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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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サマティティルール

「エルヴィスお前……なんかでかくなったな」


「え、本当?」


「なってるなってる。なんか声も低くなって男の子っぽくなったし。アルヴィンもちょっと背ぇ伸びたっしょ」


「本当ですか? あ、でもたしかにちょっと服が小さくなってきたんですよね。気のせいじゃなかったのか」


朝と言うには遅いが昼食をとるには早い昼前。キャラバンの依頼掲示板を眺めていたアルヴィンは、隣に立つエルヴィスの手首を見遣った。袖の長さが僅かに足りず露出した腱が逞しく浮き出ている。


「そっかあ、最近沢山食べたくなるの、成長期だったんだ」


「いやそれは前からだろ」


「え、そうだっけ?」


「元から俺の倍は食べるだろ」


「うん、アルヴィンって小食だなあっていつも思ってた」


「あ、そっち? そう思ってたのかお前」


エルヴィスの手にはまたも事務員の女性に与えられた菓子がある。実はアルヴィンは、自分の倍以上の量に加え甘味までも平気な顔で平らげるエルヴィスの食べっぷりが好きだ。


「明日は思い切って休みにして、服買いに行くか。いつまでも貧乏臭くて田舎臭い服着てるのもなんだしな」


「うん! それじゃあ明日のために、今日は張り切って稼ごうか」


「金がかかるな、俺たちって。特にコルマトンに来てから」


「今までが節約し過ぎてたんだよ」


「そーそー、入ったら使わなきゃね。お金は回るものって言うじゃん? ま、そんなわけで私も使うために稼がなきゃだわ」


カサネは一際高額な報酬の依頼書を手に取った。ここ数年で魔物が活発になったことで、魔物退治を生業とする冒険者は仕事には困らない。その恩恵を受けているのは聖火の鏡の団員のような強い冒険者が主だ。もちろんカサネの収入も増えている。


「アルヴィン、僕今日はひとりで行くよ。そっちの方が効率良いし」


「いや、それは危ないだろ」


「大丈夫だよ。僕って弓の腕、結構良いんだよ。アルヴィンとカサネさんがいると埋もれちゃうけど」


「いやそれは知ってる、けどほら、安全第一だろ」


「そうだね、だからこの銅階級のにしようかな」


「いやそうじゃなくて」


「どうしたのさ、リンガラムにいた頃は別々に仕事する時もあったじゃん」


「それはほら、あの辺は魔物も雑魚だっただろ」


もだもだと食い下がるアルヴィンを見てカサネは喉の奥で笑った。まるで子離れのできない親のようだが、それが自分より歳下の少年だというのがなんだかおかしかった。


「アルヴィンめっさ過保護じゃん」


「えっ」


「でしょ? 僕のこと大好きなのは分かるけどさあ」


「お前そういう言葉がすぐに飛び出してくるの凄いな。その自信どこから湧いてくるんだ」


「じゃあ僕のこと嫌いなの?」


「いやそんなことはないけど」


「ほらーもー大好きじゃん、ねー?」


「ねー?」


カサネとエルヴィスが顔を見合わせて頷き合う。アルヴィンは疎外感に背中を突かれているような気分になった。


「大丈夫っしょ、エルヴィスは無理なら無理で引き際が分かる子だし」


「そうそう、だから僕って滅多に死なないし」


「死ぬのに滅多も何もあるか」


「アルヴィン細かっ。あんま過保護過ぎるとウザがられちゃうよー?」


「いや、だけど……いや、うん……そう、ですかね」


「そうそう」


「そうですか……分かりました」


カサネさんに言われると素直に聞くんだよね。口には出さないが内心そう呟いて、エルヴィスは意気揚々と矢筒を背負い直す。アルヴィンはそわそわと落ち着きなく、渋々といった様子でエルヴィスの主張を飲み込んだ。


