真理の天井
プロローグちょっとだけいじったので、よければ読んでみて欲しいです。
ウィツィは調査結果を読んで大きな溜息をつき、豪快にスコーンを頬張った。
よく通う店で売られている、余り物の食材を混ぜ込んで作られたスコーンは安くて大きい。そればかり食べていると健康に悪いと知ってはいるが、ウィツィの実年齢より若く衰えない肉体にはあまり重要ではない。実を言うと食べなくても問題はない、口寂しいから食べているだけだ。
ウィツィが大地の盾に入団した理由は、人員が揃っていて社会系からの同行依頼が多いからだ。とは言えパーティ結成が必須のため自由度は必然的に低くなる。休日に調査・開拓系キャラバンに依頼して情報収集をしているものの、目当ての情報は手に入らない。
「バレリオ・ヒスペルト、生死不明。アガピト・レケホ、生死不明。はー……」
空いていない腹に遅めの昼食を詰め込んだウィツィは、外に出掛けることにした。ドアの外に出ると、一瞬の空腹感の後に満腹感を感じられる。
ウィツィの今日の予定は、相変わらず情報収集だ。開拓系キャラバンに委託していた調査の結果が出ているはずなので、ウィツィはあまり期待せずに受け取りに行った。
「こちらが結果になります」
「どうも」
少しだけ覗き見た表には、朝確認していたものと同じように見知らぬ名前が多く並んでいる。ウィツィは溜息を吐きたくなった。
ウィツィは頭が良くない。学のない孤児の冒険者たちに混ざっている間は気付かなかったが、いざ自分だけで何かを調べようとするとすぐに行き詰まり、打開策もなかなか思い付かない。知識は増やせても活かすことが下手なのだ。故郷で甘やかされてきた弊害なのか、それとも元々こういう脳みそなのかと、頭を抱えて蹲りたくなった。
「あれ、ウィツィくん、だっけ?」
「ん? ああ、どもっす」
名前を呼ばれたウィツィが振り返ると、そこには先日共に仕事をしたジャン・タッカーが立っていた。寛いだ服装なので仕事中ではないだろうが、かと言って気ままな休日を過ごしているようには見えない。
ジャンは目の前を通る女性に紙を差し出した。しかし目線のひとつも貰えず素通りされた。
「何してんすか」
「宣伝……はい、どうぞ」
「なんすかこれ」
「いいから、ね、どうぞ、ほら、さあ」
ほとんど押し付けられるようにして手渡された紙には、無名の調査系キャラバンが載っている。ウィツィが不思議そうにしていると、ジャンは大きな溜息を吐いた。
「知人がね……調査系キャラバンを発足したんだけども、依頼人が少ないらしくて。休日だっていうのにこうやって宣伝のために駆り出されてるんだ」
「ジャンさんって人がいいですよね」
「断れないだけさ。そういうのを分かった上でやらせてくるから本当に困ったものだよ」
「大変すね。にしても珍しいな、調査専門のキャラバンとか」
調査系キャラバンは開拓系を兼ねているのが一般的だ。ひとつのキャラバンで調査と開拓を同時に進められれば、他のキャラバンとの連携が不要な分迅速な判断が下せるからだ。金銭トラブルや不正確な情報の伝達も格段に減らすことができる。
「いや、多分ウィツィくんが想像している調査系とは違うと思うよ」
「へえ?」
「そう! その辺の調査系キャラバンと一緒にされては困るね!」
「ん?」
甲高い声が割り込んだ。自身の後ろからひょっこりと顔を出した人物を間抜けた顔で見つめるウィツィを見て、ジャンは苦笑してその人物を紹介した。
「彼女はメリル・キーツ。この調査系キャラバン、真理の天井の創立者さ」
「えっ……いや、子どもじゃないすか」
「失礼なやつだな、これでも26だよ」
現れたのはかなり小柄な女性だ。しかも童顔だ、とても成人しているようには見えない。しかし本人が26歳だと言っているのだ、ウィツィは素直に謝った。
「大手は仕事が多い分どうしても深くまで追えないのさ。だからある程度まで進んだらそこで調査を打ち切ることもある。うちは弱小だけども、だからこそ融通も効くし情報収集は得意分野さ。何より私はしつこい! 良い意味で!」
「はは、たしかにそうだね」
情報収集という言葉に、ウィツィはつい反応した。メリルは頼りない外見ではあるが、自信は十分なようで胸を張っている。ウィツィは小さな期待が灯るのを感じた。
「知っているかな。今や多くのキャラバンで用いられてる冒険者という呼び方は、本来開拓系キャラバンの構成員のことを指すんだ。未知の土地を開拓するのだから、相応しい呼び名だね」
