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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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精霊

祈りを捧げる信者と観光客はちらほらと見受けられるものの、それでも10年前と比べると目に見えて人は少ない。アルヴィンとエルヴィスは寂しく快適な聖堂の中を散策していた。厳重にされていた警備も今ではやる気のない見張り程度だ。


「霊薬が湧いてた頃は、もっと賑やかで聖地とも呼ばれてたんだよね」


「ああ、聞いたことあるな。湧かなくなればさすがにこんなもんか」


「今でも来てくれてるのは元々熱心な人たちなんだろうね」


プラヴィアルにおいて最も信者が多い宗教が、オスニファエルを唯一神として扱うフィオリグ教だ。醜さも含めて隣人の全てを愛す慈愛と博愛、それこそが第一の理念であり、一神教でありながら然程排他的な面は見られない。それを気味が悪いと言う者もいるが、霊薬が湧かなくなって尚多くの国民に広く浅く信仰されている。


「中でうるさくするのは良くないだろうし、折角なら庭園でお喋りしようよ。花畑も綺麗で、今でもチェルトラの見所のひとつらしいよ」


「そういうのも、霊薬が湧かなくなってもちゃんと管理されてるんだな」


「そういう街なんだよね。放置して荒れたら景観が悪いでしょ」


アルヴィンはチェルトラの街並みを思い返して、なるほど確かにと頷いた。

庭園の中央には黄色、青、白い花が縞模様を描くように植えられている。かつて人が多く訪れていた頃には息をしていた噴水は渇き切っているが、それでも手入れだけはされているようで、美しい彫刻のように佇んでいる。アルヴィンとエルヴィスはその近くのベンチに腰掛けた。


「ねえあのさ、あのお伽話ってちょっとおかしいよね。ほらあの、オスニファエルが魔王を倒すために地上に精霊具を与えたってやつ」


「どこが」


「だってさ、精霊具には武器がひとつもないんだよ」


「強いて言うなら杖なら殴れるんじゃないか」


「疾風の賢杖は綺麗な装飾の細い杖だよ」


「というか、前にもこんな話してなかったか? エルヴィスお前、その話好きなのか」


「そういうわけじゃないよ。ただやっぱり気になるんだよね。心外なんだよ」


「心外?」


エルヴィスはつまらなそうに枯れた金杯を閉じ込める聖堂を眺めた。見返りを求めるつもりはなくとも、伝わっていないのはあまり面白くはない。


「精霊は基本的に暴力は嫌いだし、そもそも精霊具は魔王を倒すためのものじゃないし。精霊ってそんなに粗暴じゃないのにさ」


「粗暴って、別に誰もそうは思わないだろ。というかそんなこと気になるか?」


「気になるよ。自分がそんな暴力的な存在みたいに記されてるのはね」


「……自分?」


「そう、僕」


突拍子もない暴露に、アルヴィンは呆けて目を瞬かせた。そうして腕を組み、なんとも言えない表情で目線を足元に向けた。どういった返答が正解なのか分からなかった。


「それはつまりお前……自分が精霊だって言いたいのか」


「そうだよ。アルヴィンは憶えてないけど、昨日ちょっと言ったんだよ」


「そうか……うん、それで、続きは」


「んーとね、どこから説明しよっかな」


アルヴィンの反応は薄い。エルヴィスはそれをどう受け取るべきかは分からなかったが、アルヴィンは聞く姿勢でいる。ならばひとまず全て話してしまおうと、エルヴィスはあくまで軽快に告げた。


「それじゃあまず、魔法についてなんだけどね。実は使えるのは君だけじゃないんだ」


「ああ、うん……ウィツィとかもいるしな」


「ウィツィだけじゃないよ。実はこの世の9割以上の人が、本来魔法を使えるんだ」


「……うん?」


アルヴィンは何かに耐えるように眉間に皺を寄せしょぼしょぼと目を瞬かせた。エルヴィスは側から見ると面白いことになっているアルヴィンの顔面を気に留めることなく続けた。


「人間の身体には魔力っていう万能の力が流れててね、まあ生命力の一種みたいなものなんだけど。だけどある要因でその流れが止まることがあるんだ。そういうのがどんどん増えて、人は魔法を使えなくなっていったんだよね」


「その要因っていうのは?」


「いやそれが……申し訳ないことに僕らなんだよね」


「僕ら」


「うん、精霊の影響」


「はあ」


アルヴィンはエルヴィスの突拍子もない説明に着いていける気がしなかった。血迷っている可能性を疑う方が簡単だった。


「エルヴィス」


「なに?」


「そういうのは……そろそろ止めた方が良いんじゃないか」


「え?」


「ほら、自分は精霊です妖精ですって、そういうのは子どもだからこそ微笑ましく思って貰えると言うか……な?」


「アルヴィンが信じようとしてくれてないのは分かったよ」


エルヴィスの唇が引き攣った。自分の告白を幼児のお遊びや思春期特有のあれと同様のものだと思われているというのは妙に屈辱的であった。


「だったらもっと具体的な話をしようか。アルヴィン、実は僕はリンガラムに戻った時に死神に会ったんだ」


「え、あれは結局ただの噂じゃないのか」


「ううん、本当だよ。しかもね、その死神は今ブラムさんのところにいる」


「は?」


「悪い人ではないし、しばらくは大丈夫そうだから匿ってもらっててさ」


「いや、は? ちょっと待て、待て待て待て」


突然ブラムの名を出されて、アルヴィンは分かりやすく狼狽えた。恩人が危険に晒されていると知って平然としていられる性格ではないのだ。むしろ何故エルヴィスはそんなにも普段通りなのかと訝しんだ。


「ちゃんと聞いてくれる気になった?」


「分かった聞く、それでブラムさんは本当に大丈夫なんだろうな」


「しばらくはね」


「しばらくって! どうしてブラムさんを危険な目に遭わせるんだ!」


「その時はそれが最善だと思ったんだよ。じゃあどうすべきか、死神がブラムさんを殺しちゃう前に決めようか」


「ころっ……」


アルヴィンは怒鳴りかけて口を噤んだ。動揺をエルヴィスにぶつけたところでどうにもならない、解決策があるのならば知っておきたい。アルヴィンはぐっと言葉を飲み込んで、目線だけで続きを急かした。


「信じるか信じないかは後で決めるとして、ひとまずこの場では僕の言うことを真実だってことにして聞いて欲しいな」


「……ああ」


「それじゃあまず、死神が一体なんなのかって話からかな。それを説明するにはあのお伽話だね」


何処にでも広まっているような魔王と精霊具のお伽話。エルヴィスは紙とペンを取り出してさらさらと綴り始めた。

3月はティータイムや執筆にあてていた休憩時間も全て仕事に費やすほど忙しかったです。ようやく終わった!と思った瞬間風邪を引いて、しかも鉄製の重い扉に足を挟んで親指の爪を割りました。南無三。なにかに呪われてる気がしてきたので誰か励まして。

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