それは」
「僕はラザラスを魔王にしないために金杯の外に出て、そのまま人として生まれてきたけど、だけどそれはきっかけでしかなくて、本当はずっと人間みたいに誰かと家族になって暮らしてみたかった。けどちょっと夢を見過ぎてたみたいだ。僕も大概だけど、君は僕以上に酷いやつだよ」
ラザラスと全く同じ整った顔は、ふにゃふにゃとした柔らかい笑顔を浮かべていないと冷たく無機質に見える。そのような顔で酷いやつと言われて、アルヴィンはならばどうするのが正解なのかと歯噛みした。
「僕はマクトゥエスの門を開いてやる。あと2人見付ければ開くんだ。アルヴィンに頼らなくたって見付けてやる。知り合いも見付けて君の過去も聞いてやる」
「あと2人って何の話……というか、どうして他人に俺の過去を訊くんだ」
「君が教えてくれないからだよ」
「そうじゃなくて……」
「この世のことは何でも知ってるやつがいるんだ。君がいくら隠したって、そいつに会っちゃえば全部無駄だから。君が自分で言うか、他人の口から明かされるかだよ」
「そんなバカなこと、が……」
それまで俯きがちだった青い瞳と真っ向からかち合って、アルヴィンはそこでようやくエルヴィスの言っていることが嘘ではないことを知った。エルヴィスは彼の知る限りの真実を正直に伝えたのだ。その瞳の奥には悲しみが怒りを装って佇んでいて、アルヴィンの身勝手さをしくしくと責め立てた。
「……エルヴィス、俺は、その」
「なに」
「いつか死ぬけど、それはそうしたくてするんじゃなくて、その……そうしなきゃいけないんだ。だからその、だったらエルヴィスと離れてからって、そう思って……」
「理由は?」
「それはその……なあ、昔のこと憶えてるか。ブラムさんの家でいろいろ教えて貰ったこと」
「うん、憶えてるよ」
2人は8歳の時にキャラバンに所属し、それからブラムに様々なことを教わった。ブラムがいなければ文字の読み書きができていなかっただろうし、とんだ荒くれ者になっていた可能性も否めない。
「生きるために必要なことを教えて貰ったよな。例えば、この世のしてはいけないことについてとか」
アルヴィンとエルヴィスだけでなく他の子どもも集まって、皆アリアが用意した焼き菓子を齧りながら茶会のように丸くテーブルを囲んだ。
ブラムはしてはいけないことをひとつひとつのんびりと丁寧に列挙した。菓子に夢中で真面目に話を聞いていない子どもには、頭の片隅くらいには置いてくれよと苦笑していた。
窃盗。傷害。不法侵入。詐欺。好奇心が旺盛な子どもがそうやって並べ立てたうちのひとつに反応した。どうしてやったらダメなの、という子どもの純粋な知識欲に、ブラムはできる限り誠実に答えようとしていた。
『必ずしもダメってことじゃないと思うんだ。法もな、したらいけませんって書いてるわけじゃなくて、したらこういう罰がありますってなってるしな。けどこうやって罰を決めておけばわざわざ罪を犯そうってやつはかなり減るし、それがお前たちを守ってくれるんだ。だからダメってことになってるんだと思うぞ。俺はもしお前たちが危険な目に遭ったとして、法を守って死ぬよりは……いや、今日はここまでにしようか』
『ねえブラムさん』
『ん?』
『もしやったらどうなるの? その罰ってどんなの?』
『それはまだお前たちには早いんじゃないかな』
『あの、ブラムさん! 俺も知りたいです……』
ブラムが困ったように笑いながら先延ばしにしようとするのが分かって、普段大人しく話を聞くだけのアルヴィンは珍しく身を乗り出した。その続きを、自分の行く末をどうしても知りたかった。
「俺はその時、この国で最も重い罪のひとつについてブラムさんに聞いた」
きっと誰もが、何故その行いが許されないのかと一度は考えるだろう。アルヴィンも結局正解は分からないままだ。だがその罰を教えて貰った時、自分の行いに求められるのは最低でもそれ以上のものなどだと明確に認識した。
「故意に行った場合は原則死刑」
きっともうエルヴィスも分かっている。分かっていて敢えてアルヴィンの口から告げられるのを待っているのだ。アルヴィンもそれが分かっていて、しかし身体の震えは止まらなかった。
「エルヴィス、俺はお前と出会う前に」
心臓が大きく脈打ち呼吸は浅く、酸素が足りないのか目眩がして気分が悪い。変な汗まで滲んできて、アルヴィンは逃げ出したくなった。ああきっと自分は覚悟なんてできていなかったのだと、やかましい程の鼓動がアルヴィンに教えていた。
「4人、殺してる」
ついに明かした次の瞬間、アルヴィンは静寂に包まれた。風が花々を撫でる火花のようなざわめきも、その上をなぞる鳥たちの羽ばたきも、全てが水の中に沈んだように消えた。ただ拍動が全身を打ち鳴らすように響いていた。呼吸ができない水中での苦しみの1分が長く感じられるように、恐らく実際はごくごく短い時間の沈黙が、アルヴィンにはとてつもなく長かった。
「アルヴィン」
エルヴィスに名を呼ばれて、アルヴィンはそこで引き戻された。引き攣れてまるで嗚咽混じりの乱れた呼吸と、そのくせ瞬きを忘れて渇き切った目、胸の内側の鈍痛。思い出すように襲いくる感覚が、アルヴィンのちっぽけな恐怖心を蝕んだ。エルヴィスの次の言葉が恐ろしくて仕方がなかった。




