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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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手のかかる子

ウィツィがボリューニャに戻ってチュスと会話してた話、ちょっぴりだけ内容を変えました。

タイトルも「友情」から「悪童」に変えました。よければ読んでいただきたいです。

ついでと言ってはなんですが、あらすじもちょっとシンプルにしました。

黒い瞳に縫い留められているような気分で、彼は上司である青年の前に立っていた。


自分より若く経験も少ないはずの彼が頂点に居座っていることが、最初のうちは気に入らなかった。今ではすっかり慣れていた。元々その地位まで昇っていけるとも思ってはいなかったし、昇ろうなどとも思っていなかった。昇りたくもなかった。


「報告は以上になります」


「芳しくないな。魔術師はそこまで少なくなったのか」


「それもありますが、無理に連れて来ようにも魔術を使われると捕縛が困難になります」


「それを連れてくるのがお前たちの仕事だろ。このまま穀潰しでいたいなら待遇もそれなりのものになるがな」


「……皆、魔術師をほとんど見付けられない中、懸命に業務に取り組んでおります」


「だったらなんだ。結果を出せ」


くそが。このクソ野郎、所詮は親の力の上に立つ甘ったれた坊ちゃん。かつては自分と同じ被害者だったはずなのに、もう痛みを忘れたのか。いや、違うか。昔からずっと、痛いのは自分だけで、それでも立ち上がって今では隊長、そんな自分の物語に酔いしれてるだけなんだ、この坊ちゃんは。


内心の悪態を顔には出さず、部隊長である彼はその軽い頭を下げて一礼した。


「そう言えば、魔人が目撃されたらしいな」


「左様でございます。国民の間では死神と呼ばれているようです。新種の魔物だとも噂されております」


「どちらでもいいことだ。お前の部隊からいくらか人材を見繕って探し出せ」


その後に続く言葉はとうに分かっている。部隊長は口先で従って、閉じた目蓋の裏で心に燈る火種に息を吹き込んだ。大丈夫だ、俺はまだ誇りを失ってはいない、と。


「その魔人が死神か魔物だと思われているうちに、見付け出して確実に殺せ」






聖火の鏡では、アルヴィンとエルヴィスが言い争っているのを、ルクフェルが心配そうに見守っている。身体が多少大きくなってもまだまだ子どもだ、殴り合いになれば力加減を間違えてしまうかもしれない……そんな危惧をしながら、ルクフェルはアルヴィンたちにそわそわと視線を投げた。


とはいえこの2人の喧嘩が取っ組み合いにまで発展したことはほとんどと言っていいほどない。精々アルヴィンが軽く頭を叩く程度だ。


「アルヴィンって普段は僕が何かしようとするとすぐ止めるくせしてさ、自分はいいんだ!」


「お前のは大体いつもわがままだろ! リンガラムとハイランズにはブラムさんやレナルドもいるんだぞ!」


「だから行こうって? レナルドがわざわざ君を逃したのに?」


バーウェア領で死神らしき人物が目撃された。ルクフェルからそれを聞いて動揺したアルヴィンがリンガラムに戻ることを考え出したがエルヴィスが反対し、そうして今言い争いが行われている。普段の振る舞いからエルヴィスの方が感情に波があると思われがちだが、実際はアルヴィンの方が感情に振り回されやすい。


「エルヴィス、お前ブラムさんのこととか心配にならないのか?」


「そんなわけないよ。僕らの恩人だもん」


「ならどうしてそう平然としてられるんだ」


「アルヴィンが取り乱し過ぎなんだよ。死神っぽい特徴がある人が1回目撃されただけで、被害者も出てない。見間違いって方がずっと有力だよ。ブラムさんだって元々魔物退治やってたんだし無力じゃないよ。これで戻ってセルゲイに会ったりしたら最悪だ」


アルヴィンはぐっと息を呑み込んだ。エルヴィスに反論を押し込められ、アルヴィンはそれでも食い下がろうとする。エルヴィスは溜息を吐いてからいつものようにへにゃりと笑った。


「分かった、それじゃあこうしようよ。バーウェア領には僕が行く」


「えっ?」


「ブラムさんとレナルドが心配なんでしょ? 僕が見てくるよ」


「いやけど、魔法がある俺が行った方が安心だろ」


「そう? 魔物がどの辺りにどれくらいいるのか分かる僕の方が、ずっと安心だと思うけど。セルゲイに遭遇したとしても、僕には執着してないはずだし」


「いやでも、いざ戦うとすれば、俺の方が強いだろ」


「まあ、そうだよね。ねえカサネさん、どっちの方がいいと思う?」


調理場から受け取った試作品のパイを口に含んでいたカサネが、いかにも面倒臭そうな顔で振り返った。聞くつもりはなくとも、2人の声はカサネにはよく聞こえる。この会話も当然届いていた。


「エルヴィスの方がいんじゃね」


「えっ……あの、カサネさん、どうしてですか」


「強いのはアルヴィンかもしんないけど、いざって時でも動けるのはエルヴィスっしょ」


「だってさアルヴィン、僕行ってくるね。きっと心配性の誰かが勘違いしただけだろうけど」


カサネに言われてしまえば、アルヴィンは押し黙る他になかった。アルヴィンはカサネに対する憧れから盲目になっている部分があり、納得できないことでも無理矢理飲み込んでしまう。それが分かっていてエルヴィスは自分に話を振ったのだろう、そう気付いてはいたものの、カサネはそれを暴くのも面倒だった。


「あー……」


「なんだカサネ、今日は随分やる気がないな」


「え? なに、なんて?」


「や、る、き、な、い、な」


「あー、うん。だってさぁ、また強制指令っしょ? めちゃんこかったるいわー」


アルヴィンとウィツィがいることもあり、元々緊張に強い性質のカサネにとって、強制指令は厄介で面倒臭い案件と化していた。アルヴィンとウィツィを差し置いて成果を挙げられるなどとも思っていない。パイを完食したカサネは、首を回して欠伸を零した。


「まー、とりあえず働かなきゃだわ。眠いけど」


「ああちょっと待ってカサネちゃん、パイどうだった?」


「ん? ああ、えっと、パイの味? んまいけど私的にはもうちょいスパイス効いてる方が好きかも。今のままでもありよりのありだけど。ごちそーさま」


上唇を舐めたカサネが、悩みもせずに選んだ依頼書をアルヴィンに手渡した。やってやれないことはないが、カサネだけでは少々手こずるであろう規模の仕事だ。


「久々に一緒に行こっか。2人なら時間余るだろうし、ちょっと剣も見たげるからさ」


「……はい」


「やったじゃんアルヴィン。それじゃ、僕もう行ってくるね。明日の夕方までには戻るよ」


「行ってらー」


エルヴィスを見送ってから、カサネはもう一度欠伸をした。未だに不満気なアルヴィンの髪をくしゃくしゃと掻き回せば、ようやくその顔が少しだけ緩んだ。


「アルヴィンってさ、大人になってから手かかる感じの子でしょ、絶対」


「エルヴィスに比べればそうでもないと思いますけど」


「エルヴィスみたいのは、子どもの頃はめっちゃ手かかるけど大人になったら余裕だったりするやつっしょ」


「……俺、そんなに手がかかるように見えますか」


「さあねえ。可愛いのはアルヴィンの方じゃん?」


「可愛いって」


またも不満気な顔に戻ったアルヴィンを見て、カサネはけらけらと笑った。

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