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勝利

雷神象さえ倒してしまえばあとは時間の問題だ。間も無く雑魚たちも殲滅されて完全な勝利が訪れた。


「終わりましたね」


「ね。なーんか可哀想だったねー」


自分だけでなくカサネも同じことを考えていたのを知って、アルヴィンは内心安堵した。雷神象を気の毒に思いながら、とどめを刺せたことにも安心していた。


「この雷神象はどうなるんだろうなあ。これだけ硬いんだから何かしら作れば良いものができそうだが」


「そうは言っても運び出すのも加工にも苦労するだろうな。死体の回収は指令には出ていないし、まあ……最終的には領主が判断することになるだろうな。いらないだろうが」


ルクフェルとファウストが雷神象の皮膚を叩く後ろでベルナルドたちが団員の生存確認を行なっている。ウィツィの秘術によって死者は出なかった。


「ねえねえ、あのさ」


エルヴィスがウィツィに駆け寄って囁いた。全員が五体満足で並ぶのを腕を組んで嬉しそうに眺めていたウィツィは、上機嫌のままエルヴィスの口元に耳を寄せた。


「ウィツィのそれって、魔法じゃなくて秘術って言うんだね」


「ああ、トーティエの間ではずっとそう呼ばれてっけど……もしかして、お前が前に魔法がどうとか言ってたのって秘術のことか」


「うん。ウィツィの目がね、アルヴィンと同じように金色に光る瞬間があったからそうなんじゃないかなって」


人前では使わないようにしていたはずだがどこで見られたのだろうかと、ウィツィは目を丸くした。見られても大きな問題のない人物だったのが幸いだ。


「お前らは魔法って呼んでんだな。にしてもアルヴィンのはすっげぇよな」


「ウィツィのだって凄いよ」


「俺のは確かに便利だけど、あんなド派手じゃないかんな。ま、地味は地味で使い勝手良いけど」


エルヴィスと会話するウィツィを見て、アルヴィンは胸を押さえてみた。手の届かない奥の奥がとくとくと脈打っているのが分かる。やはり先程のあれは気のせいだったのだろうかと神妙な顔で首をひねった。


「アールヴィン! どったの、功労者なのに浮かない顔してんね」


「ああいえ、大したことじゃないです。というかカサネさんも」


「ん?」


「……機嫌、良くないような?」


「なして?」


「いや、なんとなく。俺の勘違いならすみません」


カサネはへらりと軽薄な笑顔を浮かべてアルヴィンの背中を強めに叩いた。軽快な音と共に叩き込まれたそれは、当然しっかりと痛かった。


「怪我人はいないか? どんなに軽傷でも名乗り出るように。擦り傷でもだ。全員まとめて負傷者扱いにする」


「あ、俺肘擦りむきました」


「私は腕に痣できました」


「俺は自分の武器で指切りました」


「マジかぁ、悪い気ィ回ってなかったんだわ多分」


ウィツィは簡単に謝りながら耳の後ろを掻いた。到底自分が悪いとは思っていない態度だが、実際3人目に名乗り出た男に関してはただのうっかりだ。


「君の秘術は気を回していないと解けるものなのか」


「あー、多分? いや、実を言うと同時にこんな大人数に使ったことなかったんすよ」


「……ということは、今回のも実は危険だったのか」


「あーとですね、経験上まあいけるかなー的な……」


アルヴィンの魔法を見た時に殴った自分の頬は痛かった、ひっ叩いたルクフェルも痛いと言っていた。つまりあの瞬間は自分たちに秘術はかけられておらず、死んでもおかしくない瞬間でもあった。それに気付いたファウストは額を抑えて唸った。


秘術が曖昧なウィツィに文句を言うべきか、素直に感謝すべきかと数秒悩んで大きな溜息を吐いたところで、ルクフェルがその肩を軽く叩いた。


「まあいいじゃないか。彼がいなければどうなってたか分からないんだ。結果として死者はいないし、負傷者も皆軽傷だ。素晴らしいじゃないか」


「……まあ、それは間違いないな」


ファウストはじとりとした目つきでルクフェルを見遣って、諦めたように頷いた。ウィツィは誤魔化すように笑って、ルクフェルに小さく頭を下げた。


「ウィツィ、本当にありがとう。犠牲者が出なかったのは紛れもなく君のおかげだ」


「えっ? えっ、ファウストさん、えっ、俺に礼とか言うんですか!?」


「僕をなんだと思ってるんだ」


「ああ、いや、ははは」


「それでだ。是非お願いしたいんだが、その秘術について細かく把握していて欲しい。書類上の負傷者の数を稼いだところで、この素晴らしい結果だ。強制指令は今よりずっと容易く出るようになる可能性がある。そうしたらきっとまた君に頼ることになる」


