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道中

たん、たぁん、がっ、どすっ。


「カサネ、あんまり先行し過ぎるんじゃないぞ、危ないからな」


「ん? なに、誰か呼んだー?」


ルクフェルに名を呼ばれて振り返ったカサネが、飛び掛かってきた水狼の顎を後ろ手に貫いた。


目線のひとつも貰えずに地面に投げ捨てられたその死体がとてつもなく哀れに思えて、ウィツィは隣を歩くアルヴィンに小声で話しかけた。


「カサネちゃんやべぇな、背中に目ついてんの?」


「いや、耳が特殊なんだ。人の声とかはあんまりだけど、物音とかはよく聴こえるみたいで」


カサネが複数の魔物を手早く葬る一方で、ファウストも同等の速度で湧いて出る魔物を殺していく。ある程度片付いたところで周りを見渡し、号令をかけようと大きく息を吸い込んだ。


「ファウストさん右後ろ!」


弾かれたように振り抜いた剣先に、小鬼の顔が引っ掛かった。口内を貫いたが絶命はしていない、ファウストは即座にもう1本の剣で首を切り落とした。重い音と共に転がったそれに、運搬係が驚いて声をあげた。


自分に警告した者の顔を確認しようと全体を眺めていると、にっと笑うエルヴィスと目が合う。少し離れていたのによく見えたものだと、ファウストは素直に感心した。


「大したものだな、他は?」


「んー、3ガトルィートくらい先に20体くらい!」


「よし、承知した。いいか、矢と他飛び道具は温存しておけ! アリオとユージーンの部隊で両側を固めて、フェナーの部隊を先頭に進む!」


「かしこまりー!」


「待て、君に言ったんじゃない!」


くすくすと控えめな笑い声が霧のように漂う。ファウストはまるで散歩でもしているかのように軽やかなカサネの足取りを見て、思わず眉間を押さえた。自分がこれまで仕込んで育ててきた団員たちの緊張があっさりと四散してしまった。


「気になるかもしれないが、カサネはあれでちゃんとやってるんだ。エルヴィスほどではないが索敵もそれなりにできるしな」


「分かっている、そうでなければ金階級になれるはずもない。僕が気にし過ぎているだけだ」


「そうだなファウスト、君はいつもならそんな所まで気にしないのにな。いつもより緊張……いや、思い詰めているのかな」


ルクフェルの言葉の奥にあるものに気付いて、ファウストは彼の頭を叩きたくなった。大柄なルクフェルだが手を伸ばせば頭には届く。しかしファウストは彼の足を軽く蹴るくらいにとどめておいた。


「白金階級の現場だぞ、当然だろう。君たちが楽観的過ぎるんだ」


「希望を持つのは悪いことじゃないだろう。しかしファウスト、君は大したやつだ。諦めを部下に悟らせないところだとか」


「黙れ」


とてつもない剣幕で睨まれて、ルクフェルは咄嗟に目を逸らした。周りに聴こえないくらいの声量で言ったつもりだったが、最もされたくない指摘をされたファウストの怒りを買うのは当然だった。


「自分が生き残れそうな仕事を選んでるうちに金階級になったわけだ、俺たちは。今回も勝てるだなんて考えるのは傲慢かもしれない。しかしだね、カサネはどうだろう」


「彼女なら倒せるとでも?」


「やりかねないと思っているよ。それに最近2人の新人……アルヴィンとエルヴィスなんだが。彼らを気に掛けているみたいでね。階級は銅ではあるが、金階級の現場に行って無傷でピンピンしてるような子たちさ」


「だからなんだ。あんな子どもに頼るなんてそれこそ終わりだ」


すっかり機嫌を損ねてしまったらしいファウストの背中は、しかしそれを悟らせない。先程はルクフェルを睨み付けたが、基本的には人が多い場所では感情をあまり態度に出さない人間なのだ。


ファウストは諦めの良い男だ。他より小柄で力が劣る中、彼なりに戦い方を選んで鍛えてきた。群れを作って攻め込んでくるような小型と中型の魔物ならば100体でも200体でも倒してみせる。


