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大地の盾のウィツィ

アルヴィンとエルヴィスが新たな生活の場に選んだのは、バーウェア領より南にあるヴァレマン領のコルマトンという都市だ。


首都への交通が良く人口も多く活発で、大通りの両端には店が立ち並んでいる。客を呼び込む声や若い娘たちの笑い声が飛び交っていて、酒灼けした家無しの呻き声と恨み言が聞こえるばかりだったかつての住処とは雲泥の差だ。道も砂を踏み固めたようなリンガラムと違い石畳で整えられている。行き交う人々の靴の踵が地面を叩く音が、アルヴィンの耳に心地良く響いていた。


2人がこの都市を行き先に選んだ理由は目当てのキャラバンがあるからだ。


この世には数多くのキャラバンがあるが、その中でも王室より与えられる特別な名前が4つある。その内の2つが、このコルマトンに本拠地を設ける魔物退治専門のキャラバンである。そのためここは魔物退治を生業とする冒険者の聖地のひとつである。


「都会って凄いなあ、人がこんなにいるなんて」


「人が歩くのが速い……建物が高い……」


エルヴィスが地図を見ながら意気揚々と進んでいくが、アルヴィンは今更戸惑い始めていた。


見知らぬ都市と見知らぬ道は幼い頃からリンガラムで暮らし続けていた彼を不安にさせたが、来てしまったものは仕方がない。アルヴィンは迷いなく進んでいくエルヴィスの後を着いて行こうと足を進めた。かと思えば、エルヴィスは急に立ち止まってしまった。


「ねえアルヴィン、あれ食べようよ」


「あれ? ああ、鶏の串焼きか。そうだな、小腹も空いたし」


エルヴィスが指した先にはひとつの露店があり、鶏の脂が焦げる香ばしい匂いと、香辛料や香草の甘く刺激的な香りが漂っている。店員が笑顔で串を渡し、受け取った女性がそれを食べながら、賑わう道を器用に縫い歩いていった。


「2つお願いします」


「はい、50ウィーガルです。オレンジガーリックとバジルの2種類ございます」


「え? ああ……ええと、それじゃあ1つずつで」


味を選べるとは思わずアルヴィンは一瞬狼狽え、結局よく考えもせず答えた。


リンガラムにいた頃にたまに買っていた鶏のステーキは1枚15ウィーガルだったが、この串は1本で25ウィーガルだ。高いと思いはしたが、奥で焼き上がった串を持って待ち構えている店員と目が合いアルヴィンは急いで代金を支払った。


アルヴィンが好きな方を選ぶよう串を差し出すと、エルヴィスはバジルの方を手に取った。買ってしまったのだからせめて味わって食べよう、そう思いながら口に含んでアルヴィンは目を瞬かせた。


柔らかく瑞々しい肉は簡単に噛み切られ、香辛料の香りが鼻に抜ける。柑橘の爽やかな酸味と臭みのないまろやかな肉汁が舌の奥にまで行き渡った。


安い鶏肉の乾いた食感と獣臭さ、酸化した脂の粘土のような不快な風味を普通だと思っていたアルヴィンは美味な串焼きに面喰らった。エルヴィスも驚愕したようで、嬉しそうに頬を紅潮させながら夢中でもうひとくち頬張った。


咀嚼しながらふと周りを見渡せば、串焼きを買った人々は皆当たり前のように、惜しむ様子もなくそれを口に運んでいる。向かいにあるミートパイの露店には1つ30ウィーガルと書かれた値札が立てられていて、男性が3つも4つも買っていった。アルヴィンはこの高価で美味い串焼きはこの街の標準なのだとそこで気が付いた。


ハイランズにも美味なものはあったかもしれないが、レナルドに雇われていた時も結局パンとスープが主な食事だったため、金だけは貯め込んでいたが貧乏舌のままだった。


改めて周りを見渡せば、清潔で美味そうな香りのする料理屋、肌触りの良さそうな布の服屋、身に付けたこともない装飾品店など様々な店が立ち並んでいる。


「ここにはきっと、美味しいものとか綺麗なものとか沢山あるんだろうなあ」


「値段は高いけどな」


「うん、その分頑張って稼がなきゃね」


2人はあれはなんだ、これはなんだと街を眺めながら、目的であるひとつめのキャラバンへと足を運んだ。夢中になっているうちに門を少し通り過ぎたが、扉を隔てていても漏れ出る賑やかな声が2人を引き止めた。


