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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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どうかしてる

「ただいまー」


「おかえりなさい、今夕飯作ってるから」


「揚げ物?」


「そうよ、お芋揚げてるの」


「もしかして甘塩っぱいやつ?」


「ええ、好きだったでしょ?」


ウィツィが実家に戻ると、室内には油の匂いが漂っていた。ウィツィにとっては懐かしくも魅惑的な香りだが、父親はちまちまと齧って腹を摩っていたことも覚えている。


夕飯には少し早い時間だが、ナナワは上機嫌で料理を仕上げていく。ウィツィの記憶にある食卓よりも随分豪勢だ。


「母さん、張り切り過ぎだろ」


「だってねえ、折角ウィツィが久しぶりに帰ってきたのよ。お父さんは食が細いし、ウィツィが都会に行っちゃってからは本当に料理がつまらなかったのよ」


出来上がった料理が皿の上で山を作る。だからといって作り過ぎではないだろうかと、ウィツィは苦笑する他なかった。


そこで勢いよく扉が開いて、飛び込むようにしてトビアスが帰宅した。ぜいぜいと息を切らしているが、目は爛々と光っている。


「た、ただっ、げほ、ただいま!」


「おかえりなさい、早かったわね」


「ウィツィが帰ってきているのだと思うと、つい」


「だからって、んな走ってこなくても。おかえり」


「はい、ウィツィもおかえりなさい! 5年振りだなんて信じられないです、本当に時間が過ぎるのは早いですね」


トビアスは汗を拭って息を整えた。少し気は弱いが丁寧で、息子のウィツィにも敬語を使うような男だ。それにわざとらしさはない。テオを粗雑に扱っていたとは到底信じ難く、ウィツィは曖昧に笑って頷いた。


「どうかしましたか?」


「あぁ……いや、なんでも」


「お腹空いてるんでしょ。ちょっと早いけどお父さん帰ってきたし、夕飯にしましょう」


ウィツィも皿を並べるのを手伝い、テーブルは料理で埋め尽くされる。改めて大量の料理を前にしたウィツィは戸惑って視線を迷わせた。斜め前ではトビアスが小皿を手に、そわそわと期待に満ちた眼差しを向けてくる。


「……あー、父さん、そっちの肉の煮たの、とってくんね?」


「もちろん! さあどうぞ」


ウィツィが試しに頼んでみれば、トビアスは嬉しそうに料理を小皿いっぱいに盛った。薄々分かってはいたが、両親はこの大量の料理のほとんどを自身に食べさせようとしている。確信したウィツィは天を仰いでから小皿の肉をかき込んだ。


「ウィツィ、少し大きくなりましたね」


「ん? ああ、向こうじゃあんま秘術使えないしな。身体は……今は多分17とか18とか、そんくらいの年齢だと思う」


「そうですか。まあ、目が金色に光るのは目立ちますから仕方ないですよね」


「ん。まあ、この年齢で身長伸びてるってのも不自然なんだろうけどな」


実際、ウィツィは大地の盾で何か言いたげな視線を受けたことがある。単に外見が若いだけならともかく成長しているのだ、年齢詐称を疑われていたのだろう。


ウィツィが恐ろしく思いながらも秘術を使い続けるのは、テオの捜索のためだ。ウィツィが秘術を使うことを、もちろんテオも知っている。ウィツィはなるべく秘術を使うことが、テオが自身を見つける目印になると考えているのだ。なのでいつも呪術師だと分かるように装飾品を身に付けているし、衣服もボリューニャで作られたものだ。実の所、誰かに金色に光る瞳を見られても、それはそれでウィツィ個人としては構わない。


しかし最近は、そうやってテオを探し続けることに対して漠然とした不安がある。ウィツィは両親の目元のしわを見て、そしてすぐ幼さの抜けない自身の手に視線を落とした。


「なあ父さん、聞きたいんだけど」


「はい、なんでしょう」


「母さんにも聞きたいんだけど」


「なあに?」


微笑むと深く影を作るしわ。相変わらずに見えた両親もやはり年月を重ねている。


テオが行方不明になってもう20年だ。果たして自分はいつまで、生きているかも分からない弟を探し続けるのだろうか。果たしてどれほどの年月、身体をこの世に取り残すのだろうか。ボリューニャを出たばかりの時は考えもしなかったことだ。


メリルの調査でもう分かってはいるのだ。ウィツィは目を閉じて深呼吸をした。胸の内の不安が、重く声に纏わり付いた。


「テオを悪魔の箱に入れたんだろ」


あーあ、バカだな、訊いちゃったよ。しかもこんな直接的にさ。変だな、俺のこと良いやつって言ってくれるやつがいたはずなのにな。良いやつって家族のこと疑うっけ。会ってそんなに経ってない探偵の方を信じるっけ。こんなの、父さんたちも気分悪――