「矢は多めに補充しろよ。今日はちょっと暖かいから水も多めにな。それとお前は結構寄り道とかしてるけど、あんまり遅くならない程度にな」


「ママかよ」


「アルヴィンは昔からこんな感じだよ」


「小さい頃からママってどゆこと」


「誰がママですか! 万全を期してるだけです」


アルヴィンの言葉を若干面倒臭そうに聞き入れて、エルヴィスは矢を購入してから出掛けて行った。その背中を見送ったアルヴィンは、自身も仕事を選ぼうと掲示板に向き直った。しかしエルヴィスが気になって仕方がないようで、依頼書を取ろうとする手はうろうろと彷徨うばかりだ。


「アルヴィンさあ、心配しすぎだって! エルヴィスの腕を信じてやんなよ」


「信じてないわけじゃないんです。だけど俺みたいに魔法が使えるわけでも、カサネさんみたいに飛び抜けて強いわけでもないでしょう」


「それ言ったらどうしようもなくない? ほとんどみんなそうなんだから」


「まあ、そうなんですけど」


言われてみればその通りなのだが、だからといってすぐに納得できるわけもない。アルヴィンは不満気に唸った。


「心配というか……ううん、そうだな、俺がこうやって世話焼いてたいだけなんでしょうね。エルヴィスともいつかは離れることになるんですし」


「え、なして? そういう話になってんの?」


「そうじゃないんですけど、エルヴィスはほら、性格も人懐っこいし将来は多分男前でしょう」


「わかりみ」


エルヴィスは女性と間違われることもある中性的な顔立ちではあるが、間違いなく整っている。将来は確実に美男子の部類だろうと、カサネは即座に頷いた。


「周りの女性が放っておかないだろうから、いつか誰かと家庭を作るでしょうし。俺とエルヴィスが家族でいられるのもそれまでです。だからかな、あいつが俺の近くにいるうちはそうやって構っていたいんでしょうね、多分」


「ふーん……なんか意外」


「何がです?」


「2人ってこれからも長いこと仲良くやってくんだろうなって思ってたから」


カサネの言葉に、アルヴィンは困ったように苦笑した。エルヴィスは大切な家族ではあるが、ずっとこのままではいられない、少なくともアルヴィンはこの心地良さに身を浸す気はない。


「まさか、あり得ませんよ」


アルヴィンがはっきりと言い切ったので、カサネはほんの少しだけ苛立った。その感情が八つ当たりに近いものだという自覚はあるので、ふうん、とつまらなそうに納得した振りをした。



単独での仕事のためにキャラバンを出たエルヴィスは、早くも寄り道をしていた。誘惑に負けたわけではない、見知った顔と出会ったからだ。


「や、ウィツィ。今日は休みなの?」


「おー、奇遇だな、お疲れ。人と待ち合わせしてんだ」


「デート?」


「違うっての。モテそうな面に見えるか?」


「僕はウィツィの顔、嫌いじゃないよ」


「そらどうも」


ウィツィは通りに面した喫茶店の席でコーヒーを飲みながらメリルを待っていた。そこにエルヴィスが通りかかったのだ。


ウィツィはふと、エルヴィスがアリグレットへの道中で魔物の数と位置を的確に読み取っていたことを思い出した。もしやあの能力は人間にも使えるのだろうかと、気軽に訊ねることにした。


「なあ、エルヴィスって魔物見つけんのめっちゃうまかったけど、人間も見つけられんの?」


「え? んー……誰か探してるの?」


「弟なんだけどな。ま、どこにいるのか見当もつかねえんだけど」


「そうだなあ……見つけやすい人と見つけにくい人がいるから難しいかもしれないけど、探せないこともないよ。特徴教えてよ」


「えっ探せんのかよ、マジか凄いな。言ってみただけだったんだけど」


ぱあっと笑ったウィツィは、メリルに伝えた内容をそのままそっくりエルヴィスに伝え、テオの顔を思い浮かべて他の特徴を探す。街中に貼り紙をしていろんな人に協力して貰うのとかもありかもしんねえな、などとこっそり皮算用をした。


