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再びの殺人依頼

「あの、その、今日もまた畑……」


「ん? ああ、ちょっと待ってろよ。今日は別の家の畑に行くから。エルヴィス、先行っててくれるか」


「はーい」


もじもじと恥ずかしそうに服の裾を握る少年の後ろには2人の少女。早速妹を連れてきたのだと分かって、アルヴィンは協力を頼んだ家の中でも早朝から起きて活動し始めている老夫婦の畑に連れて行った。


「すいません、おはようございます!」


「はい? ああ、アルヴィンか。おはよう。いきなり畑仕事かい、精が出るね」


「いえ、今日はこの子たちに仕事を与えて欲しいんですよ」


直接金銭を渡したり食べ物を与えるだけの関係性はよろしくない。しかし子どもたちを助けたいという想いがある者は数多くいる。老夫婦も例外ではない。


アルヴィンは彼らに子どもたちを預けて、急ぎ足でバーウェアの屋敷に向かった。レナルドは時間に厳しい人間ではないが、アルヴィンは人を待たせるのが得意ではない。


屋敷についてまずアルヴィンはセルゲイに迎えられた。すっかり慣れたもので、使用人たちはアルヴィンとエルヴィスが屋敷の中を好きに歩いていても気に留める様子はない。


それよりもアルヴィンは、この屋敷に住んでいるはずのレナルドの家族と鉢合わせないことが不思議で仕方なかった。各々の予定で行動していて、それぞれ外出も多いとは聞いているが、それにしても不思議なほど遭遇しない。


「アルヴィン様、私からお願いがあるのですが」


「はい?」


「これからもレナルド様と仲良くしてあげてください。屋敷にも、いくらでも遊びに来てくださって構いませんから」


「そうですね、そのつもりでなるべく仲良くやっていこうと思ってます」


「……そうですか」


セルゲイは薄っすらと微笑んで、中断していた窓の拭き掃除を再開した。捲った袖口からはタトゥーが覗いている。


使用人に心配されすぎではないかと思いはしたが、いかんせんレナルドには友人と呼べる人間がいない。一緒に紅茶でも飲もうかと、アルヴィンはレナルドの部屋に入った。


「あ、アルヴィン。今着いたの?」


「ああ。レナルドはどこだ?」


「ねえアルヴィン、僕先に帰ってるね。あ、レナルドならそっちの部屋にいるから」


「は?」


エルヴィスはアルヴィンの返事を待たず、急ぎ足で帰っていった。レナルドもいつものように名残惜しそうにエルヴィスを見送ろうとしない。明らかに何かがあったことが分かって、アルヴィンは動揺しながらもレナルドのいる部屋に入った。


「悪いレナルド、ちょっと遅れた」


「おはよう兄弟よ! まずは紅茶でもいかがかね?」


「薄いのに渋いやつか」


「何を言っているんだ、私の淹れた紅茶が絶品でないはずがないだろう!」


くだらないところで根拠のない自信を発揮するのは相変わらずだ。エルヴィスは様子が違ったが、レナルドはいつもと変わりないように見える。


「ところで、エルヴィスが出ていったのは……」


「ああ、エルヴィスさんに頼み事をしたのでね」


「珍しいな」


レナルドはエルヴィスの我儘を聞くのが楽しくて仕方がなく、雑用のひとつも頼もうとはしない。そもそも雑用ならば使用人にやらせてしまう。アルヴィンは不思議に思いながら紅茶に口をつけた。やはり薄いのに渋かった。


「これは雑談なんだが。父上に施策を提案したが見向きもされなかったと言っただろう」


「ん? ああ」


「それは私が未熟だからだと思っていたんだが、いや、もちろんそれもあるんだろうがね。どうやら父上は私自身に興味がないらしい。内容が何であろうと、耳を貸さないのだと思う」


励ますべきかと迷いはしたが、レナルドは淡々としている。何を言えばいいのか分からなかったので、アルヴィンはふうん、と気の抜けた返事をした。


「そういやお前、折角外に出るようになったんだから、友達とか作りに行ったらどうだ? セルゲイさんが心配してたぞ」


「心配? セルゲイが?」


「これからも仲良くしてやってくださいって言われた。しかも念を押すように」


「そうか……」


レナルドは30万ウィーガルの小切手をテーブルに置いた。わざわざ自分の前に置かれたそれを見て、アルヴィンは驚愕の表情でレナルドの目を見た。


「アルヴィン、ここで依頼は終了だ。そして今からもうひとつ、君に依頼をしたい」


「畑仕事が中途半端じゃないか? まあ、依頼主がそう言うんなら仕方ないけど。で、もうひとつって?」


「報酬は60万ウィーガル」


レナルドはアルヴィンの向かい側に腰掛けて、いくつかの菓子の中に紛れたエルベリーを齧った。アルヴィンはレナルドの手元を見て、こいつっていつもエルベリー食ってるよなぁ、とぼんやり考えた。


「君に人殺しを依頼したい」


アルヴィンは思わず固まった。


冗談かと疑ったが、レナルドは真剣な表情だ。アルヴィンは息を呑んだ。喉が震えた。


「正直に白状しよう。最初に出会った時、私は魔物退治で有名な君に人殺しを依頼した。君の魔法なら人殺しの証拠が残らないと考えたからだ」


「……は? 魔法って、なんで」


「アルヴィン、君はそういう力を使うのだろう。炎や水を生み出し、風を巻き起こし、土や石を操る。違うかい?」


万が一にも魔法を誰かに知られないよう、アルヴィンはいつも砂嵐や蒸気で姿を隠して手早く魔物を倒してきた。仮に見たものがいたとして、それがアルヴィンの所業だと分かる者もいないだろう。だと言うのにレナルドは断言している。


「沈黙は肯定と取るよ。武器なら痕跡が、毒なら経路が残る。しかし急に身体が凍り付いたとして、呪いだ天罰だと騒ぐ輩はいても殺人だと言い出す者はいないだろう」


「……だったらなんだ。俺がそんなことのために魔法を使うと思うのか」


「それでは返事は?」


「受けるわけないだろ」


「何故だい? 報酬だってちゃんと用意しているのに」


すぐにでもこの場から逃げ出したくなって、アルヴィンは瞳を金色に輝かせた。


空中に現れた水が凍り付いて、鋭い槍になっていく。


「俺は人を殺してまで金が欲しいとは思わない。それと、俺はお前を良い奴だって思ってる。最初の時のも冗談だろうって、そう思ってたよ。もし殺人を依頼したことが分かれば、人生を棒に振る……最悪死刑だ」


「それの何が問題なのかな」


「問題だろ! 駄目なんだよ、人殺しなんか! だって、それに……」


「それに?」


「お前もきっと苦しむことになる。自分はこうやって生きていい人間なのかって、時々死にたくなるほど自分の価値について考える。きっと吐き出したくなるけど誰にも明かせない。死ぬまで一生、孤独という罰を受ける」


これを顔の横に突き立ててやれば、こいつは恐怖で口を閉じるだろうか、気絶でもしてくれれば楽だけども。


そんな都合の良い展開への期待はあまりせず、アルヴィンはレナルドに向かって槍を放った。

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