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霊薬

大地の盾の本拠地には、ファウストを含む71名と聖火の鏡の19名の冒険者が集まっている。ファウストはその19名を数えて、不思議そうな表情で顎に手を当てた。


「久しぶりだね、ファウスト」


「ああ。ところでルクフェル、聖火の鏡は15名じゃなかったのか」


「それが勇敢な若者に影響されたようで、予定より多く人が集まったんだ」


「君のところの団員は命知らずだな」


今日は団員たちの顔合わせと会議のための集まりだ。ルクフェルとファウストが団員の適性に応じて部隊分けをして、部隊のリーダーがそれぞれ指示を出すという形をとることになる。


「こうして直接話すのは初めてだな。大地の盾の団長を務めている、ファウスト・セッティだ。君の話は聞いている、金階級の最年少記録で有名だからな。女性で、しかも耳が悪いのに大したものだ」


「やば、ルクフェルさんとタメってマジ? めっさ若いじゃん」


「それはどうも。ところで集団での戦いには慣れていないんだろう。それについてなんだが」


「やっべ敬語使い忘れたわー、さーせん」


「いやいやいやすみません! ほらカサネさん、まず自己紹介しましょう!」


靴底と床の間に摩擦音を鳴らしながら、アルヴィンは2人の間に滑り込んだ。


何か特別なことをしているわけではない、アルヴィンが繰り返すだけでカサネは明確に聞き取って返事をする。ファウストはそれが不思議で仕方がない。アルヴィンはそんなファウストの顔を伺い見て説明した。


「たまに聞き取りやすい声の人がいるみたいなんです。俺……アルヴィン・ファーガスと、そこにいるエルヴィス・ネイサンとか。会話が必要な時はどちらかを挟んでいただければ円滑に進むと思います」


「なるほど、承知した」


アルヴィンが手招きすれば、そわそわと指と指を絡ませていたエルヴィスが間を置かずに駆け寄ってきた。どうやらファウストが気になって仕方なかったらしい。


「よろしくファウストさん! 凄いなあ、結構小柄なのに金階級で団長かあ。ルクフェルさんと同い年なんでしょ? そんなにおじさんって感じしないね」


「やめろエルヴィス自重しろ! 敬語使え!」


「エルヴィス……俺のことを誤魔化しもせずおじさんだと言ったな」


「あ、ごめんねおじ……ルクフェルさん」


「いいよ別に……なんだかんだ30歳だもんな……」


少し傷付いている様子のルクフェルを見て、ファウストは呆れたようにじとりと目を細めた。君のところの団員は賑やかだな。ファウストに言われてルクフェルは複雑そうな顔で頷いた。


ひとまず後衛たちの集団に戻ったエルヴィスを、大地の盾の冒険者は未知の生き物を見るような目で見た。ファウストに対して遠慮なく振る舞うエルヴィスは、彼らにとっては珍妙にすら見えるのだ。エルヴィスほどではないが聖火の鏡の他の冒険者もそう思われている。


「ファウストさんって格好良いね、すごく強いんでしょ?」


「えっ? ああ、それはもちろん」


エルヴィスに話しかけられた大地の盾の団員は、突然話を振られて狼狽えながらも答えた。会話が聴こえているはずもないのにファウストの反応を気にしてしまうのは最早癖だ。


「そちらのカサネ・シキさんが更新するまで、最年少記録の保持者はファウストさんだったんですよ。9年前にチェルトラで魔物の群れを殲滅して、それが評価されて金階級になったんです」


「チェルトラ? それってもしかして300体くらいの群れで押し入ってきたやつ? ファウストさんが倒したの?」


「はい、たまたまその時チェルトラにいたらしくて。他の冒険者もいたらしいですけど、ほとんどファウストさんが。被害者は50名ほど出たらしいんですが、ファウストさんがいなければもっと多くの人が亡くなって、街も壊滅していたでしょうね」


