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カサネ・シキ

同行依頼の翌朝、アルヴィンとエルヴィスはキャラバンのカウンターで完了報告をしていた。クララは2人が報酬が書面と差異がないかを確認しているのを落ち着かない様子で眺めていた。


「さあ、数え終わりましたか?」


「はい、丁度ありました。どうかしたんですか、なんかそわそわしてますけど」


「ふっふっふ……もうそろそろ紹介したい人が来る時間なんですよ。御二方はまだ会ったことがない人ですよ!」


「うーん、そう言われてもまだ会ったことない人の方が多いからなあ」


その人物が来るまで今日の仕事を選ぼうと、アルヴィンとエルヴィスは掲示板を眺めることにした。その途中で依頼書を吟味していたエルヴィスは、思い出したようにぽつりと零した。


「今更なこと言っていい?」


「ん?」


「僕らってあんまり相性良くないよね」


「……えっ」


アルヴィンはばっとエルヴィスを振り返った。6歳の頃から一緒に暮らしてきた相棒にそんなことを言われるとは思わず衝撃を受けた。


「だってアルヴィンがナイフ使ってた時は、君が前衛で僕が後衛だったじゃん。けど今って後衛だけが2人いる状態じゃん」


「あ、そういうことか」


「アルヴィンがその剣をちゃんと使うって言うなら、前衛か……他に誰か前衛がいるなら中衛でもいいんだろうけど」


「……いいかもな」


「え?」


アルヴィンは初めて聖火の鏡を訪れた時に購入した片手剣の柄を人差し指で撫でた。


入団試験に選んだ仕事ではまったく使いこなせず無様なだけだった。同行依頼では最初から使う気が起きなかった。


今思えばへそを曲げていたのかもしれない、しかし今後使わないつもりかというとそうではない。


「ちゃんと剣を鍛えてみようと思うんだ。今は下手くそだけど、いつか使いこなせるようになるはずだ」


「どうしたの急に、珍しくやる気だね」


「昨日の同行依頼でやっぱり強くなりたいって思ったんだ」


「君はもう十分過ぎるほど強いよ、なんと言っても魔法があるんだし」


エルヴィスの言葉に、アルヴィンは困ったように視線を泳がせた。ややあって向き直った顔は少しだけ照れ臭そうだが、いつもより活力がある。楽しそうだね、エルヴィスにそう言われてアルヴィンは素直に頷いた。


昨日の同行依頼の最中にある女性に遭遇したこと、その女性が武器を身体の一部のように扱っていたこと、アルヴィンはそれについて話した。いつもよりずっと子どもらしい表情が珍しく、エルヴィスはつい不思議そうな顔で聞いた。


「ちょっと見ただけだったけど、素人目にも強い人だってすぐ分かった。すごく努力をした人なんだろうって」


「その人に憧れたってこと?」


「憧れたというか……そうだな、人って魔法が使えなくてもこんなに強くなれるんだろうなって思ったんだ。魔法がなくても、頑張ればああなれるかなって」


「アルヴィンは魔法、あんまり好きじゃない?」


アルヴィンは少し考える素振りの後に首を横に振った。エルヴィスにはどうにもややこしく思えて仕方がなかった。


「仕事も楽にこなせるようになったし、金も稼げるようになった。けど全部魔法のおかげであって、俺が自力で掴み取ったものじゃない。どんなに魔物を倒したとしても、それは俺の力じゃない。虚しいだろ、それじゃあ」


「僕はそうは思わないけど……魔法が強力過ぎるからそう思っちゃうのかもね。僕はアルヴィンが鍛えたいなら応援するよ」


「ああ! で、その人なんだけど、実はここの――」


「アルヴィンさーん! エルヴィスさーん!」


クララがカウンターに乗り出して手を振っている。紹介したい人物が来たのだろうと、2人はカウンターに向かった。そしてのんびりとした足取りでカウンターにやってきた人物を見て、アルヴィンは思わず声をあげた。