一般的な住宅が30軒は入るであろう巨大な木造建築物の屋根には、黄色の旗が立てられている。


「ここだよな、4つのうちの1つって」


「大地の盾だよね。とりあえず入ってみようよ」


木製の扉を開くと、いくつかのパーティと仕事の依頼のためにカウンターに並ぶ人々の姿があった。カウンターは7つあるが、どれも依頼のために来た人々が並んでいる。アルヴィンが入団についてどこに尋ねればいいのか分からないでいると、エルヴィスが近くにいたパーティの1人に声を掛けた。


「こんにちは!」


「どうも、こんちは。悪ィんすけど依頼ならあっちのカウンターにお願いします」


「ううん、僕たち冒険者なんだけど、所属する所を探してるんだ」


「へえ! 入団希望ってか」


「入団希望っていうか、とりあえずちょっと中見せてもらいたいなって」


「それは勿論。説明すっからちょっと待っててくれな」


褐色の肌に黒髪と青い瞳の青年は快く頷いて、少し年上の別の冒険者の元へ駆けていった。


慣れた場所ではエルヴィスの無遠慮な振る舞いに振り回されていたが、見知らぬ場所ではむしろ手を引かれるようだ。アルヴィンは顔に出さないように努めてはいたが妙に安心していた。


「先輩から許可貰って来たから、説明しながら案内すっさ。まずこっちな」


「ありがと! あ、僕エルヴィス・ネイサンって言うんだ」


「俺はアルヴィン・ファーガスです」


「俺ぁウィツィ・エスペラ・イグレシアス。ここでは見習いなんだ」


「見習い? そんなのがあるの?」


「ま、うちのキャラバン特有のもんだな。そういやお前ら、冒険者の階級については知ってっか?」


「ううん、僕たちがいた所ではそういうのはなかったよ」


エルヴィスがそう言うと、ウィツィは親切にも階級についてから説明を始めた。


魔物退治のキャラバンには団員に与えられる階級があり、基本的に金属で示される。上から白金、金、白銀、銀、銅、鋼、鉄の7段階ある。冒険者の半分は鋼と鉄と言われていて、ウィツィは鋼だ。銅と銀が2割ずつ、白銀が9分で残りの1分が金と白金だが、白金は数年に1人現れるかどうかなのだと言う。


大地の盾は魔物退治専門キャラバンの中でも団員数が最も多い、超大型キャラバンだ。依頼の受注率と達成率が高く、かなりの安定感を誇る。王室より「大地の盾」の名を与えられたのもそのためだ。


仕事を選べるのはリーダーのみとなっている。リーダーは最低でも銀階級以上が務めることになっていて、パーティ全員で協力して仕事をこなし報酬を分配するのが基本だ。


ウィツィが先輩と呼んだ男はパーティのリーダーらしく、他の見習いの弓を見てやっている最中のようだった。


「どうしてパーティ結成が必須なの?」


「そらあ団員の死亡率を下げるためだな。全員で協力すれば仕事もこなしやすくなっから。見習いの時はリーダーに着いてって食わしてもらって、いずれ自分がリーダーになったら見習いの面倒を見んだ」


「そうなんだ、色んな仕組みがあるんだなあ」


「これならそんなに強くない奴でも冒険者としてやってけるからな。ほら、あれ見てみ」


ウィツィが顎で示した先では、仕事の依頼をするために並んでいた初老の男性が、仕事を断られて書類を持ち帰る所だった。


だが男性は落ち込む様子もなく早々に別の所に向かおうと足を進めて出ていった。それを見届けてから、ウィツィは今度は掲示板を案内した。


「うちは全員で協力しておまんま食ってくんだ。無謀な仕事は受けないことになってて、受けるのは白銀階級の仕事まで。白銀でも難易度の高そうな仕事は断ってる。さっきのおっさんの仕事も多分そうだ」


「それじゃあ、あのおじさんの仕事は受理されないまま?」


「いや、そこは組合に登録してある別のキャラバンを教えてやんだ。聖火の鏡っていうキャラバン、名前は聞いたことあんだろ? そこは金の冒険者が2人もいるってんだ。そこならとりあえず受理はしてくれるし、少なくともうちに来るよりは受注される可能性はあるしな」


折角なら行ってみな、そっちで自信がなければまたうちに来ればいいさ。そう言ってウィツィはアルヴィンとエルヴィスを送り出した。


アルヴィンが一度振り返ると、目線が合ったウィツィが歯を見せて笑いながら手を振っていた。


結局ウィツィとほとんど話さなかったアルヴィンだが、それでもここまで親切に教えてくれたのだ、彼は良い人だろうと手を振り返した。

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