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悪魔の箱

メリル・キーツは童顔で低身長だ。26歳でありながら子どもに間違えられることが気にくわない彼女は、しかし自身の容姿が役立つことを認めている。初見であまり警戒されないため、聞き込みがとても捗るのだ。


「悪魔の箱?」


「そうさ、悪い子は悪魔の箱に入れられて、一晩そこで過ごすのさ。そしたらだね、たまにいなくなってしまう子どもがいるんだ。悪魔に喰われるのさ」


「何故たまに本当に行方不明になるとわかっていて、悪魔の箱の罰はなくならないのですか?」


「なにも起こらないなら罰にならないだろう。悪魔の箱に入れられたくなければ悪さをしない、抑止になるのさ」


「はあ、そんなものなんですか」


テオの捜索のため情報を得ようとボリューニャを訪れたメリルは、現地の住人に話を聞いて回っていた。老人は長く伸びた髭を撫で、やけに嬉しそうにメリルに説明した。時間を持て余していたらしい。


ウィツィが所持しているリストに載っていた行方不明者は、ほとんど子どもの頃に姿を消している。そして悪魔の箱に入れられるのは悪さをしたとされる子どもだ。なにか関わりがあるように思えて、メリルは予定表に悪魔の箱の確認をねじ込んだ。


「お嬢ちゃん、こんなところに観光に来たってつまらないだろう」


「いえ、別に観光に来たわけでは」


「別に名物なんかもないしな、あるとすれば土産に魔除けくらいか。ほれ、ひとつやろう」


乾燥トウガラシ、木製の部品、鳥の羽で作られた魔除けは首にかけられるようになっている。独特な香りに、メリルは鼻を鳴らして眉を寄せた。


「この匂いはなんですか? 少し鼻が痒くなるような」


「紐の材料のサマティティルールの蔓だな。隣の町の端っこの森で採れんだ。魔物はこの匂いが嫌いだからな、魔物除けにもなるんだ。ま、人間も鼻の利くやつは苦手みたいだけども」


「へえ、それはいいですね。魔物除けは魅力的だ。ありがたく頂戴します」


老人に話を聞き終えたメリルは、今度はウィツィの両親の元を訪れることにした。テオが子どもの頃に行方不明になったということは、ウィツィもまだ子どもだったはずだ。となれば、捜索願の提出等、対処をしたのは親だろう。ウィツィから控えておいた情報を元に、メリルはイグレシアス家へ向かった。


「お初にお目にかかります、メリル・キーツです」


「ああ、こんなに若い人だったの。丁寧な手紙だったからてっきり熟練の方かと思ってたけど。どうもね、ウィツィの母です」


メリルを出迎えた女性は、ウィツィの母親のナナワだ。ウィツィと同じ黒髪だが、肌の色は明るい。至って普通の女性に見える。


「で、ええと、なんだったかしら」


「ご子息から仕事の依頼をいただきまして、行方不明者の弟君についての情報収集の最中なんです。少しでもお話を聞かせていただければなと。生きていれば現在26歳、そして6歳の頃に行方不明になった。間違いないですか?」


「ええ、その通りよ」


ナナワはゆったりと頷いたが、それに反してやや粗雑な造作でメリルの前にティーカップを置いた。自身も物の扱いは雑なので気にはならないが、メリルはふとウィツィとの会話を思い出した。茶渋のついたカップを見て、物の扱いが似ていない親子だと考えていた。


「躾のためにね、悪魔の箱に入れたんですよ。それで朝迎えに行ったらいなくなっていて。本当にね、どうしてよりにもよってテオを入れた時に悪魔が来たのかって……違うわね、どうして悪魔の箱に入れてしまったのかしら、本当に酷いことをしたわ」


「悪魔の箱は、ボリューニャでは一般的なものなのですか」


「ええ、そうよ」


ここでも悪魔の箱が出てきた。メリルには厳しすぎるように思えたが、ボリューニャの住人にとっては一般的な躾らしい。


メリルは違和感を覚えた。しかし何に対してなのか、その正体までは掴めない。


「あの、ところでね。ウィツィは元気にやってる?」


「はい、大地の盾で冒険者をしてますよ」


「大地の盾って、魔物退治系よね。危ないわ」


「ですが必ずパーティを組むキャラバンなので、魔物退治系の中で最も団員の死亡率が低いですよ。本人も怪我なくやってますし」


「まあ、あの子ならちゃんと生き延びるわよね。それより、戻ったら伝言をお願いできないかしら。心配だから早く帰ってきなさいって」


「はは、そんなに心配なさらなくたって彼だってもう立派な大人ですよ。けど分かりました、伝えておきます」


ナナワとの会話で分かったことは、テオの行方不明の原因が悪魔の箱であることくらいだ。情報収集よりも世間話の方が長くなってしまい、出されたお茶は冷め切っていた。違和感が胸の内で霧のようにもやもやと広がって、何かを隠している。メリルはそれが不快で仕方がない。