しかし大型の魔物となれば話は別だ。ファウストの筋力と、彼に合わせて作られた細めの双剣。それでは大型の魔物には刃は通らない、通ったとして決定打にはなり得ない。今回のような超大型の魔物との相性は最悪だ。諦めの良い友人の考えていることなどルクフェルには簡単に読めてしまった。


「ここで昼食をとろう。エルヴィス、周りに魔物はいないな?」


「7ガトルィート近く離れたところにいるみたいだし、あんまり心配なさそうかな」


「そんな遠くまで見えるのか」


「見えてはいないけど分かるんだ、なんか感覚で」


「そうなのか。必ずしも目で探しているわけではないんだな」


干した肉と芋、1杯の水。簡素な食事ではあるが30名の運搬係に80名の10日分の食糧を任せているのだ、これが積める限界だ。


食糧は大分減って軽くなりはしたが、多めに積んだ水のタンクはまだ重い。戦闘要員と比べ命の危険は少ないが、重労働の彼らは喉が渇いて仕方ないようで水のなくなったカップを名残惜しそうに見つめている。ちなみに初日に水の消費が多いことに頭を悩ませているファウストを見て、アルヴィンがこっそりタンクに水を足している。


カサネとエルヴィスのカップの中に現れた水の球がとぷん、と揺れた。さすがに魔法を知る2人以外に直接的な水の援助はできない。やはり罪悪感があるらしく、カサネは運搬係とカップの中を交互に見やった。しかし自身が主力であることを理解しているので少しでも消耗を抑えるため口をつけた。


「カサネさん、気にせずどんどん飲んだ方がいいですよ。それに今から雨が降りそうですし」


「え? あ、なるなる。じゃ、薄着にしよっかなー、身体洗いたいし」


「防具を外すのは危ないんじゃないですか」


「えー、やっぱそーかな」


アルヴィンの意図を悟ったカサネがニヤリと笑って、一気にカップの中身を飲み干した。アルヴィンはフードをかぶって目元を隠し、水滴が降る様を想像し始めた。


ややあってぽつりぽつりと降り出した雨に、ルクフェルは不思議そうに空を見上げた。


「天気雨か。さて、どうするファウスト」


「決まっているだろう。運搬係、空いたタンクに水を貯めていくように!」


「はい!」


運搬係のひとりが返事をした直後、空に向かって口を開けた。それを見た他の冒険者も真似をし始めて、ファウストは飲み過ぎないようにと周りに注意した。魔法で降る雨なので実際に腹を壊すことはないが、雨水などは安全のために一度沸かすのが賢明だ。皆の反応を見てアルヴィンはこっそりと微笑んだ。


もう40ガトルィートも進めばアリグレットに突入する。遭遇する魔物の数もアリグレットに近付くに連れて増えている。せめてここで好きなだけ喉を潤して少しでも士気を上げてもらいたい、それがアルヴィンの考えだ。


「ファウストさん、今日は進行するのやめて、ここで水を沸かして休んだ方が良いと思うよ。体力を回復させておいた方が良いと思うな」


「ふむ……」


「ね?」


エルヴィスの言うことを無条件に聞き入れそうになり、ファウストははっと我に返った。


エルヴィスの言葉は時々、相手に聞かなければならないような気分にさせる。超大型キャラバンの団長ですら例外ではないようで、その光景をこっそりと見ていたウィツィは口を尖らせた。


「ファウストさん厳しいくせして、エルヴィスの言うことはめちゃくちゃ聞いてんな」


「不思議だけど、みんなエルヴィスが言うと聞かなきゃいけないような気になるんだよな」


「そうかあ? 俺ぁそう思わないけど。まあ、別に言ってる内容自体おかしいわけでもないか」


「なんだよ、ファウストさんに変なことでも言って叱られたのか?」


「ああ、まあそんなとこ」


ケラケラと笑ったウィツィはそれ以上ファウストたちを気に留める様子もなく、空のタンクを運び出す運搬係を手伝いに向かった。

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