「はあ」
「そしてェ! 真理の天井のように、情報収集と証拠集めに特化した調査系の構成員は本来どう呼ばれていたのか、ご存知かな?」
「いや、知んねっすわ」
チッチッチッと唇の隙間から息を吹き出しながら、メリルは人差し指を振った。
「探偵と言うのさ!」
「人探しもお願いできるんすか?」
「人の話聞けよ! できるよ!」
ウィツィを捕まえたことでようやく解放されたジャンは、腹を鳴らしながら飲食店に入っていった。どうやら昼食もとらずに宣伝していたらしい。
上機嫌のメリルは、軽やかな足取りでウィツィの前を歩いた。少しして到着した真理の天井の本拠地は、やけに狭い木造の建物の3階だ。
「構成員いないんすか」
「そう、私だけ。恥ずかしながら誰かを養う余裕はなくてね。まあ掛けてくれ、紅茶でいいかな?」
「コーヒーがいいっす」
「そんな高級品あるか、どこのお坊ちゃんだ君は」
乱暴にテーブルに置かれたカップには小さなヒビが入っている。割れはしなかったが、茶渋もついたままで普段から丁寧な扱いを受けていないことが分かる。
「もう少し優しく扱えばいいのに」
「安物だしどうせすぐ壊れるんだから、そんなに気にするものでもないだろう」
「そんなもん?」
「まあいいじゃないか、それより仕事の話をしよう。人探しだっけ、詳しく聞かせてくれるかい」
ウィツィは頷いて鞄の中から書類を取り出した。人名が並ぶそれらの1行目には、「ボリューニャにおける行方不明者」と書かれている。
「君はボリューニャの出身なのか。たしか随分西の方の……ガフォジャ領バドリルチェにある村だったっけかな」
「んなことよく知ってますね」
「どこかで聞いたことがあったからね。呪術師一族だろ? 呪術師って何するんだい?」
「お祭りみたいに悪魔祓いしたりとか、いろいろ祈願とか、降霊術とか。ボリューニャはその辺は家庭によって結構違うっつーか、個人の呪術師が集まっただけみたいな」
「ふうん? 君も呪術師なのかな?」
「まあ一応は」
メリルが興味津々といった様子で身を乗り出した。好奇心が旺盛らしい。早くも脱線しそうになり、メリルはわざとらしく咳をしてウィツィに続きを促した。
「ボリューニャって子どもの行方不明が多いんすよ。悪魔の仕業とか言われてっけど、だからと言ってそれで諦めて終わりってわけにはいかねえし。俺、ひとつ下の弟がいるんだけど子どもの頃に行方不明になって、ずっと探してるんすよ」
「なるほど、人探しっていうのは弟くんのことか」
「ああ、捜索願は5年前に出したんだけど、音沙汰なしでさ。今は他の行方不明者について調べてんだ、なんか手掛かりとかあるかもしんねえし」
「ふむ。よし分かった! とりあえず弟くんについて聞かせておくれ。今日は初日だしそれで終わりにしよう」
メリルは手帳とペンを取り出した。これまでウィツィが集めた行方不明者についての情報を預かり、ウィツィの弟、テオ・エスペラ・イグレシアスの身体的特徴をまとめる。ウィツィと同じような褐色の肌と紫がかった黒い髪、瞳の色は黒、年齢は26歳。
「どういうことかな、生きていたら26歳って。弟じゃなくて兄の間違いじゃないかい」
「いや弟だって。俺27だし」
「えっ」
「いやマジで」
「なんだなんだ、子どもみたいな大人だな!」
「そっくりそのまま返しますよ」
もう何度したか分からないやり取りをメリルともして、ウィツィは苦笑しながらメリルの風貌に触れた。メリルは昔から背が伸びず幼げな丸っこい顔立ちらしく、本人も多少気にしているようだ。
「どれくらい時間がかかるか分からないし、金額についてはまた今度にしよう。安心しなよ、法外な金額は請求しないから」
「お手柔らかに頼んます」
「さあ、とりあえず終わりだ。外まで見送るよ」
廊下の箱や荷物に足をぶつけながら外に出て、メリルは友人にするように手を振った。ウィツィも手を振り返しながら人混みの中に消えていった。
ウィツィの姿が完全に見えなくなった頃、ふとメリルは先程のウィツィの言葉を思い返した。5年前に捜索願を出した、子どもの頃に行方不明になった。
ウィツィを未成年だと勘違いしていた間は何の疑問も持たなかったが、ウィツィの言葉が本当なら、捜索願が出されたのはテオが21歳の時ということになる。何故行方不明になってからすぐに出さなかったのか。
次に会った時にでも訊いてみよう、そう考えながらメリルは室内に戻って行った。