「へええ……」


「そちらの金階級のお2人もですが、ファウストさんも人間離れしてるというか」


エルヴィスは丸い瞳を大きく開いて、団員たちに指示を出すファウストを見やった。

まさかこんな所であの惨事の当事者に巡り会うとは思っていなかったのだ。彼はチェルトラの住人にとって恩人に違いない。


「食料と水の運搬に関しては、聖火の鏡の分もこちらで負担するとしよう」


「ああ、助かるよ。部隊分けはこんなところかな?」


「そうだな、問題ないだろう。しかし戦闘力が未知数だ、あまり隊列にこだわる意味はないかもしれないな。やはり対応力のある冒険者が――」


話し合う団長2名を見ていたエルヴィスだったが、そこでファウストから指示を貰ったばかりの部隊長に呼ばれ、名残惜しく思いながらもそちらへと向かった。


アルヴィンはやたらファウストを気にするエルヴィスが気掛かりだったが、自身も部隊長に呼ばれて踵を返した。そしてすぐ、訊かれた内容に冷や汗をかいて焦ることになった。


「で、君の武器は?」


「えっ? あ、剣です」


「剣はまだ扱いが下手だと聞いているんだが。本命の武器を教えてくれ」


「え、あ、ええと」


「ん?」


アルヴィンはどうしたものかと目を泳がせて、とりあえず鞄に手を突っ込んだ。よく見もせずに取り出した瓶にはどす黒い緑色の液体が入っている。


「……か、火炎瓶、です」


「火炎瓶」


「か、火炎瓶を、こう、投げて」


「……珍しい武器だな」


「はは、そうですかね。あっ、火力は結構ありますよ! 中の油に工夫してあるので」


「まあ、聖火の鏡で活躍してる冒険者が言うんだ。その通りなんだろうな」


引きつった笑顔でなんとか誤魔化して、アルヴィンはその場を乗り切った。嘘が下手なことを自覚しているアルヴィンだが聖火の鏡の名に救われた。


早く剣に慣れることを心に決めて、アルヴィンは素早く瓶を鞄に戻した。火炎瓶で戦う冒険者などアルヴィン自身も聞いたことがない。そんな代物を人の目に晒すのはなるべく避けたかった。


部隊での打ち合わせもボロを出さないように気を張りながら終え、全体の解散は夕方頃になった。

予定より長引いたために多くの冒険者が疲労の色を滲ませている。身体を動かすよりも会議の方がずっと苦手という者も多いのだ。

団長であるルクフェルもその通りで、凝り固まった肩を回して唸った。一方ファウストは涼しげな顔のままだ。


「なあ、エルヴィス。お前やけにファウストさんを気にしてたけど、何かあるのか」


「ああうん。ファウストさんがね、チェルトラの魔物災害を解決した人らしくて」


「なになに、なんの話してんのー?」


「あ、お疲れさまです」


カサネが後ろから2人の肩に手をかけて、勢いよく間に首を突っ込んだ。カサネも身体を動かす方を好むはずだが、その割には疲れている様子はない。


「僕、リンガラムに行ってアルヴィンに出会う前は、ずっとチェルトラにいたんだよね。それで魔物に襲われたんだよね」


「あー、9年前の魔物災害?」


「うん。それで、その魔物のほとんどを倒したのがファウストさんだったんだって。強い冒険者が魔物たちを倒したとは聞いてたんだけど」


「マ? やば、強すぎん? てことは、ファウストさんってエルヴィスにとって恩人ってこと?」


「ファウストさんが魔物を倒してくれてなかったらもっと大勢の魔物に肉片にされてただろうから、多分そうなのかな。結構悲惨な状態で死にかけたけど、なんとか生きてるし」


「えー、なになにどゆこと? その話詳しく」


別に面白い話じゃないよ。いいからいいから。そんなやり取りを3回ほど繰り返して、エルヴィスはあっさりと根負けした。


チェルトラで魔物に襲われて、僕もうすごい大惨事でさ。逃げきれなくて、両脚と片腕まで食べられちゃって。どうなってたのかはよく分かんないんだけど、なんかお腹からも血が出てたし。もうほとんど死にかけだよね。

だけどほら、その時はまだ霊薬がなくなるギリギリ前だったんだよ。霊薬のおかげでなんとか復活して、腕と脚もこの通りちゃんと生えてるしね。

あー良かった、やっぱ霊薬ってあると助かるよね。


「霊薬?」


「ほら、前にハイランズで買ってきてくれた霊水ってあるでしょ? 霊薬を薄めて市場に出したものらしいよ。霊薬は万病を治して、欠けた肉体ですら再生するって言われてるんだ」


「薄めたものでもあれくらいの効果があるってことは、相当なものなんだな、霊薬って」


「うん。だけどね、僕の身体を治したすぐ後くらいに湧かなくなっちゃったんだ。今は貯めてた霊薬を薄めてるんだろうけど」


「けどもうあれから9年だし、これもう無理そーな感じあるよね。つか値段もバカみたいに高くなっちゃってさあ、昔は今の霊水の3分の1もしなかったらしいけど」


「えっ、そうなんですか?」


家賃1年半分を支払って買ったものが、つい9年前まではずっと安く売られていた。なんだか悔しくなったが結局勢いで購入したのは自分自身だ、アルヴィンは重い溜息を飲み込んだ。


「てかさ、エルヴィスって故郷探してるって言ってたけどチェルトラじゃないの? 6歳までずっといたってことはさ」


「ううん、チェルトラじゃないんだ」


「地名とかなんも分かんないんでしょ? それじゃ違うとか分かんなくない?」


「うーん、たしかに情報は全然ないんだけど、辿り着いたら分かるんだ。ここだ! って」


「え? なして?」


エルヴィスは少しだけ眉尻を下げて誤魔化すように笑った。しかしカサネはそれで遠慮するような性格ではない。

先程と同じようなやり取りを3回繰り返して、エルヴィスはもごもごと動かしていた口を開いた。


「ごめんねカサネさん、それはいつかアルヴィンに教える予定の秘密なんだ」


「ふーん……」


それまでしつこく食い付いていたカサネが、途端につまらなそうに口角を下げてアルヴィンをじとりとした目で見遣った。


事故に巻き込まれるのはこういう気持ちだろうかと、アルヴィンはなるべくカサネと視線を合わせないようにしてぎこちなく笑った。

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