「あー、目蓋は一重だったな。あとそうだな、ホクロ多かったな。右頬だけで3つか4つかあって……あ、もしかしたら耳に傷があるかもしんねえ」


「かも、って?」


「たしかいなくなる前、耳を怪我してたんだよな。どっちの耳かまでは忘れたけど。治って完全に消えたかもしんないしな」


「なるほど、そういう細かい特徴はなるべく最初に伝えて欲しいんだがね」


「へ? お、うおわっ」


突如割り込んできた馴染みのある声に、ウィツィは驚いて間抜けな声をあげながら振り返った。すぐ真近くまで来ていたメリルが、呆れたような表情で腕を組んで立っている。


「やあ、久しぶりだね。そこの金髪の君は友達かな?」


「うん、そうだよ」


「それでいいのかよ、俺ら12歳差だぞ」


「誤差でしょ」


「誤差でけぇな」


にんまりと得意げに笑ったエルヴィスは、直後に小さくくしゃみをした。嗅いだことはないが親しみのある香りが鼻の奥を突く。これは一体何の匂いだと考えていると、ウィツィも豪快にくしゃみをした。


「メッちゃん、なんか……なんだこの匂い」


「匂い? 失礼だな、女性に臭いだなんて」


「臭いとは言ってねえっての、ただちょっと鼻の奥痒くなるような匂いだからさ」


「痒く……ああ、もしかしてこれかな」


メリルの鞄の中から出てきたのは、紐で連ねられた5つの魔除けだ。ボリューニャにいるお喋り好きの老人に与えられたものだ。ウィツィは合点がいったという顔で手を叩き合わせた。


「サマティティルールか! 懐かしいな」


「ああ、魔物はこの匂いを嫌うと聞いたよ。そう言えば、鼻が利く人は苦手と言っていたかな。私も実は少し痒いんだ」


「鼻が利くやつって言うか……ちょっと変わった植物なんだよ。匂いを感じるやつは感じる、分からないやつは分からない、鼻が利くやつでもそいつの匂いは分からなかったりな」


「へえ! それは不思議だね、体質によるということなのかな」


メリルは魔除けの輪に指を通してくるくると回していたが、一気に興味が高まったらしく、目を丸くしてぐっと握り締めたそれらを見つめた。


「ねえねえウィツィ、そっちの女の子がデートの相手?」


「おん……ふっ、ははっ」


メリルとウィツィをそわそわと落ち着きなく交互に見遣っていたエルヴィスが、痺れを切らして遠慮なく訊ねた。メリルは思わず笑い出した。


「まるで犯罪だな! いい歳の君がこんな女の子とデートだなんて!」


「ああもうやめろってメッちゃん! エルヴィス、この人26歳だかんな。探偵のメリル・キーツさん、愛称はメッちゃんな。弟探し頼んでんだ」


エルヴィスはメリルの年齢をオウムのように繰り返した。まるで少年少女のようなメリルとウィツィの振る舞いは、しかしながら大人のそれだ。


「それでええと、ああそうだ、他にテオの特徴は……」


「それなんだけどウィツィ、やっぱり続きは次会った時に聞くよ。これからメリルさんと用事なんでしょ? 僕も仕事に行くところだし、詳しい話はまた今度にしようよ」


「そっか、悪ぃな引き止めて。頑張れよ」


見つけやすい人間の特徴に外見は関係ない。それよりも重要なものがひとつだけある。しかしメリルの前でそれを訊ねるわけにもいかない。エルヴィスは時間を気にする振りをして、早速話に入ろうとしている2人に手を振って立ち去った。

週4〜5回更新したかったけども自転車操業だと難しいですね!!

けどこれからも週4〜5個更新目指していきます!!(できるとは言ってない)

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