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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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希望 後

「実はさ、死にかけたこともあって、ファウストさんのことは昔はそこまで尊敬できてなかったんだよね。むしろそんなに強いならもっと、もっと……救ってくれたってよかっただろって。僕の父は団長だったんだ」


「けど今は尊敬してるんだ?」


「うん。人を救ったり助けたりしようとして、ようやくそれがいかに難しくて大変なことか知って、心底凄いって思えたのはそれからだよ。ファウストさんも父親も、今では僕の英雄なんだ。あっ、ファウストさんに言わないでよ」


ラザラスはアルヴィンにとって普通の青年にはなり得ない。いくら魔物を屠って人々を助けようとも、決してラザラスと同じように乗り越えてはいけない。分かり合えるような気がしない、まるで天上人だ。


「実はね、会ったばかりの君たちだから話したんだ。やっぱりまだちょっと重くて、だから誰かに話してみたかったような、そんな感じかな」


「ああ、分かります」


しかし最後のちょっとした本音に、アルヴィンはほっと息を吐いた。羨ましかったのはそれだ。それだけが辛うじて、アルヴィンに理解できる青年の姿だ。


「で、どうしてわざわざラザラスさんと食事をしたんだ。話の続きと関係あるのか」


明日は朝早くから仕事だからと、ラザラスはテーブルに数枚の紙幣を置いて先に店を出て行った。それからしばらくしても黙々と料理を口に詰め込み続けるエルヴィスに痺れを切らしたアルヴィンは、ついに本題を引き戻した。


「アルヴィンてさ、ラザラスの話聞いてどう思った?」


「どうって、具体的にどういう意味だよ。凄い人だとは思ったけど」


「それじゃあ具体的に訊くよ。この世に霊薬って必要だと思う?」


考えるまでもない。だが正直に告げるべきではない。氷大蛇と対峙する前に交わした会話から、アルヴィンはエルヴィスがそう思いたがっていないことも知っていた。


「僕はさ、ラザラスは、希望……だと思うんだ」


「希望?」


「うん。霊薬のないこの世界の」


「……ああ」


そういうことか、とアルヴィンは合点がいった。エルヴィスはラザラスの活躍によって、霊薬がいらない世界になることを望んでいるのだ。


「霊薬がないのが当たり前だったから、そこまで必要だとは思わないな。あくまで俺としては、だけどな」


「そっかあ」


エルヴィスは壊れかけの吊り橋を渡り切った時のような顔をした。最近のエルヴィスは以前より多くの表情を見せる。些細な嘘のように、今まで見えなかった部分が見えてきたのだろうと考えたアルヴィンだったが、子どもの頃から四六時中一緒にいた相棒にそんな顔をする間などあっただろうかと不思議に思った。


「アルヴィン、僕は」


「ん」


「僕は……」


しかしアルヴィンはエルヴィスの様々な表情に驚きはしなかったし、見慣れなくても違和感は覚えない。ただ苦悩している姿はどうにも似合わないように思えた。


「10年前、金髪に青い目の子どもが、チェルトラに押し入ってきた魔物の群れに襲われて、両脚と片腕と、お腹を食い破られた」


「……それはラザラスさんのことか?」


「どっちの話だと思う?」


「それって、お前の秘密と関係あるのか」


「うん、まあ」


正直に言えば、言ってしまえば。アルヴィンはエルヴィスがどういう答えを予想しているのかは分からなかったが、きっと本心を口にしたとして、それがエルヴィスを困らせることはないような気がした。


「どっちでもいい」


「えっ?」


「多分エルヴィスが思ってるよりずっと、俺はお前の秘密を暴くことに興味がないんだ。その子どもがどっちであっても、何が変わるわけでもないしな。今目の前にいるお前が、俺にとってのエルヴィス・ネイサンの全てだから」


ゆっくりと咀嚼したパンを飲み込んでもまだ返事が返ってこないので、アルヴィンは不思議に思ってエルヴィスに目をやった。そしてぽかんと呆気に取られた表情で見つめてくる相棒に気付いて、アルヴィンはそこではっとした。


「うわっちょっ、恥ずかしい台詞吐いた! 違う、違うだろこういうの、お前の専売特許だろこういうのは!」


「僕も……僕も驚いた、アルヴィンがそういうこと言ってくれると思ってなかったから」


「俺もめちゃくちゃ驚いてるわ、言わすなこんな小っ恥ずかしいこと! あっすいません、オリツィアエールひとつお願いします!」


「えっ、飲むの?」


「練習だ練習! いずれ飲まされるだろうしな!」


「照れ隠しが雑だなあ」


エルヴィスは苦笑しつつも、一足先に大人の階段に足をかける相棒を見て不思議と感慨深いような気持ちになった。


いつ死んでも不思議ではない、その日暮らしに必死な貧乏な子どもが、こうして酒が飲める年齢にまでなったのだ。しかもアルヴィンは他人の気持ちを想像しながらも自分の意見を言えるように成長した。しかし自分は、とエルヴィスは味わいもせずにジュースを呷った。