「ああ、テオですか。はい、入れましたよ」


「……は?」


トビアスは飄々と答えた。当然と言わんばかりの顔で言ってのけたので、ウィツィは思わず固まった。


「そう言えば、ウィツィが依頼した探偵の方が来ていましたよね。僕は彼女には応じませんでしたけど」


「……なんで」


「すみません。だけどいくらウィツィが望んで彼女に依頼したのだとしても、もし秘術の存在が外部の人に知られたら大変なことになるかもしれないじゃないですか」


「違うっての、そっちじゃなくて」


なんでそんな当たり前みたいに。そう続けようとしたが、唇がぱくぱくと上下に動くだけでなかなか声が出てこない。ウィツィはスプーンを置いて俯いた。


「ウィツィ、どうかしたの?」


トビアスだけではない、ナナワも平然とした様子だ。自分だけがこんなにも動揺している、ウィツィはそれがなんだか滑稽に思えて、途端に頭が冷えた。血液が抜け落ちるような感覚とともに目眩がした。


「なんでそんなことしたんだよ」


「そう言われても、どう説明すべきでしょうか」


「そうねえ。だけどウィツィも大人じゃない。知りたがってるならそのまま伝えて大丈夫じゃないかしら。それに私、探偵さんにちょっぴり話しちゃったし」


「けど、ウィツィが気に病んだらいけないですし」


「バカにしてんのかよ。気に病んだらって……今更だろ」


「そんなに怒らないでちょうだいよ。ウィツィのためだったのよ?」


「は?」


ナナワとトビアスは顔を見合わせた。あまり乗り気でないトビアスに対し、ナナワは深刻には考えていないようだ。


「小さい頃から秘術が使える子はね、本当は悪魔の箱に入れなきゃいけないのよ。けどみんなウィツィを手放したくなかったから、テオを入れてあなたを隠すことになったのよ。ほら、テオも秘術が使えたからちょうどよかったし」


ちょうどよかった? ちょうどよかったって、なんだよそれ。てかなんだその決まり、初めて聞いたんだけど。みんなって誰だよ。つかなんだよ、その言い方。テオをなんだと思ってんだよ。


息が浅くなって視界がぐらぐらと揺れる。眉間がじわじわと痛む。ウィツィは不快な感覚を堪えて、数分前より随分小さくなった声を絞り出した。


「テオはさ、家族なのにさ、母さんと父さんにとっては大事でもなんでもなかったのか」


「そんなことないわ、大切よ。けどあの子は秘術がちょっと、ほら、特殊だったし。それにウィツィを守るためだったんだもの、仕方ないじゃない」


「だからっ……てかなんなんだよそれ! テオを犠牲にしてまで、俺を手放さないためとか守るためだとか!」


「それは当然じゃないですか」


先程ウィツィに話すことを戸惑っていたはずのトビアスまでも、平静と言い切った。


自身のぬくぬくとした不自由ない生活は、テオの犠牲の上に成り立っていたのだ。それが分かった以上、ウィツィはもう2人の話など聞きたくはなかった。だと言うのに唇は何度目かのなんで、を繰り返した。


「だってウィツィは神様の化身なんですから」


「……は?」


まったく予想外の答えに、ウィツィは間抜けた声を零した。トビアスはそれに構う様子もなく、少年のように瞳を輝かせて語り始めた。


「ウィツィの秘術を知った時、私はあなたが神様に見えたんですよ。だって、不老不死の秘術ですよ。まるでオハドノゥトゥじゃないですか。神様が人の身体を持ってこの世に降りてきてくださった、きっとそれがウィツィなんですよ」


オハドノゥトゥとはトーティエが信仰する、生死を司る冥府の審判だ。


そうだたしか不死鳥の親の鳥、名前なんつったけ、左目からそいつを生み出してそれで生死の云々って呼ばれてんだっけか……ウィツィは目の前の両親から逃避するように神話を思い返した。


「お父さんったら、そんなわけないじゃないの。ウィツィが化身ならオハドノゥトゥが冥府にいないことになるわ」


「分かっていますよ、それでも私はウィツィを化身だと思っていたいんです。分かるでしょう、この気持ち」


「まあ、分かるけれどもね」


分かんねーわ、何ひとつ理解できないし、まったく別物の人間みたいだ。両親にそんなことを思って唖然とするウィツィの口から言葉が転がり落ちた。


「気持ち悪っ」


脳でそう感じるより先に零れ落ちた言葉に、ウィツィ自身も驚いた。しかし口にしてしまえばそれは呆気なく、いとも簡単に次の言葉を引き摺り出した。


「どうかしてる」

呪術も一応宗教に分類できるみたいですね。

この作品内では、オハドノゥトゥの信徒たちをトーティエということにしてます。

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