他人の空似
チェルトラはエルヴィスが言った通り美しく、すっきりとした街だ。人は多いが道が広いため混み合うことなく賑わっている。コルマトンは大通りの賑わいと共に雑然とした印象があるが、チェルトラにはそれがない。
「チェルトラってほら、建物ひとつひとつが大きいから、街並みがごちゃごちゃしてないんだよね。その中で階や部屋を買ったり借りたりするのが基本なんだ。建物の中は凄く賑やかだったり個性的だったりするから面白いよ」
車窓の外をゆっくりと流れるチェルトラの建造物はどれも似たような造形をしている。伝統的で全体的に白を基調としていて、壮麗ではあるが華美ではない。あのいかにも上品ですって感じの箱の中で珍味とか悪戯のおもちゃを売ってたりするのがなんか面白いんだよね、とエルヴィスは昔を思い出しながら笑った。
「ああ、ぱっと見は本当に規則正しくて綺麗だ。だが実際は情熱的な場所なんだ、ここは」
僅かに開けた窓の隙間から吹き込んだ風がファウストの前髪をくすぐった。列車の中で一眠りしたことで会話をする気力が戻ったらしく、彼の瞳には生気が戻っている。程度の重い怪我ではなさそうで、アルヴィンは心底安堵した。
「ところで、その上着どうしたんですか?」
「ああ、乗り換える時に降りた街で買ったんだ。さあ、頼むぞアルヴィン」
「えっ」
「荷物持ちと護衛をしてくれるんだろう? しっかり僕を守ってくれよ」
深くフードをかぶったファウストは、流れるような動作で荷物をアルヴィンに手渡した。エルヴィスの出まかせを持ち出されるとは思わず不思議そうにしているアルヴィンを見て、ファウストは周囲の様子を伺って声を潜めた。
「いいか、とりあえず僕のことはジョンとかケビンとかブライアンとか適当に別の名前で呼んでくれ」
「へ?」
「そして僕の前を歩いてくれ。僕は君の後ろに隠れるようにして行くから」
「あっはい」
そう言えば目の前の男はチェルトラの英雄だ、きっとここでは有名人に違いないと、アルヴィンは素直に頷いた。普段ならともかく元気そうでも怪我人だ、なるべく騒がれずに目的地まで静かに移動したい。
「あの、そう言えばどうしてチェルトラに来たんでしたっけ」
「実は僕は初めて行くんだが、怪我や病気の治療をしてくれるキャラバンがあるんだ。最近一気に有名になったんだが」
「あれ、団長初めてでしたっけ」
「患者としてはな。前は帰りにチラッと覗き込んだだけだったんだ。まさか自分が世話になるとは、その時は思ってなかったが。さて、到着だ」
列車から降りてすぐ、アルヴィンは非常に奇怪な虚無感に襲われた。原因はファウストだ。
アルヴィンは荷物持ちや護衛を面倒だとは思わない。目上の人間の指示には従うべきだと考えているし、必要なら雑務も引き受ける。する必要のない口答えはしないし、相手の考え方を深く煎じ詰めるつもりもない。しかしどうしてもファウストの立ち振る舞いは気になった。
「あの、ファ……ケビンさん」
「なんだ」
「それは、あの、その……却って目立つんじゃないでしょうか」
顔を隠すためだろうが、人の背中に貼り付く様はまるで不審者だ。俺もそう思います、とベルナルドが小声で援護射撃をした。
「仕方ないだろう、見つかったら一貫の終わりだ」
「そんな犯罪者みたいな」
「前回は捻じ切られた」
「えっ?」
何処を、とは訊けなかった。どうやら本気で周囲を警戒しているファウストに対して特に言えることもなく、アルヴィンは大人しくチェルトラの街へ踏み出した。途中住人たちの視線を感じた時にはひたすら気付かない振りをした。
「良かった、思った以上に目立っていないしこれなら気付かれないな」
「いや目立って……なんでもないです」
「うーん、気のせいかなあ。なんか僕も見られてる気がするんだけど」
「うん?」
エルヴィスはその容姿からどうしても人の目を惹く。面識のない人間から声を掛けられることも多く、成長して男性らしさが増してからは女性に如何わしい誘いをかけられることも増えた。しかしすれ違う人々の視線はそういった淫猥に色気付いたものではない。