「ねえアルヴィン、それ美味しい?」


「んー……いや、そんなに美味しいとは思わないな。飲めない味ではないけど、わざわざ飲みたいような感じでは……」


「初心者は葡萄酒の方が好きって人が多いらしいよ。折角だから頼んでみようよ」


「これ飲んで平気だったらな」


まだ舌の若いアルヴィンは酒を美味しく感じられずに苦々しく唸った。大人の味というやつだろうが、何故大人たちが好んで飲むのかまるで分からない。先程まで飲んでいたジュースの方が分かりやすく甘美だ。


「どう? 酔っ払ってる感じする?」


「いや、よく分からないけど多分どうもしてない気がする。にしても美味くない……」


「無理に飲むことないんじゃない?」


「勿体ないだろ。カサネさんがよく飲んでるからついこれにしたけど、オリツィアエールってちょっと高いしな」


「じゃあ次は飲みやすそうなのにしたら? 葡萄酒をジュースで割ったやつとかさ」


「ああ、それいいな」


アルヴィンはもう秘密を聞き出そうとはしていない。エルヴィスはかつて夢を口に出した時のことを思い出して、相棒が随分大人になったことを知った。いつか些細なことのように受け止めてくれるようになったなら、そう思っていたのに自分が明かす勇気を持ち合わせていない。


秘密にする理由をアルヴィンに求めていただけで、実のところ自分が臆病だっただけなのかもしれないと、エルヴィスは以前の自身を滑稽だと笑いたくなった。


なんだかんだで3杯の酒を飲み干したアルヴィンだが特に体調に変化もなく、チェルトラの地面を踵で愉快に叩き鳴らした。初めて酒を飲んだのがなんだか照れ臭くこそばゆく、不思議と気分は浮き立った。


「ご機嫌だね。やっぱり酔っ払ってるんじゃない?」


「いや、なんかそういう感じじゃなくてだな」


建物の外に出る時には、エルヴィスはすっかりいつも通り柔らかい笑顔を浮かべていた。建物の中は様々な店が並んでいるのに、外観は規則正しく美しいチェルトラ。アルヴィンはなんとなく、今日のエルヴィスはチェルトラに似合いだと思った。


「……ん?」


ぐらり、と頭が揺れて重くなり、身体が勢いに引っ張られて大きく動く、目眩に似た感覚。しかし真っ直ぐ歩くことはできるので、アルヴィンはそれが酔いだとは気付かなかった。


「アルヴィン、聞いてる?」


「え? ああ、悪い、なんだっけか」


「明日は評判のケーキを食べに行こうよって話。さっきからなんかぼーっとしてない?」


「いや、そんなことないって」


「ある」


「ないない」


エルヴィスはこのやり取りに既視感を覚えた。飲み屋から出てきたライアンが、上機嫌で支離滅裂な思考のジュディを引き摺るように支えて連れ帰る時の光景だ。


「アルヴィン、やっぱり酔ってるんだよ、それ」


「ないない、全然、これっぽっちも」


少しするとついには足取りが波打ち始めて、鼻歌まで溢れ出す。分かりやすく酔っ払ったアルヴィンがなんだか面白くて、エルヴィスは今なら言えるような気がした。


「アルヴィン、僕はね。僕がどんな存在であろうと、君と家族でいたいんだ」


「んー? なんだよ、今更だな。お前がポンコツだろうと見捨てないって」


「何の話をしてるのさ」


美味いから不味いからというより腹を割って話したい時に飲みに誘うんだと、エルヴィスはブラムがかつて言っていたことを思い出した。そうしてなるほどたしかに、と納得した。飲んでいないはずの自分まで、酒気にあてられたように錯覚した。


「アルヴィン。僕はね、人間じゃないんだ」


それでもやはり堂々と真っ正面から伝えるほどの勇気はなく、エルヴィスは少しばかり震える声で打ち明けた。


「ん、そうか、分かった」


「ねえそれ、今の、絶対ちゃんと聞いてなかったでしょ!」


アルヴィンは動じることもなく、雑談でもしているかのような相槌を打った。エルヴィスは緊張しているのがなんだかバカらしくなって、くつくつと笑い出すともう止まらなかった。

酔いって動くと回りますよね。


ところで最近、もしこれが長文タイトルだったらと考えるんですが、なんかもう「俺だけ魔法が使えるおかげで人生波瀾万丈な件」とかしか思い付かないんですよね。しかも実際はタイトル詐欺になるし。

長文タイトルって意外と難しいんだなと思ったので、大人しくこのままいこうと思います。

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