「さあ御二方、この方が聖火の鏡が誇る2人の金階級の内のもう1人、カサネ・シキさんです!」


ゆるやかに波打つ長い黒髪、明るい茶色の瞳、涼しげな目元、そして細槍。やはり昨日地下通路で会った人物で間違いない、アルヴィンは高揚して勢いよく話しかけた。


「あっ、あの! 俺アルヴィン・ファーガスっていいます、昨日地下通路で」


「ああっ、ちょっと待ってくださいね!」


「いいよいいよ、なんか今結構聞こえるし」


紙とペンを取り出したクララを制止して、カサネは柔らかく微笑んだ。締まりのない口元と涼しげな目元の印象がどうにもちぐはぐだ。


「新人っしょ? 私ね、カサネ・シキっていうの。よろー」


「僕エルヴィス・ネイサンっていうんだ、よろしくお姉さん」


「へえ、エリザベスね! え、めっちゃ可愛いじゃん、妹に欲しいんだけどマジで」


「あの俺、アルヴィン・ファーガスです」


「アイリーン? へー、女の子みたいな可愛い名前してんね」


「いや、あの」


クララは苦笑して紙に何かを書いた。それを読んだカサネは、困ったように眉を寄せて首を傾げた。


「あー、ごめんごめん。エルヴィスとアルヴィンね。あれ、エルヴィス……ってもしかして男?」


「そうだよ」


「マ? 髪めっちゃサラサラじゃん、女子力高過ぎん?」


アルヴィンは緊張が徐々に萎んでいくのを感じながら、カサネのころころと変わる表情を見ていた。


自己紹介を終えて掲示板に向かうカサネを見送って、クララは先程まで文字を書いていた紙をアルヴィンに見せた。紙には会話の内容の要約が書かれている。


「驚きました? 私も初めてお顔を見た時は冷たそうな人だと思ったんですけど、実際はかなり砕けた人なんですよ」


「いや、それもありますけど……もしかしてあの人、耳が悪いんですか」


「そうなんです、さっきのはまだ聞こえてた方なんです。本当に凄い人なんですよ」


「耳が悪いのに金階級か……」


「そうですね、それもあるんですけど」


カサネは掲示板の前で身体を揺らして鼻歌を歌っている。耳が悪いからか音程はめちゃくちゃだ。悩んだカサネは、少しして1枚の依頼書を手に取った。


「カサネさん、指示とかもよく聞こえないんですよ。だからパーティを組んでの仕事や同行依頼は受けられないんです。つまりあの人は1人で金階級まで昇り詰めたんです。去年ですね、16歳の時に金階級昇格の最年少記録を更新したんですよ」


依頼書も1人で選んでいたし、地下通路で遭遇した時もカサネは1人だった。アルヴィンは感嘆の溜息をつくしかなかった。一度萎んだ高揚が再び湧き上がり、アルヴィンは後先考えずカサネの元へ駆けた。


「あのっ、カサネさん、昨日地下通路で」


「ん? なになに、どったの?」


「あっ、そうだ紙だ、紙……」


アルヴィンは慌ててペンと紙を取り出して、昨日の件で感激した旨を綴った。カサネはそれを読んで少しだけ照れ臭そうにしたが、その次の文章を読んで呆けた顔で瞬きをした。


「へっ、私と? マジで?」


「どうしたのアルヴィン、何言ったの」


「え、なんかめっちゃ美味しそうなの持ってんじゃん」


「いる?」


「あざまる」


またもや焼き菓子を餌付けされたエルヴィスが、口をもごもごと動かしながらやってきた。そのままカサネに袋を差し出せば、カサネは中からマフィンをひとつ摘んで頬張った。


「なんかね、私とパーティ組みたいんだってさ。ずっとじゃなくて1回だけでいいからって」


「へえ、思い切ったね、アルヴィン」


「報酬の分配もなしでいいですから、戦い方を見てみたいんです! お願いします!」


「いいよ」


「えっ」


思いの外あっさりと許可が貰えたので、アルヴィンは拍子抜けした。


カサネは誰かとパーティを組むことに然程興味はないらしく、変に手ぇ出さないならね、と付け足した。クララの言った通り、あくまでも単独の冒険者なのだ。


「マジで連携とか無理よりの無理だし、あんま遅かったら置いてっちゃうけどおけまる?」


「……おけまる?」


「よっし、ならおけまる」


「えっ、いやおけまるってなんですか」


「おけまるはおけまるじゃん。ちなみに今日の仕事はこれね。受注してくるから準備しといてねー」


カサネが選んだ仕事は「レストニア領東端の自然荒地に出没する推定50匹の魔物の群れの討伐」だ。それを1人でこなすつもりだったのかと思うと、アルヴィンはカサネが自分と同じ人間だと思えなかった。カサネはめちゃくちゃな鼻歌とともにカウンターに向かい、アルヴィンはつい唖然とした。


一部始終を見ていた冒険者たちの押し殺された笑い声が聴こえて、アルヴィンはそこで我に返った。


「ふふふ、みんなカサネちゃんと初めて話す時は動揺するのよね」


「あまり聞こえていない時は本当に会話が成り立たないからね。ところであれは若者言葉って言うのかな。どこで覚えてきたのか知らないけども」


「若者言葉というか、俺たちのいた場所ではああいった言葉を使う人はいなかったので、都会の人はよく分からないなと思ったんですが」


「都会の人間がみんなああやって話すわけじゃないさ、実際私らはよく分かってない」


それは結局どうあっても会話は成り立たないのではないか、彼女はそれに気付いているのだろうか……。アルヴィンはカサネの耳の聞こえが良くないことが些細な問題にすら感じられた。


「ところで少年、カサネに同行するならよく見ておくといいよ」


「はい!」


「カサネは脚と尻が良いからね。特に腰から太ももにかけてが素晴らしい」


「ん?」


「駄目よもう、またそうやって新人さんに変なこと言って」


一拍置いてからかわれていることに気付いたアルヴィンは、隠しもせずに不満気な顔をした。


早いところ準備を済まそうと、アルヴィンはいつも支度の遅いエルヴィスに声をかけた。エルヴィスはちょうど弓の弦を弾いて唸っているところだった。


「アルヴィン、やっぱり僕今日は行かないでおくよ、弓の点検したいし。何だったら他に良いのがないか見てこようかな」


「え? あー……まあそれも結構使ってるしな」


「うん、ちょっと反ってきちゃってるから。ほら」


エルヴィスが弦を外して弓を見せてきたが、アルヴィンにはさっぱり分からない。使っている本人にしか分からないものなのだろうと、アルヴィンは曖昧に頷いておいた。


「他にいいのがないか見てくるね。明後日……明々後日にはまた出れるようにするよ」


「勿体ないな、せっかく金階級に同行できるのに」


「金階級だからこそ、この弓で同行するのはどうかと思うしね」


それじゃ、とエルヴィスは軽く手を振りながら外に出て行ってしまった。アルヴィンは少しだけ残念そうにしたが、すぐに気を取り直して鞄の中身を確認した。


魔法を隠すために用意した道具が入ったままで、鞄の重量の半分以上がそれらだ。もし剣がうまく使えるようになればこれもいらなくなるだろうと、それを想像するだけで心は小さく踊った。

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