「あら先生、お散歩? 今は休憩中なのかしら」
「へ?」
人の良さそうな笑顔を浮かべた老婦人に突然話しかけられて、さすがのエルヴィスも戸惑った。老婦人はそれに構わずぺらぺらと一方的に話したいことを好きなように口にして、最後にエルヴィスにリンゴを握らせた。
「うーんと、人違いかな?」
「まあ婆さんだし、目も悪いのかもな」
人混みの中に消える小さな背中を見送って、一行は僅か数分後に目的地に辿り着いた。駅からも然程離れていない場所に堂々と立つその建物を見上げて、アルヴィンは感嘆の溜息を吐いた。コルマトンに足を踏み入れた時も建物の大きさに驚いたものだが、目の前のそれはそんな思い出を簡単に凌駕した。
「無事に辿り着けたな。ありがとうアルヴィン、もう大丈夫だ」
「いえ、あれで役に立ててたなら、まあその、良かったです。俺たちはその辺りの椅子で待ってますね」
広々とした室内が気になって、アルヴィンはつい不躾に辺りを見渡した。案内図を見て気付いたが、この巨大な建物は丸々キャラバンの所有物らしい。こんなに広い所で一体何をするのか、まるで想像がつかなかった。
「なんか落ち着かないな」
「ね。というか、僕さっきから凄い見られてるんだけど」
「気のせい……じゃなさそうだな」
隣に座っているアルヴィンまで、これまでの人生でかつてないほどに視線を向けられている気がした。理由も分からないまま耐えるように待っていると、ファウストが入った所とは別の部屋からキャラバンの団員が現れた。このキャラバンの団員は皆、決まって継ぎ目の少ない青い服を着用している。
「えっ」
現れた青年がエルヴィスを見て目を擦った。そうして再びエルヴィスを見て額を押さえた。
「やばいやばいやばいやばい……」
さっと顔を青くした青年はその場で3周回って部屋に戻った。そうして再び出てきて同じようなことをもう2回ほど繰り返し、再度戻った部屋の扉の向こうで叫んだ。
「ねえ! なあおい、やばいやばいやばい! 団長が死ぬゥウウウ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声に影響されてか、不穏なざわめきがその場に波打つ。自分と目が合ってそんなことを叫ばれたので、エルヴィスはまるで訳が分からなかった。住人たちの視線が自身に向いていることだけは分かっていた。
「騒がしいよ! なんだよ僕が死ぬとかなんとか!」
「だって! だって待合室に団長のドッペルが!」
「はあ? そんなのいるわけないだろ!」
「アアアァ団長開けないでえ! 死ぬ、顔合わせたら団長死ぬから!」
ばぁん、と勢いよく開け放たれた扉。そこから現れた人物を見て、エルヴィスは爛々と目を輝かせ、なるほどそういうことかと納得してひゅうと口笛を吹いた。アルヴィンは驚愕して勢いよく立ち上がった。
彫刻のように整った顔立ち、白磁のような肌、富豪の娘のドレスのように滑らかに輝く金髪、そして何よりも印象的な、晴れた日の南国の海のように透き通った青い瞳。
「ただの他人の空似じゃあないか」
「えっちょっ反応薄っ!」
「あっすみません、うちの団員がやかましくて。彼ちょっとこういう部分がありまして、どうかお気になさらず」
「ねえちょっと俺が変みたいな言い方やめて!」
アルヴィンは唖然とした。突然現れた青年とエルヴィスはあまりにも似ている。違いがあるとすればエルヴィスの方が髪が長いだとか服装が違うだとかその程度だ。
「ああ失礼、挨拶もせず。僕は団長のラザラス・ボールドウィンです。うちは初めてですよね。受付はお済みですか?」
アルヴィンが呆気に取られて彼の顔を凝視したが、青年はそれに動じることなく眩く笑った。その笑顔が太陽のようだったので、アルヴィンはそれでようやくエルヴィスとの見分けがついた。
もしこの作品に長いタイトルつけるとしたらどんな感じですかね?
俺だけ魔法が使えるおかげで人生波瀾万丈な件 とかそんな感じ?