ナナワと話し終えたメリルは悪魔の箱へ向かった。箱とは言っても実際は小屋で、鍵は木の棒を穴に通すだけで外から簡単に開けられるようになっている。罰として閉じ込めるためか、内側からは開けられない。


現実的に考えれば悪魔の仕業ではなく、ここに子どもがいることを知る者による誘拐だろう。それにいくら地域に根付いた躾だとしても、実際に子どもが消えているのに箱が使われ続けるのはどうしても不自然だ。


不可解なことが増えていく。こういう時は一度帰って整理するのが、メリルにとっては一番だ。離れてから気付く事の方が多いものだ。それにウィツィと経過報告の約束もある。メリルは大人しくコルマトンに戻ることにした。


荷物を背負い直しこれから歩く道の先を見据えて、メリルは大きな溜息をついた。ここから10ガトルィートほど歩いてようやく、馬車鉄道などという時代遅れなものにたどり着く。老人の言っていた隣の町というのも30ガトルィート近く離れている。ボリューニャはとにかく交通面で不便だ。しかしだからと言って帰らないわけにはいかない、メリルは大股で歩いていった。


一方、ウィツィはキャラバン内の椅子に腰掛け、落ち着きのない様子で足で床を叩きスコーンを齧っていた。そわそわと視線を散らし、中身のなくなった紙袋を丸めている。


「どうかしましたか、なにか気になることでも?」


「へ? いや、別に」


「そうですか、なんだか落ち着きがないようですので」


「あ、いや、えっとな。ほら、俺前に弟探してるって言ったろ。それで探偵に頼んでてさ、もうすぐ会う予定なんだ。待ちきれなくてさ」


「そうですか、なにか分かるといいですね」


同じパーティの青年の当たり障りのない言葉に、ウィツィはぱっと笑って頷いた。それを見ていた他のメンバーは仕方なさそうに苦笑した。


「弟って、もう20年近く前に行方不明になったんだろ? 普通に考えればもう生きてはないよな」


「おい、聞こえるぞ。本人がそう信じたくてやってんだから、俺たちがどうこう言うことじゃないだろ」


「案外本気で生きてるって信じてるんじゃないかな。ほら、ウィツィって結構馬鹿だし」


「まあ、たしかに馬鹿だけど」


「あと騙されやすそう」


「分かる」


「良いやつなんだけどな」


「だからこそというか」


小声で話していると、1人の女性が慌てた様子で大地の盾に駆け込んできた。仕事の依頼に並ぶ人々の列に割り込んで文句を言われたが、それを気に留める様子はない。受付の事務員は困り顔で、女性の持つ用紙を受け取った。


「なんだあれ」


「よっぽど急ぎの仕事なんじゃないか」


「いや、ちょっと待て。腕章着けてないか? 組合の人みたいだな」


事務員の驚愕の声が響き渡った。何事かと集まった他の事務員や冒険者も、用紙を覗き込んで驚いている。ざわめきは伝播し、それは少ししてウィツィたちにも届いた。


「嘘だろ……」


「本当にあるのかよ」


「そりゃなくはないって聞いてたけど」


「まさか自分がぶち当たるとはなあ」


非常事態ということは分かるが、その概要までは伝わっては来ない。ウィツィたちのリーダーが近くにいた団員の男に訊ねると、上擦った声が返ってきた。


「出たんだよ!」


「なにが? 幽霊?」


「そんなわけないだろ!」


「静粛に!」


混乱する室内に質量のある声が響き渡った。途端に静寂を取り戻した空間を眺めて、声の主は双剣のひとつを掲げた。


短い金髪にオリーブ色の瞳、有り余るほどの存在感に反して小柄な体躯。上下関係が明確になっている大地の盾において、彼の言葉は絶対的だ。


「ファウスト・セッティを含む70名の協力を要求する。場所はレストニア領アリグレット。王室より強制指令だ」


僅かな沈黙の後に、動揺した冒険者たちの戸惑いの声が再び空間を埋めていく。強制指令の最初の行を読み上げた本人、大地の盾の団長であり唯一の金階級でもあるファウストは苦々しく顔を顰めた。

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