「うぃっす! 了解です!」


羽が生えたように浮き足立った気持ちで返事をしたウィツィは、ファウストに君と呼ばれたことに気が付いた。会議室で怒らせた時はお前呼ばわりされたはずだ。


「ファウストさん、ちょっとは俺の評価改めてくれました?」


「そうだな、今回の指令で……なんだ、前に会議室で怒鳴ったことを根に持っているのか」


「いんや、さすがになんで怒られたのかくらいは分かってますって! みんなの前で言い出した俺がバカでした」


「ああそうだな、君はバカだ」


「うわひっでえ」


「だがバカで良かった」


「えぇ?」


ふっと笑ったファウストの顔は柔らかい。ウィツィは見慣れないその顔にどう応えるべきか分からず戸惑った。見慣れないはずのその笑顔は自然なものだ。


もしや自分が知らないだけで案外柔らかい人なのだろうか、いやしかしあまり余計なことは言いたくない……ウィツィは反応に迷って、思考とともに視線を泳がせた。それを見たファウストは苦笑した。


「君が打算的に秘術を切り売りするような人間でなくて良かったということだ。いや……分かっていたことか。ジョナスの代わりを買って出ようとしていたんだから」


「え?」


「違うのか? 君があの時提案しようとした代替案とはそのことだろう?」


「あ、普通に分かってたんすね」


「経験上大体分かる。君は外見だけでなく行動や性格も若いからな」


完全に見透かされていたことがなんだか気恥ずかしくて、ウィツィは目を逸らして曖昧に笑った。


「それともうひとつ確認したいんだが、その秘術はやはりあまりひけらかさない方がいいんじゃないか」


「そっすね、昔から親にも絶対外では使うなって言われてきましたし」


「だろうな。アルヴィン、君の秘術もそうだろう?」


「えっ? あっ、はい」


突然話題を振られて、アルヴィンの声は若干裏返った。アルヴィンは誤魔化すように咳払いして、秘術じゃなくて魔法なんですが、とぼやいた。しかしごくごく小さなそれはファウストには聞こえていなかった。


「2人の秘術に関しては口外しないよう、うちの団員たちには誓約書を書かせることにしよう。ルクフェルに聖火の鏡でもそうするように言っておく」


「ファウストさん、アルヴィンのは秘術じゃなくて魔法らしいっすよ」


「そうなのか。僕は秘術や魔法についてよく知らないんだが何か違うのか」


「いえ、多分同じようなものだと思います」


「とりあえず、どちらにせよ口外しないように誓約させることにしよう。さて、そろそろ運搬係の所に戻るとするか。ウィツィ、秘術があるとは言え油断しないように。帰るまでが仕事だからな」


使用時には瞳が金色に輝き、意志や想像によって発動するのは同じだ。呼び方が違うのは地域性で説明できる。


そこでウィツィはふとあることが気になった。ファウストが踵を返して部隊長たちの元へ向うのを見送って、アルヴィンに問い掛けた。


「なぁアルヴィン、なんでお前は魔法って呼んでんだ?」


「え? なんでって、何が」


「いやさ、だって俺は周りが秘術って言ってたからそう呼んでたわけだけど。アルヴィンは別にそういうんじゃないんだろ? アルヴィンて意外と夢見がちでフワッフワしてんのな」


「ああ、そういうことか。そうだな、たしか……」


ウィツィに訊ねられて、アルヴィンは子どもの頃の自分を思い返した。


あの頃の自分はまだ魔法の使い方がよく分かっていなかった。そうだ、確か2回目。2回目に偶然使えた時、()()はこの力だったのかと気付いて絶望したんだ。それからはなんだか恐ろしくて、気味が悪くて。それからもたまに炎やら水やらが飛び出して、5回目か6回目だったかな。エルヴィスに偶然見られたんだ。それで――


凄いねアルヴィン、やっぱり魔法、使えるんだ!


「エルヴィスが言ったんだ、魔法だって。だから俺もそうやって呼ぶようになったんだ」


エルヴィスに呼ばれたそれがすとん、と胸に落ちたのだ。得体の知れないこの暴力的な力に名前をつけられて、アルヴィンはその時妙に安心した。そこから少しずつ魔法の扱い方が分かるようになっていったのだ。


「ははっ、たしかにエルヴィスってそういうフワッフワしたこと言いそうだな」


「フワッフワって、まあ、そうだけど。子どもの頃はもっとフワフワしてて……そうだな、かなり変なやつだったな。今でも変わり者だけど」


アルヴィンはつい苦笑した。そこで集合の合図がかかって、2人はそれぞれ部隊長の元へと戻っていった。


アルヴィンの脳裏に、初めて大地の盾を訪れた時、エルヴィスが言っていた運命という言葉がよぎった。もし今でもリンガラムにいたとして、それでもきっと今回の強制指令は出ていたに違いない。自分だけでは決して倒せなかったが、自分がいなければ倒せなかった。アルヴィンは雷神象の死体を一瞥してほんの少しだけ、自分が許されているような気がした。


もしアルヴィンが魔法が使えなければきっと何もかもが違っていた。リンガラムから出ていなかった、魔物退治を仕事にしていなかった、国営キャラバンに所属したままだった。今もこうしてエルヴィスと一緒に暮らせていない可能性もあった。とは言え、そもそも魔法がなければ()()も起きなかったのだから、アルヴィンは決して素直に魔法を有り難がることなどできないのだが。


アルヴィンはもう一度振り返って雷神象を真っ直ぐに見つめた。自分に倒されてしまった巨体がとてつもなく哀れに見えた。

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